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おたねさんちの童話集「キツネのネーフォと白ウサギ」

キツネのネーフォと白ウサギ
 
「また、今日もお魚なの?」と子供たちはたずねることは、もうありません。だって、キツネのネーフォは魚しか捕りにいかないのですから。
昔は若い頃は、子ネズミやウサギを捕っていましたが、あるときから、動物を捕まえることをやめてしまったのです。
 もう何年も前のことでした。
 それはそれは寒い冬の朝でした。
 人間の作った罠にかかったウサギを、キツネのネーフォは見つけたのです。
「しめしめ、今日は狩りにでかけなくても、美味しいごちそうにありつけたぞ」
ネーフォはとんがった口先がら、ズルズルと流れ落ちるヨダレを、長~い舌でなめ回しました。
ウサギは全身が真っ白でしたが、罠に挟まれた右の後ろ足だけは、真っ赤な血で染まっていました。もちろん、このまま、すぐに食いちぎってしまえば良かったのですが、ネーフォの動きが一瞬止まりました。
ネーフォは家族にも食べさせてやりたいと思ったのでした。
「きっと、これをみたらあいつらも喜ぶだろうな」
 どうしたものかと考えているとき、ネーフォは妙な気配に気づきました。
「人間か!」
ネーフォは慌てて振り向きました。
何も見えませんでした。
ネーフォはもう一度、真っ白なウサギを見ました。
ウサギは真っ直ぐにネーフォを見ています。
ネーフォはウサギに近づきました。
でも、なんとなく嫌な気配がします。
ネーフォはまた、今度はゆっくりと振り向きました。
子ウサギでした。
一匹、二匹……。
ネーフォはゆっくりと数えました。
全部で六匹もいました。
もしネーフォに子供がいなかったならば、それほど気になることではなかったかもしれません。でも、悪いことに、ネーフォの目にはウサギの子供たちと、自分の子供たちが重ねって見えてしまったのでした。
ネーフォは大声を出して六匹の子ウサギを追い払いました。
それから、ガリガリとお父さんウサギの前足を挟んでいる罠を、懸命に外そうとしたのでした。
……いったい俺は何をやってるんだ。
心の中でブツブツとそうすぶやきながら、ネーフォは罠をガリガリとかみ続けたのでした。
「バチン!」
大きな音とともに、ウサギの前足が罠からはずれました。
白ウサギは、あまりにビックリしたのか、礼も言わずに慌てて走っていきました。
……なんてこったい!
白ウサギが逃げたことではありません。
白ウサギに罠が外れた瞬間、ネーフォの前足もケガをしてしまったのでした。
「グ、グ、グ、グ、グ……」
ネーフォは歯を食いしばりながら、トボトボと帰っていきました。
巣穴に戻ったネーフォが小枝のベッドに倒れ込んだころ、白いお父さんウサギは、六匹に子供たちに囲まれていました。
「パパ、大丈夫?」
六匹の真っ白な子ウサギたちは、心配そうにお父さんウサギをみつめています。
前足から流れていた血は、止まっていましたが、まだ茶色く薄汚れたままでした。
「ねえ、パパ!パパはどうやって逃げてきたの?」
一番大きな子ウサギのヒトーがたずねました。
「……そりゃ。まあー、そのーだな。自分で罠を外して逃げ出したに決まってるじゃないか」
お父さんウサギは、ばつが悪そうにそう答えました。
「でも、怖そうなキツネもいたじゃないか!」
二番目に大きな子ウサギのニトーがたずねました。
「……そりゃ~。……まあ~。……え~と。あんな弱そうなやつ、蹴散らしたに決まってるじゃないか」
「すごーい!こんなにケガをしてたのに!怖くなかったの?」
三番目に大きな子ウサギのミトーが目を大きく開いて言いました。
「こ、こわいことなんかあるもんか!あんな弱っちいキツネなんか!」
本当は、キツネが助けてくれたことを、お父さんキツネは知っていました。でも、ついつい、子供の前でカッコウをつけて嘘をついてしまったのでした。
