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おたねさんちの童話集より 「ブタのトンタ」

ブタのトンタ
 
ある所に大きな牧場がありました。
牧場にはたくさんのニワトリとたくさんのブタがいました。ブタのトンタもその中にいました。でもどんなにたくさんの仲間がいても、毎日、毎日、トンタは悲しそうな顔をしています。
どうしてでしょうか。
それは、トンタのお父さんもお母さんも、とっくに飼い主の人間たちに食べられてしまっていたからでした。
 「僕もいつかはきっと、お父さんやお母さんのように、あの人間たちに食べられてしまうんだ。」
トンタは夜も眠られないほど悲しくなって、ある日、ついに大声で泣き出してしまいました。
 「トンタはなぜ、そんなに大きな声で泣いているの?」
たずねて来たのはニワトリのケイナでした。
 「だって……。ケイナはいいな、卵を産めて。だって人間たちに食べられる心配がないじゃないか。」
トンタは泣きながら、そう答えました。
 「そんなことないよ。わたしの仲間も大勢人間たちに食べられているもの。それに、自分の可愛い子供を人間たちに食べられるのは、もっと悲しいことなのよ。」
ケイナは静かに答えました。
トンタはケイナにそう言われて泣くのをやめました。でも、もっと、もっと悲しくなりました。
それから、トンタは考えました。
 「どうしたら、みんなが悲しい想いをしなくてすむのだろう。」
トンタは何日も、何日も考えました。
一生懸命に考えました。
ある日のことです。
トンタはケイナに相談を持ちかけました。
 「みんなでここを脱出しよう。」
それから、長い長い会議が始まりました。トンタは精一杯みんなに自分が考えた計画を説明しました。
最初はみんな黙ったままでしたが、トンタがあまりに一生懸命に話すものですから、だんだんと誰もがその気になってきました。
 「よし、やろうじゃないか!」
誰かがそう言うと、みんな口々に
 「やろう!」
 「やろう!」
と大声で叫びました。
それからすぐに、トンタの計画は実行に移されました。
まず、みんなで一斉に目の前にある柵をめがけて突進しました。最初はピクリとも動きませんでしたが、何度も何度も突進を繰り返すうちに、だんだんと柵が前の方へと傾いてくるではありませんか。
 「よし、今だ!」
トンタのかけ声と共に、ブタたちは柵をけちらし、ニワトリたちをめがけて突進しました。
それから、あっと言う間にニワトリたちの柵をけちらすと、一目散に牧場の外へと走り出しました。
さあ、今度はニワトリたちの番です。ニワトリたちは大声で
「狼が来た!」
と叫びました。
それを聞きつけた人間たちは慌てて駆けつけようとしましたが、その時、運もトンタたちに味方しました。本当にオオカミがやってきていたのです。計画では、もし捕まっても殺されることのないケイナたちができるだけ人間たちの注意を引きつけてから逃げる予定でしたが、その必要もなくなったようです。ニワトリたちもあっと言う間に逃げることができました。
無事、逃げ延びることができたトンタたちは、ニワトリたちと別れてブタのみんなと生活をはじめました。それはあまりたくさんのブタやニワトリがいるとかえって目立ってしまい、すぐ人間たちに見つかってしまうと考えたからでした。
だってそうでしょう。ブタたちも、ニワトリたちも、まだ牧場以外で生活をしたことはないのですから。ブタたちも、ニワトリたちも、これからどうやって生活をしていけばよいのか、やっぱり不安だったのでした。
事実、ニワトリたちと別れてからのブタたちだけの生活は非常に苦しいものでした。だってブタたちはたくさん物を食べる割に自分でエサを探すのが苦手だったからです。それにオオカミやらイタチやらに命を狙われても、あまり逃げるのも上手じゃありません。トンタたちの仲間は、オオカミに食べられたり、お腹を空かしたりして、だんだんと数が減ってきました。
