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帽子モノイワザレドモ

帽子モノイワザレドモ
 
暑い日です。
トウリは麦わら帽子を拾いました。ピンク色のリボンがついています。
風は南から吹いています。大きな入道雲が、どんどんの北の国へ攻め込んでいるみたいに見えました。
トウリは麦わら帽子をひっくり返しました。名前が書いていないかを確かめたのです。何も書いていませんでした。トウリはもう一度、周囲を見回しました。誰か落とした人がいないかを確かめたのです。周囲には誰もいませんでした。
トウリは麦わら帽子を被ってみました。似合いませんでした。少々大きすぎたようでした。
トウリは歩き出しました。
南へ向かって歩き出しました。
交番へ向かったのでした。
交番へ行くには、広い野原を越えて、小さな川を渡って、静かな村の中心へ向かわなければなりません。トウリはズンズンと歩きました。
野原の真ん中で、トラックに乗ったオジさんに出会いました。
「暑いから、帽子を被りなよ!」
トウリは首を振りました。
「お前さんのじゃないのかい?」
トウリは小さく頷きました。
「どこへ行くの?」
アジさんに尋ねられて、トウリは帽子を差し出しました。
「帽子を届けにいくのかい?」
トウリは何度も頷きました。
「誰の帽子だい?」
トウリは激しく首をふりました。
「知らないのかい?」
トウリはまた、小さく頷きました。
「じゃあ、交番に持っていくのかい?」
トウリはこくりとうなずきました。
「乗りなよ!連れてってやるよ」
トウリはオジさんの顔をマジマジと見ました。
トラックが走り出しました。オジさんとトウリが乗っています。トウリは大事そうに帽子を抱えています。
音楽が流れています。トウリが初めてきく曲です。女性が歌っています。とっても古そうな歌です。
「なんだい。演歌もしらないのかい」
トウリは恥ずかしそうに頷きました。
野原を抜けたところで、トラックは止まりました。小さな川の手前でした。
「やれやれ」
トラックを降りた叔父さんは、しゃがみ込んでため息をつきました。
パンクをしたようです。
「ボウズ、悪いが降りてくれ!」
トウリも、手伝うことにしました。オジさんは積んであったスペアのタイヤを取り出しました。トウリはジャッキを取り出しました。オジさんはジャッキを正しい一に設置すると、ジャッキアップを開始しました。車体がゆっくりと持ち上がっていきました。
「しまった!」
オジさんは大声をあげました。道が少し坂になっていたのです。どうやら、車止めを忘れてしまったようでした。
「ガチャン!」
トラックが少し進んだところで、ジャッキが倒れました。トラックは止まりました。
「車止めを忘れていたようだ」
オジさんは低く小さな声でつぶやきました。
「ボウズ、すまんが、車止めになるものを探してきてくれないか」
「トウリは静かに頷きました」
トウリは歩き出しました。川を渡って、静かな小さな村につきました。家の軒下に茶色い煉瓦がありました。トウリはこの煉瓦を借りて、車止めにしようと思いました。
トウリは家のドアを叩きました。
「おやまあ。いったい誰だい?こんなに大きな音でノックするのは!」
そう言って出てきたのは、フトッチョのオバさんでした。
トウリは、煉瓦を指さしました。
「いったいその煉瓦がどうしたんだい?」
トウリは遠くの方を指さしました。遠くの方にパンクしたトラックがありました。
「貸してほしいのかい?」
オバさんが尋ねるとトウリは大きく頷きました。
「じゃあ、一緒について行ってやるよ」
オバさんも、トウリと一緒にトラックを目指しました。
「トウリ、なにかイイモノはあったかい?」
オジさんが尋ねました。トウリは頷きました。
「いったい、煉瓦なんか、何に使うんだい?」
オバさんが尋ねました。
「トラックがパンクしてしまったのさ。それでタイヤを交換するに、車止めが必要なんだよ」
オジさんが答えました。
「それで、煉瓦を……」
オバさんはなるほどという顔をして、汗をぬぐいました。風はずいぶんと小さくなってきたようです。
トウリはタイヤの側に煉瓦をおきました。これで、車が勝手に動き出すこともないでしょう。
オジさんは、再びタイヤの交換にとりかかりました。
今度はうまくいきました。
オジさんは、オバさんに礼を言いました。オバさんはイエイエと首をふって、礼ならこの子にと、トウリを指さしました。
トウリは嬉しそうに頭をかきました。
トウリは交番へ向かいました。オジさんとオバさんもついていきました。
オバさんが交番の場所を知っていたので、すぐにつきました。
トウリは交番へ入りました。
交番には、お巡りさんが二人いました。
とっても平和な村でしたから、お巡りさんは大きなあくびをしていました。
「どうしたの?」
トウリが入ってくると、お巡りさんは尋ねました。
トウリは、帽子を差し出しました。
「拾ったの?」
トウリは頷きました。
お巡りさんは、帽子を手にとって眺めました。