「ねえ、ねえ、どうやって、あのキツネを倒したの?」
四番目に大きな子ウサギのヨトーがお父さんウサギの目の前まで顔を突き出してたずねました。
「そりゃ、あのキツネを蹴飛ばしてひるんだ隙に、罠を投げつけたんだ!その証拠に、あいつ前足をケガしてるだろ!」
「すごい!僕らもお父さんみたいに大きくなったら、キツネを倒せるかな?」
「えっ!」
お父さんキツネの顔が、真っ青になりました。そんなことをしたら、みんなキツネに食べられちゃうからです。
「いやいやいや。今日のキツネはたまたま弱かっただけで、怖いキツネもたくさんいるから、近づいたらいけないよ。だって、強いかどうかなんて、出会わなければ分からないんだから」
お父さんキツネは精一杯に言い訳をしました。
「でも、今日のキツネは弱いって分かったから、あいつなら平気だよ!」
五番目の子ウサギ、ゴトーが言いました。
「そうだ!そうだ!」と六番目のムトーも言いました。
お父さんウサギは、どうしようかとも思いましたが、結局は黙っていました。
ウサギの子供たちが、キツネのネーフォを見つけたのは、それから数日後のことでした。
「ねえねえ、この間のキツネってあいつじゃない?」
三番目のミトーが言いました。
「ゼッタイにそうだよ!だって前足をケガしているもの!」
四番目のヨトーが賛成しました。
「でも、お父さんならともかく、僕らみたいに小さいウサギだったら、食べられちゃうかもしれないよ!」
五番目のゴトーがつぶやきました。
「そうだよ!僕らを怒鳴りつけたとき、怖かったもん!」
六番目のムトーも小さな声でそう言いました。
「でも、あっちを見てみろよ!」
二番目のニトーが指さした方向にはキツネの子供たちが五匹遊んでいました。
あいつらくらいなら、からかっても平気じゃないか。
一番上のヒトーが言いました。
「やいやいやい!キツネのくせにエラそうに!!」
六匹に子ウサギは、五匹の子ギツネを取り囲みました。
驚いたのは、子ギツネたちです。エサのウサギが、わざわざ自分たちから目の前に飛び込んでくれたのですから。
「……旨そうだな」
「……あぁ」
子ギツネたちの目をみて、子ウサギたちは震え上がりました。
……食べられる。
六匹が、そう観念したとき、
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
大声で叫びながら駆けつけてきたのはお父さんうさぎでした。
「お前たち、はやく逃げなさい!」
お父さんウサギは、子ギツネたちの前に立ちはだかりました。
そうして、ゆっくりと子ギツネたちの顔をみまわしてから、もう一度頭を下げて、「許して下さい」と言いました。
子ギツネたちが互いに顔を見合わせているとき、キツネのネーフォが現れました。
さっきから、ずっと様子を眺めていたのでした。
お父さんウサギはネーフォに向かって頭をさげました。
「申し訳ありません。私が嘘をついたのです。本当は、罠にかかった私を貴方が助けて下さったのに、子供たちの前でウソをついてしまいました」
「バカにするな!お前に子供がいなかったら、本当に八つ裂きにして喰ってやるぞ!」
ネーフォは白ウサギをにらみ付けると、大声でそう叫びました。しばらくの間、お父さんウサギは下を向いていました。
「お前たち!もう行くぞ!」
どれほど時間が経ってからでしょう。キツネのネーフォは、子供たちにそう言うと真っ直ぐに歩き出しました。
ウサギのお父さんは、いつまでもネーフォに向かって頭をさげていました。
どうしてだかは、分かりません。
その日から、ネーフォはウサギを食べなくなったのです。
毎日毎日、川へいっては魚をとってくる変なキツネだと周りからは笑われるのですが、子ギツネたちは、なぜか、そんなお父さんギツネが大好きなのです。おしまい。

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