令和5年と令和6年のはなし

 去年よりさらに遅れたスケジュールで、ぎりぎり松の内だろうというところでこの記事を書いている。一応毎年noteで振り返ってはいるし、今後もできるうちにやっておかないと、というところで、今年(厳密にいえば、去年)の振り返りをやっていきたいと思う。

 今回も、令和4年と同様に、創作・ゲーム・その他(私事)の3分野に分けて振り返っていき、令和6年、今年の展望についても同様としていきたい。創作に費やす時間のほぼ倍くらいをゲームに捧げているので、これは妥当だろうと判断した。

令和5年をふりかえる

創作について

 昨年(令和4年)のふりかえりの際、ぼくは「ほとんどふるうものがなかった」と述べた。令和5年は、それに輪をかけて何もしていない印象がある。
 一応、手元のメモを見ていくと、いくつか実績はあるようで、それをもとにいろいろ書いていこうと思う。
 まず、3月には新津意次著の短編集「ぶたを抱いた日」のリリースがあった。これについては次のように解説記事を書いている。日本ごうがふかいな協会に迎え入れた初めての小説家であり、主筆に就任した新津意次の初短編集である。こちらを担当として編集し、編集として解説も寄せている。
取り扱いは架空ストアのみとなっているため、もしよろしければ見ていただきたい。

 また、パフォーマーで創作家のにゃんしー氏が主催する文学賞「第2回イロカワ文学賞」に以下の短編小説で参加し、「文雄リーグ」第3位の成績を獲得した。この文学賞は参加者の互選により受賞者を選出するシステムとなっており、この回は参加者が21名と非常に多かったことから、7名3リーグの予選リーグに分け、各リーグで投票数が最も多かったものが決選投票に進むシステムであった。また、投票には「評」を書き込む必要があり、それは参加者全員に公表される。
 こういったシステムのもと、参加者は「文藝リーグ」「文學リーグ」「文雄リーグ」の3リーグに分かれ、ぼくは「文雄リーグ」に配属された。「文雄リーグ」は投票数が多く、ぼくはかなり多めの(全体の1/3弱は多いと思う)6「評」を獲得したにもかかわらず、3位となってしまい予選敗退となった。それぞれがどのような作品を選んでいるのか、についてもここでは間接的に(参加者間で)公表されるため、だれがどの作品を書き、どの作品を入れたのかがわかるようになっている。
 ちなみに、ぼくの評入れについては、実はかつてやっていた、同人誌即売会ごとに手に入れたすべての作品について購読し、自分が納得した基準に従って評点化し、順位をつける「シーズンレース」に近い方式で選抜を行った。総評価を「A、B、C、D」の4段階に分け、同評価内で上位か下位かを「+/-」で追記するかたちですべての作品を評価した。すなわち、最上位が「A+」であり、最下位が「D-」であり、「A-」と「B+」では前者の評価が高い、というような形式である。ここで「A」とつけたもの、すなわち「A-」以上の評価にしたものを選抜し評を入れている。そしてぼくが所属していた「文雄リーグ」においてはすべてがA評価だったため、自作以外のすべてに評を入れた。その中で3位となったこと、また「文雄リーグ」の上位2作がいずれも「A+」であったことを考慮すると、それなりのものは書けたのではないかと自負している。なお、受賞作を含め、ぼくが「A+」と評価したのはこの2作のみである旨蛇足として付け加える。
 参加作品はこちらで読むことができる。ぼくの精神世界に眠り続けている、創作の原風景たるもののひとつ、「無数に横たわる自分の死体」がホラー要素を抜きにして表現できたことについて、自分なりに満足している。気になった方はぜひ読んでみてほしい。

 また、それ以外の大きな出来事として、定期購読システムの新たな募集を一旦停止している。これは家庭の諸事情によるものであり、現在参加されている方にも今後が確定次第お知らせを出す予定である。この2年間で2つしか一般公開物を出せず、以降はそれ以下のペースになるものと思われるのも、今後について考えている理由である。
 実際、現時点でぼくは創作に対し満足どころか、全くリソースを割けていないのが現状である。そして、以降は創作どころか、現状維持すら困難になる可能性が高く、その点をどのように切り抜けるか、を考えている。

ゲームについて

 諸事情によりPS5はほとんどプレイできなかった。事情については後述する。よって、ほとんどがSwitchでのゲームになる。前年から「A列車」は今だにぼくの中では覇権だ。あと特筆すべきゲームは次のこれである。
「ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム」
 任天堂は便利で、Switchであそんだ時間数をカウントしてくれている。そして令和5年遊んだゲームがダントツでこれであった。ちなみに2位は前作のブレワイで、これは令和4年から新作が出ることを想定しブレワイをやりこんでいたからである。
 前作よりもマップがほぼ3倍になったうえ、どのミッションをこなしていくのかというのも誘導がわかりやすく、そのうえである程度自由度があり、しかも歯ごたえがある順序とやりやすい順序が分かれていたのが、ゲームとして優れている点である。ぼくにしては珍しく全部を拾おうとしており、後続するピクミンやスーパーマリオRPGに全然とりかかれていないくらいである。祠はあと数個と思われるし、装備もあとわずかだがヒントが少ないので難しい。何よりも賢者の記憶を集めるのがかなり難しいと感じた。
 あまりにもティアキンをやりすぎていて、それ以外のゲームがほぼできていない。令和6年もしばらくはそういう感じになりそうだ。

