夏合宿

 夏が好きだ。理由は分からない。でも夏の終わりには、いつも(ああ、夏が終わるな)と考える。名残り惜しいということは「好きだ」ということだと思う。
 中学校ではバスケット部に入っていた。厳しくて有名だった。顧問には、いつも誰かが殴られていた。(こう書くと、体育会系の爽やかな(?)体罰のように聞こえるかも知れないが、決してそうではない。いたぶられるという表現が適切な気がする)
 顧問は殴りながら、「この腐りがぁ(ブシュ)、根性無しがぁ(グシュ)、なんやその死んだような眼はぁ(ブシュ)」【(ブシュ)(グシュ)は殴られている音】などと延々罵倒しながら、何発も平手で殴る。平手というと「なんだ……」と思うかも知れないが、鼓膜が破れた奴がいるのだから、そうバカにしたモノじゃない。
 どんなプレーをするかと言うよりは、殴られないようにするにはどうすればいいか、ということが前提だった。ただ、怯えていた。(のちに、その異常な日常に慣れてはいったが、今でも僕は彼のやり方を断じて認めない)

 入部して初めての夏休み。恒例の合宿があるという。教室に畳を敷き、学校に何泊かして、バスケット漬けの生活をする。
 もちろん練習は「辛い」の一言で片付けるのは惜しいくらいに辛いのだが、それに加えて、食事が辛かった。不味くて辛いのではない。夏の最中、厳しい練習が終わって、へたっている身体は食い物を受け付けない。それでもどんぶりに飯が盛られ、食べ終わるまで許されない。お茶で流し込もうとするが、そのお茶も「塩茶」という、麦茶に塩を混ぜたものしかない。これがまたとびきり不味い。(いま考えるとどうも医学的根拠が薄いような気がして仕方ない)

 合宿二日目、練習が終わり、いつものように集合がかけられ、顧問の話をつま先立ちで聞いていた。
 話の終わりに、顧問が言った。
「仁尾、N、T、お前ら、ちょっと残れ」
 僕は、NとTの方をチラッと見たが、彼らもなぜ残されるのか要領を得ていないような顔でこちらを見ていた。
 この三人の共通点と言えば、クラスが同じことくらいだ。何も心当たりがない。が、(また殴られるのか……)と思っていた。
 顧問がおもむろに、いつもの聞き取りにくいこもった声で言う。

「お前らのクラスのKが死んだ。お前ら、着替えて通夜に行ってこい」

 今でもはっきり覚えている。
 あまりに唐突な通告だったので、言っていることを理解するのに少し間があった。が、まっさきに考えたことは、Kのことでも、その死の理由でもなく、「飯から逃れられる。夜練もサボれる」と言うことだった。

 Kは決して目立った存在ではないが、気のいい奴だった。特別仲がよかったというわけでもないが、決して嫌っているわけでも、嫌われているわけでもなかった。そんな関係だった。
 部活動中の事故だったらしい。

 夏の夜には、ふとこんなことを思い出す。

 あのとき「飯から逃れられる。夜練もサボれる」と反射的に思った僕はここにいる。
 自分はあの頃と少しも変わっていないのではないか……と少し苦く、少し怖くなる。
 そんなことを考えている内に夏の夜は明けていく。

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