見出し画像

あの人に届け!③言いたい放題の読者さんたちに潰された作家

私が好きだった若い小説家さんが、またひとり筆を折りました。

あまり売れず、たまにネットに感想が出ても否定的な内容ばかり。
新作を書いてもまた叩かれるのではないか、自分は小説を書く資格が無いのではないかと不安に苛まれ、心のバランスを崩してしまった――。
人づてにそう聞きました。

ネットが一般化していない時代は、読者さんの感想は、出版社に送られてきたハガキや手紙でしか分からないものでした。
そして内容によっては出版社側がフィルタをかけました(作者には見せないということです)。

今はSNSが旺盛で、作家はフィルタリングされない「読者の生の声」に触れることができるようになりました。

ただこれは両刃の剣でして、読者さんが「感動した」「面白かった」と盛りあがる場合は良いのですが、「つまらなかった」「読んで損した」と盛りあがる場合もあるのです(作者個人への批判へとエスカレートする時もあるようです)。

とりわけフォロワーの多い読書家さんがこれを始めると、さあ大変。
新刊発売前に図書館に予約し、発売とほぼ同時に借り(新刊購入が非常に早い図書館があるのです)、「この本はつまらない」とあちこちのSNSで拡散し、その結果「読もうかと思ったけど、やめておこう」という人が相次ぎ……。

冒頭の小説家さんも、こういう読書家さんに潰されてしまったようです。

これが度を越した営業妨害と認められれば削除要請や法的処置を講じられますが、たいていは「叩かれて泣くなら本など出すな」と言われて終わりです。自分が強くなるしかありません。

見習うべきは街のラーメン屋の大将です。

個人的な見解ですが、ラーメン屋の大将というのはどうも、自分の「作品」に揺るぎない自信と誇りを持っている人が多いように感じます。
もし彼らが「小説」を提供する店を経営していて、お客様に「読んで時間を無駄にした」と言われたら、こう答える気がします。

「読むことを選んだのは、おまえ自身だろ」


もしお客様に「想像してたのと違う。ガッカリ」と言われたら……。

「おまえの想像していたものなど、俺は知らん」


もし「全然面白くなかった。金返してほしいわ」と言われたら……。

「読んだんだから金は返せん。てか、おまえ図書館で借りて読んだだろ」


もし「この人の小説は二度と読まない」と言われたら……。

「お願いですから読んで下さいと、俺がおまえにいつ頼んだ?」


もし「この作者は、どうも好きになれない」と言われたら……。

「おまえに好かれるために書いているのではない」


もし他作家と比べられてディスられたら……。

「あの作家には俺の味は出せん」


とはいえ、揺るぎない信念で作り続けたとしても、お客様が入ってくれなければ、店を畳むしかなくなるのです。

ただ、「店を畳む」ことは必ずしも「ラーメン作りを辞めること」を意味しません。

私の地元には不味いことで知られるラーメン屋がありまして、グルメサイトでもことごとく低評価でした。
スープにはコクがないし麺は柔らかすぎるし、全体的に物足りないというのが低評価の最大理由のようでした。

ランチタイムでも閑古鳥が鳴き、独りでスープを混ぜる大将の姿をガラス越しに一瞥しながら、通行人たちは痛ましげな笑みを浮かべていたものです。

ついに店には「空き店舗」の看板が貼られ、地元の人たちは「自分の味にこだわりすぎた末路だ」と言っていましたが、ある日、遠方の県で店を開いていると知りました。

そこではけっこう評判が良く、そこそこ繁盛しているのだとか。
私の地元では「コクのないスープ・柔らかすぎる麺」として低評価だったものが、その土地では「自己主張をしないスープ・とろけるような麺」として好まれるようでした。

以前、閑古鳥の鳴く店で黙々とスープに向き合っていたのは、手持ち無沙汰だからだったのではなく、「新天地」に向けての準備をしていたからかもしれません。

冒頭に書きました、叩かれて筆も心も折れてしまった小説家さん。
まだお若いのですから様々な「フィールド」を旅し、自分の味が受け入れられる(求められる)場所を探し当ててほしいと願うのです。
本当に本当に、長い旅になるかもしれないけれど。


※店主画像はこちらからお借りしました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?