 「どうして、お前たちはそんなにのろまなんだ。それに突撃するための牙ももっていないじゃないか。」
イノシシに笑われても、悲しくなるだけで、言い返すこともできません。トンタたちは、なんとなくたとえ殺されると分かっていても勝手にエサが与えられる牧場の生活が恋しくなってきました。
その頃、ニワトリたちも困っていました。オオカミやイタチが彼らを襲いにくるからでした。ニワトリさんたちも余り逃げるのが上手ではありません。だって長い間牧場にいて、空を飛ぶこともできないのですから。
 「どうして、お前たちは空を飛ばないの。」
スズメたちにからかわれたケイナは悔しくて悔しくて仕方がありません。だって本当に空を飛べることが出来たら、こんなに簡単に仲間がオオカミに捕まる筈がないのですから。
 「みんなで空を飛ぶ練習をしよう!」
ケイナは大きな声でみんなに言いました。でも、最初は誰もそんなことは無理だと言いました。ケイナは仕方なく一人で空を飛ぶ練習を始めました。でも、どんなに羽をバタバタさせても、ちょっとも体が中にうきません。それでも毎日、毎日羽をバタバタさせて空を飛ぶ練習をしました。
「いったい、ケイナは何をしているの?」
ハトが不思議そうな顔をしてケイナに尋ねるので、ケイナは少し恥ずかしくなりましたが、「空を飛ぶ練習をしているんだ。」と堂々を答えました。すると、ハトさんは、ケイナを笑うどころか一緒に手伝おうかと言ってくれたではありませんか。
「僕らも最初から空を飛べた訳じゃないよ。小さい時、お母さんに教えてもらって一生懸命に練習したんだから。」
そう言ってハトは一つ一つ丁寧に空の飛び方をケイナに教えてくれまして、それでも少しずつは上達していきましたが、それでもなかなか体が宙に浮きません。
「最初にもっと大きくジャンプしないと。」
ハトに励まされながら、それでも、ケイナは頑張りました。
すると、どうでしょう。ほんの少しだけど、体が宙に浮いたではありませんか。まわりから見ると、もしかしたらジャンプしているようにしか見えないかもしれませんが、それでもケイナは嬉しくなって、
「飛べたー。飛べたー。」
と、大きな声で叫び続けました。すると、どうでしょう。今まで、空を飛ぶなんて、無理に決まっていると相手にしなかった他のニワトリたちも、一緒になって空を飛ぶ練習を始めたではありませんか。
しばらくすると、ケイナたちは、確かに他の鳥のように上手だとは言えませんが、それでも近くの木の上ぐらいまでなら難なく飛べるようになりました。
そのころ、トンタたちは、もう泣きそうな顔で毎日を送っていました。エサもろくに採ることができないし、何よりオオカミやらイタチやらに襲われ、いつもビクビク、ビクビクしていないといけないからです。
「こんなことなら、牧場を逃げ出すんじゃなかったな。」
そんなことを言うブタまであらわれました。
トンタは、なにも言い返せませんでした。心の中で、
「僕が牧場を逃げ出そうなんて言わなければ良かったのかな。」
と呟きました。それから、ふと、ケイナたちはどうしているのかなと、考えるようになりました。きっとケイナたちも僕らと同じように悲しんでいるに違いない。僕が牧場を逃げ出そうと誘ったばっかりにニワトリたちにも迷惑をかけてしまったかもそれないな。そう考えると急にケイナたちに会いたくなりました。「会って、ケイナたちに謝ろう。」本当は悲しさを少しでもやわらげたかったのですが、トンタは、何となく自分の心の中でそれを認めたくなかったのでした。
それから、トンタたちはケイナたちを探しに行きました。探すと行ってもどこへ行ったかはある程度聞いていたし、それほど遠くもないので、すぐに見つかると思っていました。
でも、聞いていた場所にトンタたちが着いたとき、そこには誰もいませんでした。
そのあたりのどこを探しても、ケイナたちが見つからないのです。
トンタは思わず、ケイナたちが、とっくにオオカミに食べられているものと思って、泣き出しました。
