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おたねさんちの童話集「リュウにコイするコイサブロ」

リュウにコイするコイサブロ
 
ムリだと言われて悔しくなった。
お前はバカかと笑われた。
できっこないとは思うのだけれど、言ったからには行かねばならぬ。
リュウにコイするコイサブロ。ぜったいリュウになってやる。
大きな大きな滝を越え、高い高いあの山目指し、その山門をくぐったならば、ぜったいぼくらはリュウなる。
誰も行ったことはない。
ホントかそうかも解らない。
それでも、ぜったいリュウになる!
昔からある伝説だから、ぜったいリュウになれるはず。
リュウにコイするコイサブロ。ぜったいリュウになってやる。
大きな大きなリュウになり、みんなをアッと言わせたい。
空飛ぶ勇姿を見せつけて、ボクはあの子にプロポーズする!
リュウにコイするコイサブロ。
みんなにムリだと言われたけれど、山門目指して旅立った。
大きな大きな河の中、リュウにコイするコイサブロは、山門目指して旅立った。
茶色く濁った海のよう、大きな大きな河の中、いくら進めど、河の中。
リュウにコイするコイサブロは、それでも、どんどん進んでいった。
バカにするなら、するがいい。
いつかはぜったい、見返してやる。
ぜったい大きなリュウになり、大空高く舞い上がり、恵みの雨をたっぷり降らせて、みんなをみんな、見返してやる!
リュウにコイするコイサブロは、どんどん、どんどん進んでいった。
幾年、幾月ワカラナイ。
長い時間を泳ぎゆく。
茶色い河は黄色くなって、だんだんだんだん白くなる。
リュウにコイするコイサブロ。お腹がすいても泳ぎゆく。
今まで済んでた河とはちがう。何がエサかが解らない。
それでも、なにでも、ガブリと食べて、コイサブロは、前へと泳ぐ。
疲れてふらり、休みたいけど、白くてどうも、落ち着かない。
誰かに見つかり、食べられそうで、ゆっくりゆっくり休めない。
リュウにコイするコイサブロ。それでもウトウト、昼寝の時間。
あんまり、あんまり、疲れてたので、ウトウトじゃなく、グーグーになる。
そしたら、スイスイ流されて、黄色い河に逆戻り。
リュウにコイするコイサブロ。慌てて慌てて、泳ぎ出す。
これじゃあ、ダメだ。やり直し、慌てて慌てて泳ぎ出す。
何度も何度も、やりなおし。慌てて慌てて泳ぎ出す。
黄色い河から白い河、どんどんどんどん泳いでいった。
リュウにコイするコイサブロは、どんどんどんどん泳いでいった。
幾年、幾月ワカラナイ。
長い時間を泳いでいった。
白く濁った河を進むと、だんだんだんだんキレイな水へ、世界がどんどん変わっていった。
オタマジャクシもザリガニも、石も水面も丸見えだ!
こんなにミドリの水草、ゆらゆら光ってクラクラしちゃう。
リュウにコイするコイサブロは、まぶしい世界に見とれちゃう。
「ねえねえ、君はどこからきたの?」
小さなカニの兄弟が、コイサブロに問いかけた。
「遠くの遠くの河からさ。茶色く濁った大きな河さ」
「濁った河ってこれくらい?」
小さなカニの兄弟が、バタバタバタバタ、地面をすくう。
「そんなのぜんぜん、濁ってないよ。濁った河は一日中、全部が全部茶色い世界」
「ふうん。そんなのゼンゼンわからない」
小さなカニのつまらなそうにいっちゃった。
リュウにコイするコイサブロも、説明するのが馬鹿らしくなり、再びドンドン泳いでいった。
だけども、ちっとも進まない。
リュウにコイするコイサブロは、精一杯に泳ぐけど、流れがドンドン急になり、なかなか前へとすすまない。
リュウにコイするコイサブロは、バシャバシャバシャバシャ飛び跳ねた。
石を叩いて飛びはねた。
水面の上まで飛び跳ねた。生まれて初めて飛び跳ねた。
精一杯に息をとめ、生まれて初めて飛び跳ねた。
リュウにコイするコイサブロが、初めて触れた空気の世界、水の世界とゼンゼン違った。
一瞬だけど、大違い。こんな感覚初めてだ。
バシャン水面に落ちたとき、びっくりするほど恐かった。
リュウにコイするコイサブロは、余りの怖さに、震えてた。
けれども、まだまだこれからだ、コイサブロは、勇気を絞る。
コイサブロは、突き進む。
急流、激流なんのその!コイサブロは突き進む。