その他について

 ハムちゃんと結婚してから1年が過ぎた記念日に、横浜のクルージングディナーに行ってきた。聞けば、そのすぐあとに営業を終了してしまったとのこと。食事もおいしかったし印象的な日になった。
 というように本来であれば結婚して変化した風景、みたいなものを書いていこうと思っていたのだが、年初にハムちゃんの体調不良があり、いろいろ考えた末に津田沼から引っ越すことになった。これが初夏、横浜への旅立ちである。横浜とはいえ、市内の中でも指折りでアクセスが悪いところであり、千葉県内の職場へ向かうには朝一番のバスを使ってようやくたどり着くことができるほどの僻地であった。それでもぼくの体力的にはそこまででもなかったのだが、6月にコロナに罹ってしまったのをきっかけに再び家探しをして9月に再度引っ越しをしている。つまり令和5年中に2回引っ越しをしたため、いろいろな時間がとれなかった。新居はそれなりに交通の便がいいところであるが、職場から遠いことには変わりがない。それでも忘年会の二次会まで参加して終電に間に合うくらいなので、ずいぶん通勤しやすくなったともいえる。
 こんな感じなのでおそらく令和6年も、かなり忙しいものと思われる。

令和6年の展望

創作について

 創作をコンスタントに行っていくのがいかに難しいかは、常日頃から感じているところである。ぼくは「スマホでも書ける」とか「スキマ時間でも書ける」というタイプではなく、ある程度まとまった時間と集中できる環境で初めて原稿を進められるタイプであるので、遠距離通勤になったことはそれなりにロスがあるものと思われる。いくつか企画は考えているのだが、ここで出すのも難しいくらいには確定していない。

ゲームについて

 ティアキン以降、いわゆる「積みゲー」が増え続けている。そろそろ崩したいところではあるが、ティアキンが終わらないことにはどうしようもない。もうちょっとなんだけどなあ。

その他

 令和6年に入り、いろいろと考えることが増えた。そもそもは通勤距離で選んだような職場を遠距離通勤するようになったことから転職も考えている。が、それがうまくいく保証はない。
 右も左もうまくいくということはなくなっていて、何をどうあきらめるのかということをうまく考えていく必要があると、最近は思う。すべてをいいとこどりしていけるほどもう若くはない。
 いっそのこと、しばらく充電期間として、ある程度創作活動をスキップするというところも考えている。現にもうイベントには参加しないだろうと考えているし、イベントに使っていた道具など、お譲りできればしたいとも思っている。見本誌用のディスプレイとか、コイントレーとか。
 しばらくの間は通販窓口として架空ストアを使用していく。参考までに日本ごうがふかいな協会の作品リストのリンクをはっておく。

 また、昨今の言論情勢をかんがみるに、インターネットに自分の著作をアップしていくのが怖くなってきているので、今後は「それ用に調整したもの」をアップし、また旧作については少しずつ削除していこうと思っている。それについて具体的にお知らせすることはないし、こちらが思い立ったときに行おうと思っている。それで何かが解決するわけではないが、たとえば、「語ることのできる身の上で特権性をふりかざす」ことだけはやりたくないし、なんだかインターネット上にはそういった人物がちらほらいて、知っているひとたちもそういう風になりつつあって、とても怖い。なので、ぼくは「あえて黙る」ということを少しやってみたいと考えている。「語る」ことを封じることでどのように軸が揺れ動くのか、それを見てみたいとも思った。
 以前、活動を休止したとき、ぼくはのっぴきならない事情で、仕方なく休止した。だからそれが解決されればすぐに活動を再開した。今回はそれとは少し事情が異なる。「語る」ことの怖さに気づいたうえで、自分をふりかえり、そのうえで何を「語っていく」のか、何を「語らない」のかを整理するために、いったん「黙って」いたい。日々、そういう思いが強くなっていく。なので、特に期間を設けないが、今ぼく自身でできうることをやりきったと判断した時からしばらく「黙って」みようと思う。そのため、今受けているものや、定期購読の整理が完了した後については、しばらく新規の頒布物を出すことは控えたいと思っている。
 もちろん、「求められた」ものについては可能な限り答えていきたいと考えている。それはぼくの語りが求められているということであるので、全力でのっかっていきたいし、希望には答えたいと思っている。なので昨年と同様に寄稿のお誘いがあれば、ひざのうらはやおでも、新津意次でもお受けすることはここに記しておく。ぼくが申し上げているのは、あくまで自主的な活動の範囲にとどまっている。

 以上である。そういうわけで、実はここしばらくそういったことを考えていたため、毎年やっているこの企画についても通常通り行うべきか考えていたのだが、むしろ機会と思い、筆をとった。
 定期購読を予約されている皆さんにはかなりのご迷惑をおかけしており大変申し訳なく思っている。現状の整理と、今後の予定を考慮してしかるべきお知らせを行うので、今しばらくお待ちいただければ幸いである。

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