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『小さな家の思想-方丈記を建築で読み解く』文春新書を出して⑩長尾重武

 前号、相田武文さんの文章の中でも書かれている通り、16 世紀マニエリスム期の建築家ヴィニョーラの『建築の五つのオーダー』という本を書いています。こちらも、相田の一言でご紹介いただいたようですが、私のことを「イタリアを専門とする建築史家として認知していた」と、書かれていますが、その通りです。拙著『建築の五つのオーダー』は博士論文をもとに再構成して、出版したものでした。若いころは近代建築を専門として、研究を進め、イタリア・ルネサンス関係の書物を片っ端から読んでいました。

 イタリア・ルネサンスを専門としようとしたとき、少し準備が必要だったのです。古代ギリシアに遡るドリス、イオニア、コリント式と言った柱の形式と比例の問題が、続くローマ時代に受け継がれ、トスカナ式、コンポジット式を加えて五つになりました。円柱が建築を構成するもっとも重要な要素になり、さらにアーチ、ヴォールト、ドームがローマ時代に多用されるようになりました。こうして、円柱とアーチを中心とする古代建築の語彙とシステムが、ルネサンス期に改めて重視されるようになったのです。

 ルネサンス期の多くの建築家達が、古代の建築言語で建築を設計するようになり、『建築のオーダー』という言葉が使われ、円柱とアーチを含めた言語とシステムを探求しました。

 ヴィニョーラの建築の五つのオーダー』(1562年刊行)はルネサンス期のオーダー書として全体としてよくまとまったシステマティックな考え方に貫かれたもので、20世紀初期のアカデミズムの時代まで、流布され続けました。

 近代建築の天才的建築家・ル・コルビュジエも、このヴィニョーラのオーダーを名指しで批判してるほどです。日本にも、明治以後、第二次世界大戦前まで、円柱で飾られた銀行などが建てられましたが、そこで使われたのが
ヴィニョーラの建築の五つのオーダー』でした。我が国にも翻訳され、『経営飯五範』という本があったほどです。

 こうしたオーダーの問題と、建築家ヴィニョーラ(1507-1573)の生涯と作品について、特に住宅の構想に焦点を当てて論じました。代表作は、カプラローラのファルネーゼ宮、ローマのイエズス会の母教会であるイル・ジェズ聖堂、ローマ郊外のヴィッラ・ジュリアなどが有名です。

 同時代の、建築家セバスティアーノ・セルリオ、アンドレア・パラディオらと共に、ルネサンス建築を西欧に伝播させたことが特筆されます。


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