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プーチン大統領の"hat in hand"

今週は必然的に北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記のロシア訪問に関連した文章が続いています。ここでは金総書記とプーチン大統領との首脳会談をいくつかの視点から掘り下げてみます。
まずはプーチン氏の胸中やいかに。


米からは「物乞い」と嘲笑

今回の露朝首脳会談に対する評価について、米国務省のミラー報道官は11日の記者会見で"beg"や"begging"という言葉を連呼しました。「物乞い」というわけです。会見の一部を引用します。

you see him traveling across his own country hat in hand to beg Kim Jong-un for military assistance.

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-september-11-2023/

"hat in hand"という表現は私も知らなかったのですが、帽子を手に持っている様子から「うやうやしい」「ペコペコした」という意味とのこと。「プーチンはペコペコと自国を横断し、金正恩に軍事支援を物乞いした」というわけです。なかなか痛烈ですね。

記者たちからは国務省報道官が「物乞い」と評するのは刺激的すぎやしないかという疑問も浮かんだようで、「物乞い」とみなす根拠を問いただす質問が出されました。報道官としては、ウクライナ侵攻が思うように進まないプーチン氏を嘲りたかったようです。"hat in hand"発言の前段では、こう述べています。

I think it’s important to put it in overall context, which is a year and a half ago President Putin launched this war against Ukraine with its full-scale aggression with a dream of restoring the glory of the Russian empire. That hope, that expectation of his, has failed. It will continue to fail.

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-september-11-2023/

「全体の流れでみるのが重要だと思う。一年半前、プーチン大統領はロシア帝国の栄光を取り戻そうと夢見てウクライナに対する全面的な侵攻に打って出た。その望みや期待は失敗した。これからも失敗し続ける」

今回の首脳会談にプーチン氏の「凋落」を見出すのは米国務省だけではありません。ボストーチヌィ宇宙基地で自ら金正恩氏を案内し、通訳だけを交えた1対1の会談もし、晩餐会でもてなす…その姿は、ロシア国民の一部からも「屈辱的だ」と受け止められているようです。そこまでして北朝鮮の砲弾を買いたいの?元をただせばウクライナでグダグダだからでしょ?といったところでしょうか。

ロシア政府は北朝鮮から武器を購入する可能性を否定していません。ですが真相は不明です。「大量の砲弾を調達しようとしている」とウクライナに圧力をかけるためのポーズだけ、という可能性もあります。というのも、北朝鮮の武器をすぐにロシア軍が使えるのかは疑問だ、という見方も軍事専門家からは出ています。それに、本当に武器取引の契約をまとめたいなら、実務担当者たちが水面下で交渉したほうが西側からの非難を避けられます。北朝鮮からの武器輸出入は国連安全保障理事会の制裁決議で禁じられていますし。まあ、もはやそういう「常識」を気にするロシアではないのでしょうが…

実際にロシアが北朝鮮から砲弾などを購入するにせよ、しないにせよ、「軍事力を増強しているぞ」とウクライナに圧力をかける手段としては、今回の首脳会談はもってこいです。完全に水面下の交渉にして米国やウクライナが探知できなければ、圧力にはなりえないですからね。

北朝鮮にとってロシアからの「宇宙開発支援」の虚実

一方、金正恩氏にとって今回の訪露はどれくらいの成果があったのでしょうか。「大国(とされる)ロシアの指導者と対等に渡り合う自信に満ちた若き領導者」というイメージを内外に発信することには成功しました。米韓、それに日本に対して「自分の後ろ盾は中国だけじゃないぞ」と見せつける効果はあります。

ただ、首脳会談の場所が宇宙基地というのは実に「絵になる」ニュースではありますが、実効性となると、よく分かりません。北朝鮮としては、今年、二度も軍事偵察衛星の打ち上げに失敗しているだけに、「三度目の正直」に向けてロシアの先端技術にアクセスできたのは心強いと誇示したいようです。しかし言うまでもなく、宇宙工学の専門家でもない金正恩氏がロケットを間近で眺めたところで次の打ち上げの成功が約束されるものではありません。焦点は両国の科学者同士が秘密裏にどういう情報交換をしているのかですが、そのあたりは不明です。

ひとつ、個人的に気になっているのは、今回の宇宙基地での首脳会談がいつ設定されたのかです。

北朝鮮は8月24日に二回目の衛星打ち上げに失敗しました。それに慌てた指導部がロシア側に「宇宙基地を案内してほしい」と要請したのでしょうか。可能性ゼロではありませんが、首脳会談のロジ的な準備は大変です。そんな短期間でセッティングできたとは思えません。思い返せば、8月24日、打ち上げから数時間しかたたないうちに北朝鮮は「10月に3回目の打ち上げを実施する」と表明しました。なぜ失敗の原因をろくに調べないうちに「三度目の正直」を宣言できるのか不思議に思えました。しかし、かなり前から今回の首脳会談は決まっていて、「近くロシアから先端技術が伝授される」と分かっていたからこそ、すぐに再々チャレンジを決められたのなら腑に落ちます。

繰り返しになりますが、ロシアがどれほど北朝鮮の衛星打ち上げを支援しようとしているのか、内実は分かりません。ただ、両国の首脳がわざわざ宇宙基地で会談したのです。こうなると、双方のメンツにかけても次の打ち上げは成功させなければならない状況になってきました。そして、衛星を打ち上げるロケットと弾道ミサイルの技術が同じである以上、打ち上げ成功=ミサイル技術の進展であり、日米韓3か国にとって喜ばしいニュースにはなりません。

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