おたねさんちの童話集「消防士のキート」
消防士のキート
「火事だ!火事だ!」
今日は年に一度の消防訓練が行われています。キツツキのキートは、精一杯に大きな声を張り上げています。なんといっても、森で一番勇敢な消防士なのですから。
「逃げろ!逃げろ!逃げろ!」
消防士のキートは、大声で叫びながら、周囲の木を倒していきました。
熊のワークもキツネのツッキーも森中の動物たちがバケツをもって消火活動を手伝っています。
「ケガをした者はいるか!」
イタチのレイトは森のお医者さんです。訓練といえでも、本当にケガをする者が出ないとも限りません。リスの看護師クルルとともに、一生懸命に目を光らせています。
「キート!キート!」
キツツキのクートが叫びました。
「早く担架を持ってこい!」
倒れているのは、リスのリリアです。
キートは慌てて担架を取りに救急本部へ駆け出しました。
「キート、ちゃんと持ってこないとダメじゃないか!」クートが怒鳴りつけます。キートは急いで担架を担いで戻ってきました。
「早く!早く!」
クートの声に負けないように、キートは急いで担架を広げました。
「いくぞ!一、二、三」
クートの声に合わせてリリアを担架に載せました。
「よし!このまま救急本部へと異動する。クルル、すぐにレイト先生を呼んできてくれ!キートはよそ見をするな!いくぞ!一、二、三」
キートはクートに合わせて、担架を運びます。
「よし。いいぞ!」
クートは周囲の様子をしっかりと観察しながら、救急本部へと向かいます。
「ここにおいて!」
お医者さんであるイタチのレイトが、救急本部へ運ばれてきた担架を見つけて叫びました。
「一、二の三」
キートはクートと声をそろえて、担架をおきました。
すぐに看護師のクルルも駆けつけました。
「痛い!痛い!」
リスのリリアが大声で叫びました。迫真の演技です。
「ちょっとまって!」
お医者さんであるイタチのレイトが叫びました。そしてすぐに、リリアの押さえている手を放して、足首をみました。なんと大きく腫れ上がっているではありませんか。
リリアは、演技ではなく、本当に逃げる途中で転倒して、足首を捻挫してしまったようです。
「キート!急ぐぞ」
クートのペースに合わせて、キートも懸命に救急本部まで、担架を運びました。
イタチのレイトは、すぐに湿布薬をぬります。それから当て木をしてから、包帯でしっかりと固定しました。
「もう大丈夫だ」
イタチのレイトは、ゆっくりと汗をぬぐいました。
「やっぱり、訓練でも、何があるか分からないから、気を抜けないね」
消防訓練が終わると、キートはジュースを飲みながら、クートに言いました。
「そのとおりだ。どんな時でも、消防士は気を抜いちゃいけない。」
クートの言葉に、キートは黙ってうなずきました。
「今日の動きは良かったぞ。いつもあれくらい、周囲に目が届くようになれば完璧だ」
珍しくクートに褒めてもらって、キートの頬(ほほ)が少しゆるみました。
なぜなら、キートは、頑張り屋で、一番勇敢な消防士ではありましたが、慌てて失敗したり、忘れ物をしてクートに叱られたりることもたくさんあったからです。
クートは、消防団の隊長です。キートと同じキツツキですが、キートのお父さんくらいの年齢で、森中のみんなから尊敬されていました。それから、若い頃は、腕のいい大工さんだったので、よく森のみんなが、家のことで問題があるとすぐ相談に訪れていました。
「クート。……相談があるんだけど」
キートは恥ずかしそうに言いました。
「いったい、どうしたんだい?」
クートは不思議そうな目で尋ね返しました。
「実は、こんど家を建てようと思うんだ」
キートは、少し顔を赤くして答えました。
「それはつまり……」
「うん、彼女にプロポーズした」
「良かったじゃないか」
「ありがとう」
「それで、式はいつだい?」
「来年の春」
「それで、新居を造るってわけか」
キツツキは、自分で家を建てるのが習わしです。でも、キートが家を建てるのは、今回が初めてなのでした。
「キート。家を建てるときに、一番大切なことは、しっかりした家を建てることだ。それは、もちろんあたりまえのことだけれど、その次に、二つの大事なことをいっぺんに考えないといけないんだ」
「どういうこと?」
「じつは、その二つは、矛盾していて、両方をいっぺんに素晴らしい答えを出すのが、無茶苦茶難しい」
「いったい、何の話?」
「なんだと思う?しっかりした家を建てるときに、とっても大切なこと二つだ。」
「そりゃ、部屋の数だとか、収納スペースだとか、間取りとか……」
「それも大切だけれども、そんなことより、もっともっと大切な事だ」
「そんなのあるの?全然分からないや」
「おいおい、キート!お前の仕事はなんなんだ?」
「あっ!分かった。一つは消防だね。ちゃんと燃えにくい材料を使っているかだとか、避難ルートは確保されているかとか」
「そうだ。それともう一つ、大事なことがある」
「もう、分からないや。クート教えてよ!」
「防犯だよ」
「防犯?」
「そうだ。泥棒に入られないように。それから、他の動物たちが襲ってこないように、ちゃんとした家を建てないといけないんだ」
「まあ、盗られるようなもんなんて、何もないけどな。でも、なんで消防と防犯が、矛盾しているのさ」
「簡単な論理さ。泥棒を防ぐには鍵を閉めた方がいい。でも火事の時、鍵がかかっていたら逃げられない」
キートはポンと膝を叩いた。
「まあ、でも、同じようなことは、この世界に沢山あるから、結局は、しっかりと考えてバランスをとることが一番だね。」
「同じようなことって?」
キースは、少し考えましたが、よく分かりませんでした。
