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怒りの周波数

「どこかに怒りにまかせてこんな酷いことをする人がいました」というニュースを拾ってきて憤って批判的になってみせる事は、実は感情の流れで言えば、批判される側もする側も五十歩百歩なのだ。
どちらも怒りという感情に支配され、不満のはけ口を他に求める行動はまったく同じである。
批判する側は、自分の方が正しい義憤であると主張するだろうが、
怒りで他者を批判する行為と感情の流れは、どちらもなんら変わらないのだ。
そこに気づかない限り、状況が変われば批判する側とされる側の立場はコロッと入れ替わってしまう。
つまり、自分の中に批判している対象と同じ種を持っているということである。
ラジオのチューニングのように、怒りの周波数に同調することによって何かを変えることはできない。
却って怒りの周波数を拡散しているだけなのだ。

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