見出し画像

「朝鮮の新星女将軍」?

最近、この勇ましい呼称というか尊称というかが、日韓のメディアを賑わせています。
北朝鮮・金正恩総書記の娘、金ジュエ氏に新た「朝鮮の新星女将軍」という呼び方がかの国内で登場したことで、いよいよ後継者に内定か、と。
父と同じサングラス&革ジャンといういで立ちで、父よりも前に立った写真が公開されたことも、議論を盛り上げています。

はじめにお断りすると、本当に北朝鮮国内でこの呼称が使われ始めたのか、私は確認できていません。それでも複数の観点から考えてみる価値はありそうです。
(冒頭の写真は2012年に平壌を取材で訪れた際のものです)


本当は「金ウンジュ」?

そもそも論になりますが、金総書記の娘は、その名前すら北朝鮮国営メディアで伝えられたことがなく、以前の記事でも紹介したように、本当は違う名前である可能性もあります。
「ジュエ」という名前の最大の手がかりは、平壌に滞在して金総書記と親しくなった元NBAのスター選手デニス・ロッドマン氏が「『ジュエ』という娘がいると聞かされたぜ」と話したことです。

でも、ロッドマン氏は朝鮮語を操れるわけではありません。聞き間違いの余地はあるのです。
韓国の英字紙は、先月、彼女の名前は「ジュエ」ではなく「ウンジュ」だとする、元情報当局者の分析を伝えています。

実は、金総書記の「正恩」という名前の漢字表記も、日本メディアは当初「正銀」と間違って表記していました。事程左様に、北朝鮮ロイヤルファミリーをめぐる情報は確認が困難です。
彼の娘の名前も、果たして…

これ以上続けると、名前の推測だけで終わりかねないので、一応、ここからは「金ジュエ」との表記で本題に入りましょう。

国営メディアで「女将軍」は登場せず

金ジュエ氏に「朝鮮の新星女将軍」という呼称が使われたという情報は、アメリカ政府系のRadio Free Asia (RFA)が報じたことで知られるようになりました。

ですが、RFA以外に根拠はありません。北朝鮮の国営メディアで「女将軍」という呼び方は登場していないのです。
RFAはこれまで北朝鮮報道で少なからぬヒットを飛ばしてきましたが、一方で、北朝鮮内部からのリアルな情報入手に定評のある石丸次郎さんは「今回は誤報の可能性が高い」と指摘しています。

私も、「女将軍」という呼称には違和感を持っている一人です。
理由はいたって簡単。若すぎるからです。
金ジュエ氏は、まだ9歳か10歳と推定されているんですよ。小学生です。

それでも「将軍」となるかもしれない

ただ、現時点で「朝鮮の新星女将軍」という呼称が正確かどうかはいったん脇に置き、金ジュエ氏がこれから本当に「将軍」となる可能性は十分にあるでしょう。
彼女の姿が初めて内外に明らかにされた場面からして、弾道ミサイルの前でした。

その後も、父の軍視察に多く同行していますし、先日の偵察衛星打ち上げの祝宴にもいました。

北朝鮮の最高指導者にとって、軍部からの忠誠心を強固にしておくことは、最優先事項です。権力の源泉であるためです。
たとえまだ小学生の年齢であろうと、父と一緒に軍事に関連する視察を積み重ねる。それによって、軍人たちに金ジュエ氏が特別な存在だと刷り込む行程が進んでいるといえます。
そうした行程自体、彼女がいかに特別な存在とされているかを物語っています。

もう一つ、名実ともに彼女が「将軍」になるかを見極めるポイントがあると東京大学先端科学技術研究センターの山口亮特任助教は指摘します。
それは、金ジュエ氏が軍事学校に通うかどうかです。

イギリスはじめ、「王室の者は軍に入る」という伝統を持つ国は珍しくはありません。金正恩総書記は子供の頃スイスで暮らしただけに、欧州のそうした事例を十分に知っているでしょう。また、北朝鮮のこれまでの習慣を変えようとしている取り組みもみられます。

金ジュエ氏が軍事学校に通うようになれば、それは「2つのコース」がありうると山口特任助教はいいます。

①「指導者コース」
軍事に関する教育を受けたうえで朝鮮労働党の指導者(後継者)ないし体制の中枢になる場合です。これは金正恩総書記と同様。

②「バリバリの軍人コース」
軍事学校に通い、現場の指揮官や司令官、あるいは政治将校になるためにキャリアを積む場合。今は、そうした本格的な軍事教育の前段階としての視察と位置づけられます。

山口さんは、もし金ジュエ氏が軍事学校に通うとすれば、この2つのコースのうち前者の方が可能性が高いと分析しています。

かのロイヤルファミリーをめぐっては謎が尽きません。しかし、金総書記の娘に関していうと▼名前、▼呼称、そして▼軍事学校入りの有無、と観察ポイントが増え続けているのは間違いありません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?