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続ける理由

昨日「社会人でアカペラを続けている人はどんな人なのか」という話になったので思い立ってnoteを書くことにした

人はなぜ物事を続けるのか

そもそも、人が何か物事を続けようとする内発的動機はどんなところにあるんだろうか

3つの本能である食事睡眠性欲をのぞき、続けていることの具体例をブラッシュアップすると以下のようにまとめられるのではないか

【衛生的要素】
歯磨きやお風呂など、衛生面を維持するために必要な要素
【内面的要素】
日記や詩を書くなど、何かの自己表現
【外面的要素】
化粧や服をきるなど、見た目に関する要素
【身体的要素】
運動など健康上に関係するポイント
と、色々ブレストしてみた結果、究極的には生きることに必要なことと、やっていて楽しいと感じることを続けているのかもしれない
※習慣化が10割の動画をみても、脳の快楽しか訴えていなかった。
やはり、脳の仕組みを理解し、うまく利用してしまうことが自分の行動を帰るには手っ取り早いし大事なのかもしれない。

楽しいとか、自分にとって必要であるというケース以外だと「惰性で続けている」という声を聞いたことがある
惰性で続けるというのはどういう意味だろうか?
止めるメリットが見つからなくて取りあえづつづけているという意味ではあるのだが、果たしてそれは一体どういうことなんだろうか

一つの事例に生きていることそのものがありそう
自分が生を受けたのは自らの意思ではないし、止めることに特にメリットを感じていない
惰性で生きている理由には以下の要素が考えられる
・死ぬことがよくないことだという風に定義づけをされているから
・そもそも積極的に自らの意思を全て消し去るような行為自体を選択するほどの勇気や理由を持ち合わせていないから

こんなところかしら?
正直他の「惰性で続けている」というのは「自らの承認欲求がなんらかの形で満たされる」とか「その物事をきっかけに繋がった人たちのことが好きだ」とか「やっている間は他のことを忘れられるほど楽しい」とか何かしら脳に快楽を与えられるような要素があるから続けているのではないかと思う。つまり、明確に言語化するほどの理由を自ら定義づけしていないだけだと思う。

結局なんでアカペラ続けているの?

上記の結論を踏まえて考えれば「脳が楽しいと感じている」からに他ならない

アカペラってどんなところがいいところなのか、どんな時に楽しいと感じるのか
人によって答えはさまざまだけれども、結局自分がそのものごとを通して達成したいと思っていることや、やりたいことを実現するためだということがわかりました

今回はとりあえずここまで、なんで私自身が続けているのかはまた後日考えることにしましょう




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