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台湾総統選"テリー"の手札② Money

前回の記事に続いて、台湾総統選挙への立候補を表明しているTerry Gouこと郭台銘(かく・たいめい)氏の人物像を掘り下げてみたいと思います。

といっても、ストレートすぎるタイトルが結論を明かしてしまっていますね。台湾の町工場から出発した郭台銘氏。いまや鴻海(ホンハイ)精密工業は世界で従業員130万人、22年の売上高は約29兆円という桁外れな巨大企業となっています。そこまで鴻海を育てあげた剛腕経営者には「台湾のチンギス・ハーン」という異名もあります。その伝説的な成功と富があるゆえに、総統の座を狙えるというものです。


前回も出馬に意欲

人間性などは脇に置いて、「大富豪である」だけに注目すると、不動産王として鳴らしたドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領になったケースと似通っています。実際、郭台銘氏は前回(2020年)の総統選挙でも立候補に意欲を示し、メディアはこぞって「台湾のトランプ」とネーミングしました。
ただ、このときはギリギリまで立候補を模索したものの、断念しています。

今回は2度目の挑戦となるわけです。
さすがにもう「台湾のトランプ」という呼び方は目にしませんが、本家のトランプ氏も2度目のアメリカ大統領の座に意欲満々なわけです。
これ以上、両者を並べて書くと紛らわしいだけになりそうなので、ここらで本家トランプ氏には退いてもらい、郭台銘氏に話を絞りましょう。

その巨万の富は「大陸」抜きには語れない

洋の東西を問わず、有権者たちが既成の政治家たちに対して「胡散臭さ」や「利権」などを感じ取り、政治経験のない候補に魅力を感じるケースは珍しくありません。ましてや郭台銘氏のようなサクセスストーリーがあるのは非常に有利…なはずです。

そうシンプルな話にならないのは、鴻海が中国と密接な関係にあり、ゆえに郭台銘氏には「親中」というイメージが定着しているためです。正確にいうと、鴻海の中国子会社「富士康科技集団(Foxconn)」が中国大陸に多くの工場を持っていてiPhoneなどを製造しています。しかも各工場ごとの従業員は10万人を超えることも珍しくないというスケールの大きさ。鴻海と中国は相互依存関係にあるといってもいいでしょう。

ちなみに、「富士康科技集団(Foxconn)」という社名、気になる方もいるでしょう。
郭台銘氏はまずアメリカにFoxconnを設立したのですが、キツネとは関係ありません。金具を意味するfoxcavatyとコネクター(connector)を組み合わせた造語だそうです。
そして「富士康」は中国語での発音が「フーシーカン(fùshìkāng)」で「Foxconn/フォックスコン」になんとなく似ています。これは、「聚才乃壮、富士則康」というフレーズから来ていて、「人材を集めれば会社は壮大になり、人が富めば健康な生活ができる」という意味だそうです。

さて、近年、台湾では自らのアイデンティティーは「台湾人」だと位置づける人が主流となりました。かつてのように「台湾人であり中国人」ないし「中国人」とみなす人たちは少数派です。
ここでは複雑な台湾アイデンティティー問題についてはサラッと駆け抜けてしまいますが、ポイントは「自分たちは中国大陸の人たちとは違う」という意識が年々広がっていることです。そうした意識の変化の中で政治家が「親中」とみなされるのは逆風につながりやすくなります。

一方で、「親中」イメージがプラスに作用するのは「中国との関係は改善するので有事のリスクは低減する」というアピールです。つまり、現在の与党・民進党は「反中」「独立志向」が強いので、このままでは中国と戦争になりかねないと批判できます。最大野党・国民党はこの戦略で政権奪還を目指しますし、郭台銘氏も「自分が総統になれば両岸関係は落ち着く」と訴えています。

でも中国はハシゴ外しか

習近平政権からみれば、今度の総統選挙でまた民進党が勝って政権を維持するのは苦々しい限り。「親中」の人物が総統になってくれるのを期待して、様々な情報戦を仕掛けています。

そういうことなら郭台銘氏の立候補は中国から歓迎される…とはならないのが、また複雑なところです。むしろ、郭台銘氏を選挙戦から降ろそうと圧力をかけているのです。
10月22日、「富士康科技集団」が税務調査や土地使用に関する立ち入り調査を受けていることが中国共産党系の「環球時報」で報じられました。中国当局は通常の調査の一環だと説明していますが、それを額面通りに受け止める人はほぼ皆無でしょう。

中国共産党としては、郭台銘氏が立候補すると、国民党の侯友宜(こう・ゆうぎ)候補ら「親中」陣営の中で票が割れ、民進党を利するだけだと言いたいのです。例えていうなら、日本の選挙で野党が選挙区で調整して候補者を一本化すると自民党といい勝負になるものの、共闘しない場合は勝ち目がなくなる、というのと似ています。
実際、「環球時報」英語版では、8月、郭台銘氏に出馬を撤回しろと言わんばかりの大学教授による寄稿がありました。やや長めですが、一部を紹介します。

the people of Taiwan are faced with the choice between peace and war. Most of them are looking forward to cross-Straits peace, but are skeptical about the threat of war if Lai wins the election. Candidates from the non-Green camp have promised to bring a vision of peace to the people of Taiwan, but without uniting the camp, such a promise will be difficult to realize. Only integration of the non-Green camp can bring unity, and only unity can bring the chance of winning the election.

https://www.globaltimes.cn/page/202308/1297135.shtml

いわく、台湾の人々は「平和か戦争か」の選択を迫られていて、民進党の頼清徳(らい・せいとく)候補が勝っては「戦争の脅威」を懸念している、と。反民進党陣営は団結することでした総統選で勝てない、と。
戦争の恐れをちらつかせての脅しにしか読めない内容です。

中国大陸を足場に富を築いた郭台銘氏が、その中国大陸からのハシゴ外しをどう受け止めるのかは、今度の台湾総統選挙を大きく左右しそうです。


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