ユージーン・スタジオ 新しい海  EUGENE STUDIO After the rainbow

20220111@東京都現代美術館

同日、クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]の後に鑑賞。さっきのマークレー展比較しながら考えていた。

多くを解説されてしまうと一方向にしか意識が向かなくなってしまう。マークレーは音楽と美術との間での翻訳を作品としているけれど、美術→言葉への直接的な翻訳もとても難しいな。音楽も美術作品も、鑑賞される時って、何も無いまっさらな状態で突発的に鑑賞されることってあまり無い。でも、創作の意図や過程や思考を十分に表明してから鑑賞されることも少ない。その中で、どの程度の言葉(もしくは別の手法)で、鑑賞する上での糸口を与えてやれるかというは、状況や環境や対象者によって色々だよな。
マークレーのほうはたまたま自分が音楽の経験があって、重ね合わせられる部分が多いから、表現の仕方に対して感じられる意図がたくさんあったり、見えない部分を想像したりできた。
対してユージーンの方は、そもそも作品の持つ表現というのが、作家の思考から作品に落とし込まれるまでの距離が短いというか、翻訳される過程があまり見えてこないように思えた。

見えないものを想像させる作品として【<ホワイトペインティング>シリーズ】が展示の初めに大きく据えられていたけれど、何も描かれていない白いキャンバスを配置する、ってまずその表現方法自体があまりに安直すぎようにも思う。「白いキャンバス」って言い回しも、J-POPなんかでも散々使い古された言葉になってしまっているし、今更どう解釈されたいの…(笑)って思っちゃって、出だしからなんか冷めちゃった。
そう思い始めると、どれもこれも安っぽく胡散臭く感じてしまうのは、良くない先入観持ってしまったからだとは思うし、日常の中でも自分の良くない部分だと思った。

【想像#1 man】も、暗闇の中で誰も知らない像を見出しましょうみたいなやつでさ、
(「本日の整理券の配布は終了しました」って書いてあるけど、これそもそも展示そのものが存在していないとか、そういうやつ~?まじかよサブいわ~w)
とか結構思っちゃってたけど、どうやら展示は実際にしているみたいだし、実際に整理券終了していただけみたいだし、なんなら像にも触れられるような展示になってたらしい。勘ぐりすぎてよくなかったね。ごめんなさい。
それを知ったのは帰る道中だったので、展示を見ている最中はとにかく斜に構えた態度になってしまっていたので、【私にはすべて光り輝いて映る】【この世界のすべて】【善悪の荒野】とか、そういうタイトルに対してすごく嫌悪感があった。いや、これに関しては今冷静になってもちょっと痛いとは思う。
タイトル付けるのって本当に難しいのは知ってるつもりだけど、ちょっとそれはタイトルで語りすぎていると思うよ。それに付随する解説も「奇跡的な要素によって構成されることを再考するとき、日常への視線を改めざるを得なくなるだろう」とか、「私たちの現在に認識は何によって照射されているのかを再考する機会の必要性想起される」とか、第三者の解説にしても、ちょっとしゃしゃり出すぎてやしないかな…。
グッズ売り場を見ても、色々なメーカーとのコラボ(改めて考えるとコラボって何さ笑)した商品がわんさか積まれていて、なんかお金の匂いというか、『現代アート^^(笑)』を感じてしまって、とことん冷めてしまった。
私は白いキャンバスに穢れを見てしまったばかりに、感じる純粋な心を忘れてしまったかもしれない。あとは単純に疲れていたのもあるかも。こっちを先に見ればよかったかも。むしろもう一回観に行く…?それは必要ないか…?

うーん、冷静に、ユージーンの作品、クリーンな気持ちで思い返すと…、まず淡いグラデーションは実は細かな点描で、その点ひとつひとつは「人」で、個と集団を表していて…っていう【<レインボーペインティング>シリーズ】。きれいな作品ではあったけど、なんか意図と表現方法が学生っぽいよね。

【物語の整地】は、砕けたステンドグラスをランダムに張り付けて…、ビジュアルとしては宗教的で形式美のようなものを感じさせる、整った作品ではあったけど、キリスト教における復活・震災の復興に重ねた表現らしいけど、これも学生の企画展でありそうだね。素材の存在意義や可能性を引き出すような作品としては成立しそうではある。

【善悪の荒野】はインパクトがあって、家具や生活用品の破壊・死のような時間の静止としての表現の中に、意味付けができそうだけど。実際には。現代社会における地続きの私たちの未来を再度想起させるきっかけを与えようとしているらしい。主語でかすぎて、自分の中に重なる部分がないのよな。そこかも。印象に残らなかった理由としては。普遍的なテーマだとしても、もう少し具体的な部分をクローズアップした命題でないといけないのかな。
なんか時間や状況の制約が大きい中での個展ぽいし、なんなら同情しちゃうわ~とか思おうともしたけど、ここ1,2年の作品ばっかりでもないよなきっと。

マークレーとユージン・スタジオを観てみて、翻訳・言葉・解説・現代美術と音楽との類推、この辺について考えさせられたりした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?