ぜったい、ぜったいリュウになる!
ボクはぜったリュウになる。
コイサブロは、突き進む。
バシャバシャバシャバシャ、水面を叩き、コイサブロは、突き進む。
けれども、ついに現れた!こんなの絶対登れない!大きな滝が目の前だ!
コイサブロは、飛び跳ねる!石を叩いて飛び跳ねる。
それでも、ゼンゼン届かない。
すぐに水面に落とされる。バチャン、バチャンと落とされる。
リュウにコイするコイサブロ!何度も何度も泳ぎ出す。
岩を叩いてジャンプして、水なき道を突き進む!
それでも、水面に落とされる。何度も何度も落とされる。
コイサブロは、あきらめない。
ボクはぜったリュウになる!
ぜったい、ぜったいリュウになる!
やっと大きな滝を超え、山の頂上みえてきた。
ここまでくれば、あと僅か、コイサブロよ!突き進め!
やっと見えたぞ!山門だ!
ホントにあったぞ!山門だ!
きっと、あの門をくぐったならば、ボクはぜったいリュウになる!
リュウにコイするコイサブロ!やったぞ!もうすぐリュウになる。
けれども山門をくぐっても、ちっとも、なんにも変わらない。
もしかしたら、この山門じゃなかったのかも!
リュウにコイするコイサブロ!ゆっくりゆっくり泳ぎ出す。
リュウにコイするコイサブロ!あきらめないで泳ぎ出す。
「誰だ!俺の縄張りをあらすのは!」
大きな大きな低い声!コイサブロは震え出す。
「リュウだ!リュウだ!」
コイサブロの眼前に、大きなリュウが現れた。
「誰が、リュウだって?」
「リュウじゃないの?」
リュウにコイするコイサブロ!もう一度、しっかり見つめ直した。
頭はリュウにそっくりだけど、手足は太くて、胴も短い!
「リュウじゃなかったら、あなたはどなた?」
コイサブロは聞いてみた。
ゼンゼン震えは止まらないけど、ココまできたから聞いてみた。
「リュウが、こんなところに居るわけないだろ。リュウがいるのは空の上。河の中なぞ、いるもんか。俺たちはワニだよ。今は腹がへっていないけど、腹が減ったら何でも喰らう。命が惜しけりゃ、さっさと帰れ!」
コイサブロは、トボトボ帰る。
リュウを夢見てやってきたけれど、なんでワニしかいないのよ。
それより、そもそもなんでワニ?
リュウにコイするコイサブロ!
リュウにはなれず、トボトボ帰る。
大きな滝も平気でダイブ!
下るだけなら楽ちんだ!
やあやあ、またまたコンニチハ!カニの兄弟コンニチハ!
ずいぶん大きくなったからか?
ずいぶん顔が変わったからか?
あるいはキズが増えたから?
カニの兄弟、気づかない!
コイサブロとはワカラナイ。
「だってこの間、であったコイは、もっと丸くて小さかったよ!」
カニの兄弟、気づかない!
コイサブロとはワカラナイ。
小さな河は大きくなって、だんだん白く濁っていった。
リュウにコイするコイサブロ!
だんだんだんだん、悲しくなって、エンエンエンエン泣き出した。
故郷の茶色い河の中、コイサブロは泣いている。
故郷の茶色い河の上、お空もエンエン泣いている。
「もしもし、コイよコイさんよ!どうしてそんなに泣いているの?」
コイサブロが泣いていたら、小さなコイが集まってきた。
「せっかく山門をくぐったけれど、リュウにはぜんぜん成れなかったよ」
コイサブロは泣きながら、小さなコイに話してあげた。
キレイな水や大きな滝やとっても恐いワニのこと!
「コイサブロや!コイサブロ!お前はホントにコイサブロ!」
小さなコイが騒ぎ出す。
だって、小さなコイは出発前にムリだと言ったコイたちだから。
リュウにコイするコイサブロと、あの時、みんな変わらなかった。
それが今では小さく見えた。
コイサブロは嬉しくなって、バッシャンバッシャン飛び跳ねた。
茶色い故郷の河の上、大きな虹が架かっていた。
みんなも見てよ!大きな虹があっちの山まで架かっている。
きっとあの虹を登ったならば、こんどはホントにリュウになる。
ぜったいぜったいリュウになる。
今度は誰も笑わない。
誰もムリだと笑わない。
コイサブロはリュウになる!
空の向こうの虹を越え、今度は絶対リュウになる!
ぜったいぜったいリュウになる!

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