前方不注意追突事故

2023年10月半ば。
安井金比羅宮で凶のくじを引いた恋人はというと、私から酷い扁桃炎をうつされ、出張前にも関わらず、寝込むことになった。
「私が凶だったら良かったのに」と恋人の前で可愛く漏らしたペラペラの願いを、律儀にも聞き届けた神様がいるらしく、本日正午、私は前方不注意追突事故を起こした。

激務が続いていた。
手が回らない業務量を抱え、新卒の教育を担い、次から次へと降りかかるトラブルによって、私は扁桃炎を発症、満身創痍だった。
通勤時間は1時間半。帰宅してからは風呂にも入らずに、軽食をつまんでベッドで寝落ちする毎日。
それでも、朝はやってくるので、会社のトイレで目のクマにコンシーラーを塗りながら、必死で戦った。

その日の某大通りはかなり渋滞していた。
停車、走行、停車、走行を短スパンで繰り返す退屈かつストレスフルなドライブに、脳は酸欠状態だった。窓を開けたり、頬を叩いてみたり、歌ってみたり、ラジオを聞いてみたり、試行錯誤しながらもうすぐ渋滞を抜けようかという時、ふと「落ちた」。
ブレーキが緩み、クリープ現象で進んだ車は前方の車へコツンとぶつかり、鈍い衝撃だけが残った。

幸いにも怪我は無く、車体も無傷だった。
しかし、当然ながら会社からは社有車の禁止令が下され、私は公共交通機関で片道1時間半以上をかけて担当地区をまわることを余儀なくされた。
全ては自身の過失によるものであるが、行き場のない怒りや後悔、焦燥感が止めどなく溢れ、行きつけのカフェで少しだけ泣いてしまった。

“責任感が強いのは良いことだけど、それって君にしかできない仕事では無いよね。代わりはいるし、今の君は仕事してる気になってるだけだよ。”

新卒の頃、そう言われた事を思い出した。
“誰にでもできる仕事”に追われるあまり、疲弊して事故を起こし、車移動を禁止されたことで業務効率が低下。その結果、“誰にでもできる仕事”に首を絞められていく悪循環。
俯瞰してみると、もはや一人芝居で、「なにやってんだろうなあ」がカフェオレに溶けた。

誰かに聞いてほしくて電話をかけた恋人に、心中を吐露すると、こう彼が言った。
“誰にでもできる仕事を、君にやってもらえて良かったと思ってもらえるようにするのが仕事なんじゃない。”
なるほど。あまりにも簡単に腑に落ちた。
一向に片付かない仕事に忙殺され、ザラザラのトゲトゲになった矜恃が、少しだけなめらかになるのを感じた。

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