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スローコミュニケーション

このマガジンは、最近読んで面白かった本をピックアップ。
本から学んだことを障害福祉に置き換えながらご紹介していきます。

 

今回の本は、「スローコミュニケーション わかりやすい文章 わかちあう文化」。
著者は、毎日新聞の論説委員だった野澤和弘さんです。

 

野澤さんは、記者として得られた多くの情報をいつも分かりやすくお話しくださいます。
息子さんが重度の知的障害ということもあって、ご講演や書籍でのメッセージはリアルなお話が多く、この仕事をする上でたくさんの気づきをもらっています。

 

本書は、野澤さんの最新刊。
今年の2月末に発行されたもので、早速読ませてもらいました。

 

なにか大事なものを忘れているような気がする

これは、前書きの一番はじめのことば。
早速、たくさんの気づきを与えてくれそうな一文です。

(本文より)
障害者福祉のサービスは増え、権利擁護の制度もそれなりに整ってきた。合理的配慮や意思決定支援というものが注目され、障害者本人の意向に沿った支援が大事だと多くの人が言うようになったのに、なにか重要なことが抜け落ちているような気がする。
コミュニケーションである。

 

「なにか重要なことが抜け落ちている」。
それってなんでしょうか。

 

支援したつもり、ご本人の意向を聞き取ったつもり、制度を整えたつもり…

福祉サービスの受益者である利用者の方、特に知的障害のある人にとって、これらのことはわかりやすく伝わっているんでしょうか。

 

自分の仕事(支援)を振り返ってみると、「つもり」は結構あるかもしれません…

知的障害のある人への情報保証の大切さを改めて考えさせられる文章です。

 

先入観をなくす

本書では、イギリスの意思能力支援法(MCA)が取り上げられています。
MCAは、日本で「意思決定支援」が議論され、厚労省が意思決定支援ガイドラインを作るときに参考にした法律です。

イギリスの意思能力支援法は、5つの原則が定められていて、その中の「ベストインタレスト(最善の利益)」という言葉が重要となっています。

 

野澤さんは、重度の知的障害のある長男(本書では「お兄ちゃん」)とのエピソードをたくさん交えて、最善の利益を説明されていました。
ぼくは、「お兄ちゃん」にお会いしたことはないですが、回転寿司の話や外出時の車内(電車)での話、自動販売機の話、ファミレスの話など、野澤さんとお兄ちゃんの「日常」から意思決定支援の難しさを感じることができます。

エピソードが身近な話なので、面白さもあってほんわかしますよ。

 

(本文より)
イギリスの意思能力支援法にある「ベストインタレスト(最善の利益)」原則での気をつけるべき項目の中に、先入観の排除と並んで重要なものとして、「本人の希望や探求」というのがある。ずっと障害者の気持ちや行動の理由を探求し続けることが、最善の利益を導く上で重要なのである。

以前、このマガジンで紹介したおすすめ本では、「無意識の偏見」という言葉で書かれていました。


先入観と無意識の偏見。
視点として、とても大切なところだと思います。

支援者として無意識のチカラの意味は、客観的な視点でいつも考えておくこと。

障害のあるご本人の気持ちや考えについて、勝手に思い込んだり決めつけたりすることのない支援者でありたいと、改めて思いました。

そのためにも野澤さんは本書にて、その人の可能性を否定しないこと、ひとりの人間としての尊厳を守ること、意思決定など無理だと思わないことを提案されていました。

 

共通認識がコミュニケーションの土台

本書では、新聞記事が難しいこと、福祉の言葉が難しいこと、日本語独特の表現である比喩や二重否定の難しさを取り上げています。

「わかりやすく分解する」ことをキーワードに、新聞記事の内容を分解。
分解することでとてもわかりやすく感じました。

 

また、省略した言葉や比喩などの独特の言い回しで表現される理由もわかりやすく解説されています。

(本文より)
同じ時代に、同じ国で、同じ公教育を受け、同じようなテレビ番組を見ている私たちには、無意識のうちに共通の認識が植えつけられている。「共通認識」があるがゆえにいちいち、くどくど説明しなくても円滑で素早いコミュ位ケーションが成り立っている。

方言なんかも「共通認識」が生み出すコミュニケーションです。
絆や団結力を強める一方で、よそ者を排除することを暗黙のうちに行っているとも言われていると発言されています。

(本文より)
均質で緊密な関係性の閉じられたコミュニティ内では「共通認識」がコミュニケーションの強固な土台を形成している。
(中略)
しかし、一方で、多様性というものを否定し、さまざまな価値観や認識の方法を身につけた人々が社会の構成員に加わる流れ、つまり多様性のある社会の実現にブレーキをかけることにもつながっていることを自覚すべきである。

日本が共生社会の実現や多様性のある社会を目指すということなら、人と人とのコミュニケーションにおいて「わかりやすさ」は必要不可欠だということ。

ホント、そのとおりです。

 

スローコミュニケーション

あとがきでは、「スローフード」「スローライフ」といった意味合いで、「スローコミュニケーション」を提唱されています。

(本文より)
表層的な意思疎通のようなものではなく、時間はかかっても深いところで相手を理解し、お互いの存在や価値観を認め合うところに本物のコミュニケーションが成り立つ。それが「スローコミュニケーション」である。

奥の深い文章ですね。

 

言葉で表すことのできないことはたくさんあります。
言葉でコミュニケーションをとっていることはごく一部。

「お兄ちゃん」や、言葉のない人とのコミュニケーションにおいて、スローコミュニケーションは大切な視点ですね。

 

コミュニケーションの本質的な意味について、深く考えさせられる一冊でした。

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