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あの人に届け!② 無かったことにしたい過去。でも、あなたにだけは黒歴史と言ってほしくない。

地元の文化界で重鎮と呼ばれる画家さんが、芸術褒章を受けたのを機に、
若い頃に出版した画集の回収を始めたそうです。
画壇から酷評され、個展を開いても閑古鳥……という頃に出した黒歴史的な画集なので、存在しなかったことにしたいのだとか。

その気持ち、すご~く分かります。
私にも、無かったことにしたい作品がいくつかあります。

まったく噛み合わない担当者さんと組むことになり、大揉めして空中分解してしまった作品とか。
「売れ線」の後追いをさせられただけの、今となっては登場人物名すら思い出せない作品とか。

大コケにも「意味のある大コケ」と「無意味な大コケ」がありまして、前者は例えば、企画チームが一丸となって「既存の概念を壊してやろうぜ!」と挑んだものの、結果を出せなかったものを指します。
そうではない、上に示したような大コケが、「無意味な大コケ」だと考えています。

電子書籍化されることもなく、書店や版元の在庫表示が「在庫なし・重版未定」になると、虚しさとともに安堵を感じたものです。
ああこれでもう、あの作品は消えてくれたと。

古本屋や図書館には残っていますが、話題にもならない本をわざわざ探して読む人はおられないでしょうし、どうか読まないでと願いたくなることもありますし、たまに「貸出中」になっていると血の気が引きます。

ただし無意味な大コケであっても、作者本人が「あんな作品は書きたくなかった。あの作品をこの世から消し去りたい。封印したい」とおおっぴらに言うことは、絶対してはいけないと思うのです。

その本の誕生に携わってくださった方々のことまで「封印」する権利などないのですし、なにより「無意味な大コケ」を意味ある作品として読んでくださった一握りの読者さんを否定し、傷つけることになってしまうからです。

冒頭で、自身の黒歴史を封印せんと、画集の回収に必死になる画家さんのことに触れました。
実は私の手元にも、その画集があります。

絵画に詳しい人たちに言わせると「たしかにこんな三流レベルな絵を残していては恥ずかしい」とのことですが、私は好きで、今でも時たまページを開いています。

画家さん本人がどれほど否定したくても、「三流レベルな絵」を描いていたご自身の過去は消せないのですし、そういう過去が画家人生の一部になっているからこそ、現在のご自身があると思うのです。

剽窃したわけでもなく、頬をカネで叩いて「ゴーストライター(ペインター)」に描かせたわけでもなく、ただ画壇的に貶される絵を描いていただけのことです。隠さねばならないような黒歴史ではないのです。

それどころか、その「黒歴史」時代の作品に魅了され、生きる際に影響を受けた人間が、ご本人の知らないところに、こうして存在していたりもするのです(ここ以外にもいると思います)。

そんな人間の心まで、作者の都合だけで「回収」しないで……と思うのでありました。

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