「もうどっか、遠くのところへ行ったのかもしれないよ。近くにはたくさんのオオカミたちがいるし……。」
仲間のブタたちに慰められても、トンタはひとり、大きな声で泣き続けました。
「どうして、そんなところでないているの?」
聞き覚えのあるその声にトンタが振り向いても、そこには誰もいません。トンタはもう一度、あたりをよく見渡しました。
「ここだよ。ここ。」
そう、聞こえてたかと思うと、一羽の鳥が、木の上から飛んできました。ケイナでした。
「えっ、どうして。どうして飛べるの。」
トンタは目を丸くしてケイナに尋ねました。
「だって、これでも私たちも鳥の仲間よ。もちろん、飛べるわよ。」
ケイナは、つい最近まで必死になって飛ぶ練習をしていたことを棚に上げて、得意げにそう答えました。
「いいな、ケイナは空を飛べて。僕らにはなんのとりえもないから、すぐにオオカミやらイタチやらに食べられてしまうんだ。」
トンタはうらやましそうにケイナを見ました。ケイナはふと、最近まで飛べずに、オオカミやら、イタチやらを恐がっていたことを思い出しました。
「そんなことないよ。私たちも、本当は最近になって飛べるようになったけれども、今までずっとオオカミやらイタチやらにビクビク、ビクビクしていたんだから。」
ケイナは、今度はやさしい声でトンタに言いました。
「でも、努力すれば、ケイナたちは鳥だから空を飛べるけれど、僕らはどんなに努力しても空をとべないよ。」
トンタは、すこし皮肉っぽく言いました。すると、ケイナはもっと優しい声で言いました。
「でも、トンタにはトンタの得意なことがたくさんあるじゃないか。それを伸ばせば、きっとオオカミなんか恐くなくなるよ。」
「えっ、僕の得意なことってなに?」
トンタはびっくりしてそう答えました。だって今まで、トンタたちブタに得意なことがあるなんて思いもしなかったからです。走ってもそんなに早く走れるわけでもないし、もちろん空も飛べません。力だってそんなに強いわけではないし、どう見てもこのまるまるとした体は誰かに食べられるためにあるとしか思えなかったからです。
でも、ケイナは続けてこう言いました。
「でも、トンタたちには立派な鼻があるじゃないか。考えても見てごらんよ。ウサギさんたちは、どうしてそう簡単にオオカミたちに捕まらないの?それは決して走るのが早いからだけじゃないよ。あの賢いオオカミたちの挟み撃ちにあったら、ちょっとくらい足が速くてもすぐに捕まってしまうはずじゃないか。でも、ウサギさんたちは、あの立派な耳があるおかげで、見つかる前にオオカミたちから逃げることができるんだ。ブタさんたちも、その立派な鼻を充分にいかしたら、きっと上手にオオカミたちから逃げられるはずだよ。それに、その鼻をもっと上手に使ったら食べ物だってもっと簡単に見つけられるようになるじゃないか。」
トンタは、はっと気が付きました。
僕にも得意なことがある。
それをいかしたらきっとオオカミなんかに負けないですむ。そうだ、もっと頭を使って、一生懸命努力すれば、きっと、もうこれ以上泣かないですむじゃないか。
そう考えると、トンタは急に勇気がわいてきました。そうして、仲間のブタたちに大声で言いました。
「みんな、もうあきらめたり、泣いたりするのは止めて、どうすれば、もっと幸せになれるかを考えようじゃないか。僕たちにも得意なことがたくさんあるはずさ。」
それから、トンタたちは、一生懸命に考えました。
どうしたら、もっともっと、上手にエサが採れるのか。
どうすれば、もっともっと上手にオオカミたちから逃げられるのか。
それから、トンタたちは毎日、ビクビクして暮らすことはなくなりました。
もちろん、仲間がオオカミに捕まることもあります、エサが見つからなくて辛い思いをすることもあります。でも、そのたびに、どうすればよいか、必死になってできることを考えました。そして、みんなで相談するようになりました。

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