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おたねさんちの童話集「テントの中で」

テントの中で
 
 僕がパパと自転車旅行に行ったのは、小学校へ入る前の春休みでした。琵琶湖一周の大旅行でした。パパの自転車の荷台には、テントやら寝袋やらが載っていました。びっくりするくらいたくさんの荷物でした。でも、走り出してしばらくすると、雨が降ってきました。ちゃんと天気予報を見てくれなかったのかしら?パパがテントを立てました。僕も頑張って手伝いました。雨の琵琶湖もいい感じです。でも、パパがすぐに入り口のチャックを閉めたので、あんまり外が見えません。透明ビニールの窓は曇っている上に、雨粒だらけ。僕はため息をつきました。パパはバッグの中からキャラメルを取り出して、僕にくれました。
「ねえ、パパは何になりたかったの?」
キャラメルを口に入れながら、僕は何気なく、そう尋ねました。
「うーんと、パパはね……」
 パパがそう言いかけた時でした。僕は悲鳴を上げそうになりました。だってテントの中にネズミが入ってきたのですから。
「ちょっくらゴメンよ。失礼するぜ」
「かまわないよ。大人しくしてなよ」
 しかも、ネズミが話しかけただけでなく、パパも当たり前のように会話をするのです。
「どうして?」
 あんまり驚いたので、僕はそう口走るのが精いっぱいでした。
「動物が人間の言葉を話せないなんて、誰が決めたんだい?」
 パパは平然と答えます。
「ヤッホー!」
 野良猫も入ってきました。
「ギャー!」
「ラッキー!ネズミ発見!」
「二匹とも暴れるなら出ていきなさい!」
 パパが二匹をしかりつけるとネズミも野良猫もおとなしくなりました。
「不思議だろ?」
 パパが言いました。
「みんな。分かっているのは自分だけだと勝手に思っているけれど、ほとんどのことは、自分だけが知らないんだよ!」
「だったら……」
 僕は思わず尋ねました。
「だったら、どうしてパパはそんなことが分かるの?」
「そりゃあ。パパだからさ」
「そんなことよりさ。さっきの話の続きなんだけど、パパはね。パパになりたかったんだよ」
「どういうこと?」
「だからね。パパは君のおじいちゃんみたいになりたかったんだ」
 おじいちゃんは僕が生まれる前に亡くなったので、どんな人かしりませんでした。
「どんな人だったの?」
「パパと違ってなんでもできる人だった」
 僕から見たら、パパはなんでもできるのに、どうしてそんなことをいうのかな?
「それよりちょっと話があるのだが」
 ネズミが言いました。
「話はこっちにもあるんだけど」
 ネコも言いました。
「じゃあ、聞いてあげるから、一、二の三で、一緒にいいな」
 パパが言いました。
「一、二の三!」
「この前はありがとうございました。おかげで命が助かりました!」
「やっぱり、そうか」
「どうしたの?」
 パパは僕に、このあたりの言い伝えを教えてくれました。
「琵琶湖の周囲で生きるものは、死ぬ前に一度だけ、お礼が言えるのさ。でもただのお礼じゃない。命を助けてくれた人に対してだけお礼が言えるんだ。そうしてちゃんとお礼が言えたなら、今度生まれ変わる時は、もっと幸せな生き方ができるんだよ」
「パパがネズミや猫の命を助けたの?」
「そうだよ!だってパパはパパみたいになりたかったんだから」
「おじいちゃんはパパみたいだったの?」
「さあどうだろう?パパがちょっとくらい近づけていたら、パパみたいっていえるんだけどな」
「ふうん」
 そんな話をして僕は眠りにつきました。
でも……。
「起きろ!何時だと思っているんだ!」
 僕は慌てて目を覚ましました。
「今日は自転車旅行に出かける日だろ。さっさと起きろ!」
 僕はびっくりして飛び起きました。外は曇一つない快晴です。
「ほら、ちゃんと天気予報の通りだろ!」
 胸を張って言うパパに僕は尋ねました。
「ねえパパ。パパは何になりたかったの?」

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