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令和5年予備試験論文式試験労働法答案

第1、設問1
1、A社はBに対して、A社が負担した海外研修費用の返還を請求することができるか。
(1)たしかにBはA社の海外研修制度を利用するにあたって帰国後60か月以内に自己都合でA社を退職する場合は、その費用を返還する旨の誓約書を提出しており、実際にBは帰国後6か月で自己都合によりA社を退職している。そのため上述のA社はBへの請求をすることができるようにも思える。
(2)しかし、そもそも上述のような誓約は、Bに帰国後60か月という長期間にわたって自己都合退職を禁止するもので、公序良俗に反し無効とならないか(民法90条)。
ア、公序良俗に反し無効となるか否かは、当該法律行為の性質や当事者間の個別具体的事情を総合考慮して決する。
 ところで、企業における研修といってもその性質は様々であるが、使用者たるその企業の指揮監督の下になされ、その対象となる労働者の自由が大きく制限されるような態様のものについては、労働者は使用者への労務提供として研修を受けることとなるといえる。そのため、そのような態様の研修については使用者側がその費用を負担するのが妥当である。
イ、これを本件についてみるに、たしかに本件A社の海外研修制度は、研修先となる大学等については対象となった社員の選択に委ねられていたり、研修中はA社の業務に従事することが求められない等、Bにとっては自由に使える時間が大きく、使用者たるA社の指揮監督外のものとして扱うべきであるようにも思える。
 しかし、この制度では選考があり、誰でも自由に利用できるものではなかったし、海外研修中は学業に奨励し、学位取得後は直ちに帰国して職務に復帰することが求められていた。また、研修中についても、2か月に1回程度A社によるオンライン研修を受講することを義務付けられていたところ、それは長いときで3時間程度も拘束されるものであった。さらに本件海外研修中は職務に従事する場合と同額の基本給と賞与が支給されることとなっており、ノーワークノーペイの原則(民法624条1項)からしてA社はこの制度を労働の1つとして捉えていたと推認できる。このことは海外研修費用をA社が負担するとされていたことからも同様に考えられる。
 上述のような事情を踏まえると、本件A社の海外研修制度は、A社がその労働者Bに労務の提供として行わせたものと評価すべきで、Bはその自由が大きく制限されていたものといえる。そのため海外研修費用は使用者A社が負担すべきである。
 このような職務としての海外研修につき、帰国後60か月間という長期間にわたり自己都合退職を禁止するというのは労働者の人格権や職業の自由への大きすぎる不当な制約である。
ウ、よって上述のA社とBの誓約はBの権利を不当に著しく制約するもので、公序良俗に反し無効である。
2、以上より、A社はBに対して、A社が負担した海外研修費用の返還を請求することができない。
第2、設問2
1、FはA社及びG社に、以下のように民法715条1項2項、同法415条、労働契約法5条に基づいて損害賠償責任を追及できると考える。
(1)DはFに対して不法行為責任を負うところ、DはE社の「被用者」であり、A社はE社の親会社で、「使用者」たるE社「に代わって事業を監督する者」である。かかるDの不法行為は「事業の執行」によるものといえ、A社として免責事由も存しない(民法715条1項但書)。
 よってFはA社に対し同法715条1項2項に基づく損害賠償責任を追及できる。
(2)ア、G社はFの使用者で、同人に対して安全配慮義務を負っていた(労働契約法5条、民法1条2項)。具体的には、Fの要望、訴えに応じて、Fの職務場所を変更したり、更に調査したりすべき義務を負っていた。しかしG社はそうした事をしなかったし、A社の相談窓口をすすめる等もしなかった。
 よってG社には債務不履行があり、これによりFは退職等の損害を生じている。
 これにつき債務者G社の免責事由も存しないため、FはG社へ民法415条の損害賠償責任を追及できる。
イ、A社はG社の親会社で、G社同様Fへ安全配慮義務を負っていたといえるものの、Fからの相談に対しても、しっかり対応すべきだったのにE、G社に軽く確認したにすぎなかったため、債務不履行があり、A社にも免責事由はない。
 よってFはA社にも同様の責任追求ができる。

以上

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