「そりゃ、結婚したら分かるようになるよ」
クートは笑って答えました。
「火事だ!火事だ!」
本当の火事が起きて、キートが真夜中に起こされたのは、結婚式の前の日でした。
「逃げろ!逃げろ!」
キートは大声で叫びながら、延焼を防ぐために、周囲の樹木をどんどんと倒して行きました。
熊のワークもキツネのツッキーも、今回は訓練ではありません。森中の動物たちは全員、必死になって消火活動を行っています。
「助けて!助けて!」
叫び声に気づいたクートがキートを呼びます。
「あっちの木を倒しにいくぞ!」
それは、すでに燃えている場所です。でも、この木々を倒していかないと、逃げ遅れた森の仲間を救うことはできないのです。
キートは頭から思いっきり水をかぶり、炎の中へ飛び込みました。まだ燃えていない根本部分を叩いて倒していくのです。キートが削った木を熊のワークがどんとんと倒してくれたので、どんどんと道ができていきました。
クートも、イノシシのトシンと組んで、反対側の木を倒してくれています。
「助けて!助けて!」
叫び声はどんどんど大きくなっていきます。
「大丈夫!もうすぐ助けにいくよ!」
キートもクートも熊のワークもイノシシのトシンも、必死になった大声で叫び続けます。
「ストップ!みんな、ちょっと待って!」
リスのリリアでした。リリアは、そう叫ぶと、一目さんに助けてと叫ぶ声の方角へとかけてゆきました。
「ワーク!こっちきて!」
リリアの叫び声にワークが走って向かいます。
そこには、タヌキの夫婦と、それから、片足が倒れてきた木々に挟まった、タヌキの赤ちゃんがいました。ワークは、すぐさま、倒れてきた木々を取り除いて赤ちゃんを助けました。
「早く!早く!急いで!急いで!」
クートが叫びます。
「トシン!こっちだ」
「おう!」
みんなで道をつくっている間に、ワークはタヌキの赤ちゃんを背中に乗せて、安全な方角に走り出しました。タヌキのお父さんもお母さんも、その後ろをついて走っていきます。
「キート!キート!」
クートが叫びます。
「はい」
「すぐにイタチのレイト先生を呼んでこい」
なんと、タヌキのお父さんもお母さんも、大きなやけどを負っているではありませんか。キートはすぐにイタチのレイト先生のところへ飛んでいきました。
レイト先生は、リスの看護師クルルと共に、忙しそうです。なんと病院は沢山のけが人でいっぱいだったのでした。
キートは担架を担いで飛んで戻ります。
「いくぞ!一、二、三」
クートと組んで、キートはタヌキのお母さんと赤ちゃんを担架に載せました。
「ワーク!悪いがタヌキのお父さんを担いでついてきてくれ!」
クートが大声で叫びます。
熊のワークも、タヌキのお父さんを担いで、キートたちの後を追いかけました。
「どいて!どいて!」
クートは大声で叫びます。
「レイト先生!レイト先生!こっちも診て下さい」
キートも大声で叫びました。
すぐに飛んできたのはリスの看護師クルルでした。レイト先生は今手が離せないので私の指示に従ってください」
クルルは、しっかりした口調でそう告げると、キートたちに、指示を出しました。
「クートはレイト先生に病状を伝えてきて!」
「ワークは、できるだけたくさんの水をくんできて!」
「キートは医務室から膏薬とガーゼ、それに包帯を持ってきて!」
みんなもクルルの指示に従ってテキパキと動きます。
やがて、騒ぎがおさまった頃には朝になっていました。真っ黒に焼けた山の斜面に陽が昇っていきます。
「そう言えば、今日がキートの結婚式だったけ?」
クートが笑って言いました。
キートは驚いて時計を見ました。
「いけない。いかなくちゃ。」
「まだまだ時間はあるはずだよ」
熊のワークも笑っています。
「違うんだよ。彼女に謝りにいかなくちゃいけなくなったの!」
「どうして?」
みんな首をかしげています。
「だって、せっかく立てたボクの家も、燃えちゃったから」
キートは、そう言い残して、彼女のもとへ飛んでいきました。
「ごめんなさい。昨日の火事で家が燃えてしまいました」
キートは彼女に向かって思いっきり頭を下げました。
彼女は、キートの顔を見ると、みるみるうちに顔がクシャクシャになって大粒の涙があふれ出てきました。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
キートは何度も何度も、彼女に向かって謝りました。
「ちがうの!ちがうの!」
彼女は首をふります。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
それでもキートは頭を下げ続けます。
「だから、違うの!私は嬉しいの」
「えっ!」
「だって。キートが無事だったから……」
その言葉を聞いてキートも泣きそうになりました。
キートは彼女を連れて、焼け焦げた新居に向かいました。
「本当は、立派な家を見せたかったんだけど……」
向かう途中、キートは彼女に、何度もそう言い訳しました。
「おーい!キート!遅いじゃないか!」
クートの声でした。
熊のワークもキツネのツッキーもいました。リスのリリアもイノシシのトシンもいます。
「みんな、どうしたの?」
「どうしたのって、新居がないと結婚でいないっていったのは、おまえだろ!」
熊のワークが笑って答えました。
「心配するな!おまえが作ったやつよりも、遙かにいい家を建ててやるから」
クートも大きな声でそう言いました。
もちろん、キートもすぐに仲間に加わりました。キートの彼女の一生懸命に手伝いました。
ですから、キートと彼女が無事結婚式を迎えるまでには、それほど沢山の時間はかからなかったようでした。