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【エッセイチャレンジ⑦】長男の提案

「ぼく、ママに提案したいことがあるんだよね。」


長男にしては珍しく、大人っぽい切り出しだった。私はドキッとした。

なんだろう?新しいゲーム買って欲しいとか?(買わないよ?)
それとも、先日からやっと1人で寝始めたけど、寂しいからやっぱりやめたいとか?(狭いからやだな…)
珍しく言いにくそうな様子だったことから、きっとロクでもないことだろう、とアレコレ思いを巡らせるひどい母。(私)
思わせぶりにつぐんだ口から発せられたのは、意外な言葉。

「スイミングのレッスン、週に2回にしてほしい。火曜日も通う。」

出来ないことはしない男

長男は好きなことはいくらでもやるけど、出来ないことはとことんやらない男である。なんていうか、潔い。漢だ。

昨年のスポーツテストでは上体起こしが2回しかできず、Eだった。さぞ気にしているだろうと思い触れなかったが、今年はそれとなしに練習を持ちかけた。
しかし、長男のやる気は最後まで起きず、ノー練習のままスポーツテスト当日を迎えた。 

「ママー!上体起こし、3回だった!去年より1回増えた!イエーイ!!」

息を切らして帰ってきて、満面の笑みで告げた長男。ミルクチョコレートのような頬には、玉の汗がふたつ浮いている。ランドセルをその辺に放ると、流れるような動きで冷凍庫からアイスを取り出した。うまいうまい言いながらガリガリ君にかぶりつく横顔には、いっぺんの翳りもない。
アイスを2分くらいで食べ切って、もうYouTubeを見始めている長男に、ランドセルくらい片付けなよー、とお決まりのセリフを放つ。呆れつつも、私は安堵していた。
よかった。自己肯定感は揺らいでいない。私は彼のこういうところがたまらなく羨ましいのだ。

ちなみに上体起こしだが、クラスで一番仲良くしているお友達は26回だった。聞く限り、2年生男児ならだいたい15〜20回あたりのようだ。(衝撃)

予想していた理由、本当の理由


スイミングを習い出したのはちょうど一年前。仲良しのお友達に誘われたのがきっかけだ。水泳はいつか習わせたいとは考えていたから、すぐに長男に提案した。つまり長男が自発的にやりたいと言ったわけではない。

もともとおしゃべりでお調子者の長男である。すぐにクラスの雰囲気に馴染み、友達もでき、楽しんでいた。面倒臭がる日もないわけではないが「辞めたい」と言ったことはない。
しかし、スイミングとの向き合い方は「それなりに楽しいし、辞める理由がないから続ける」程度の熱量である。正直「上手くなりたい」みたいな必死さは感じられなかったので、意外な提案だった。

しかも、追加で通いたいと言っていた火曜クラスは、以前振り替えで参加したときに「厳しいコーチだった」「あんまり楽しくなかった」って言ってたじゃないか!

よぎった理由はひとつ。
スイミングで月1で行われる検定に、連敗しているのだ。最初こそ順調に昇級を続けていたが、ここ3ヶ月は据え置き。お友達とも差をつけられてしまっていた。
週2コースへ変更すると検定も月2回受けられる。ああ…友達との差を少しでも埋めたいんだ…。悟ったことを悟られないよう、努めて普通のトーンで聞いてみた。

***


「やりたいならいいよ。でも、週2ってけっこう大変だよ。頑張れそう?」


長男
「大丈夫!」


「じゃあ、クラスに空きがあるか聞いてみるね。
でも、どうして?それに火曜クラスでいいの?○○コーチ(長男の好きなコーチ)なら、月曜もいるよ。」

少し考える長男。

長男
「うーん。なんていうか、、、
確かに火曜のクラス、あんまり楽しくないんだけどさぁ。でも、コーチのアドバイスはすごくわかりやすかったんだよね。厳しいけど、上手になりそうかなって。
でも、もともとのクラスは友達たくさんいるから
辞めたくないんだよね。だから、どっちもやる!」


そう言ってニカッ!と笑った長男からは、少しの照れと、自分の気持ちをうまく伝えられたことへの達成感が感じられた。

努力と楽しみ、両立すればいいじゃない

出来ないことはやらない男・長男。
いつの間にか自分のために険しい道を選ぶことができるようになっていた。
心の奥底では、友達に差をつけられたことに対する焦りもあるだろう。でも、一言一言考えながら語ってくれた理由も、間違いなく事実だ。

何より最高なのは「努力もするし、楽しいことも手放す気はないぜ」な欲張りなところ!



苦しいことだけが美学じゃない。楽しい気分になりながら頑張ったっていいんだよね。うん、すごく良い。

母になって、子どもに教えられることの多さに驚く。いつだって与えることより、与えられることの方が上回る。
そのささやかなお礼に、私ができること。


今日も冷凍庫のガリガリ君を切らさぬよう、せっせと買い足す。

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