「ずいぶんと可愛らしい麦わら帽子だな」
お巡りさんは、ピンクのリボンを触りながら呟きました。
「ぼうや。これは、この村で拾ったのかい?」
お巡りさんは尋ねました。
トウリは大きく首を振りました。
「どこで拾ったんだい?」
トウリは、小川の向こうにある広い野原を指さしました。
「おや、名前が書いてあるじゃないか」
消えかけて、よくは読めませんでしたが確かに名前が書いてありました。
「たぶん、ユーコさんかヨーコさんだと思うのだが」
お巡りさんは、そう言って、帽子を預かっていきました。
トウリも家へ帰ります。
「送っていくよ」
オジさんが言いました。トウリは首を振りました。
「どうして、乗らないんだい?」
オジさんが尋ねました。
「そりゃ、またパンクしたらイヤだからでしょ」
オバさんが笑いました。
トウリは歩き出しました。
北へ向かって歩き出しました。
また川を越えて、野原へ向かうのです。
キョロキョロ歩いています。
ゆっくりゆっくり歩いています。
「もしかして、落とした人がいないか、探しているのかい」
オバさんが声をかけてきました。
トウリは大きく頷きました。
「そうしたら私も手伝ってやるよ」
オバさんも大きく頷きました。
「やれやれ」と言いながら、オジさんも戻ってきました。
やっぱりトラックで戻ってきました。
オバさんはスマホを取り出して、あちらこちらにメールしました。
トウリはキョロキョロ歩いています。
オバさんも長話しながらついてきます。
オジさんのトラックもノロノロと走っています。
「オーイ!オーイ!」と声がします。
オバさんのお友達です。
「アラマー!」と笑い声がします。
やはりオバさんのお友達です。
それも沢山のお友達です。
ぞろぞろぞろぞろついてきます。
「なんだい、この行列は?」
お巡りさんも、驚いてやってきました。
「なんだいって、さっきの麦わら帽子の持ち主を捜しているんだよ」
オジさんが言いました。
「あんたも、いっしょに探しなよ。もともとあんたの仕事なんだから」
オバさんがいいました。
「そうだ!そうだ!」
オバさんのお友達が、口々にそう言いました。
お巡りさんもついてきました。
オバさん達に囲まれて、仕方なくついてきました。
「いったい、何の騒ぎだい」
オジさんの友人が、行列を見て尋ねました」
「何って、帽子を落とした人を探しているのさ」
オジさんは答えました。
「いったいどんな帽子だい」
オジさんの友人も手伝ってくれるようです。
「いったい、どんな人が落としたんだい」
オジさんの友人が尋ねました・
「たぶん、ユーコさんかヨーコさんだ」
お巡りさんが答えました。
「どうして分かるの?」
オバさんのお友達も口々に尋ねてきます。
「帽子に名前がかいてあるの!」
「じゃあ、なんで『たぶん、ユーコさんかヨーコさん』みたいな言い方になるの?」
「書いている名前が薄くて読みにくいの!」
「じゃあ、ユーユさんやユキコさんかもしれないの?」
「それは……」
「まあ、見つかれば、分かることね!」
オバさんたちは、どう考えても興味本位で尋ねているようにしか聞こえません。
「もしもし……」
オバさんの友達は、自分で尋ねたことの答えを、お巡りさんから聞こうともしないで、ケータイを手にしました。
「あら、ユーコ。どうしたの、こんな時間に。あ、こっち。ちょっと面白そうなことがあるかなと思って、外へ出てるンだけど。うんうん。あっ、そう。麦わら帽子が風邪で飛ばされて見つからないから、代わりになるような帽子が、他にないかって。ちょっと待ってね.家に帰って探してみるね」
オバさんの友達の周囲に、大勢のオジさんの友人が集まっています。
「どうしたの?忙しいから、退いてよ。これから家に帰って帽子を探さなきゃならないんだから!」
「探さなきゃって、どういうこと?」
「だから、さっきの電話聞いてたでしょ!姪のユーコが麦わら帽子をなくしたの。だから、すぐに戻って、一緒に探してやらないといけないの。わかった!」
「帽子って、今、私達が何しているか、わかってるの?」
「分かってるけど、仕方がないじゃない、こっちも帽子を探さなきゃならないんだから」
オバさんの友達は、みんなが余りにも詰め寄ってくるもんですから、少し小さな声で答えました。
「そうじゃなくて、その姪御さんのユーコさんが、この帽子の持ち主じゃないの?って聞いているの!」
「そんなわけないでしょ!ユーコの麦わら帽子についているのは、青いリボン。そっちのはピンクのリボンでしょ!」
オバさんは何をいまさらといった顔で、あっという間に行ってしまいました。
その頃、ヨーコさんは、交番を訪れていました。
「あの、麦わら帽子を落としたんですけど、届いていませんか?名前が書いてあるとおもうんですが……。そうです。ピンク色のリボンのついているものです」
ヨーコさんは、お巡りさんから麦わら帽子を受け取りました。
トウリとその一行は、まだ、野原を歩いています。

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