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今年も楽しい時間をありがとう

自然環境リテラシー学実習
最終回
2022/12/24

去年は蜃気楼を眺めながらカヤックを漕いでいたのに、今年のイブは恐ろしく寒かったです。

今年の自然環境リテラシー学実習も、海・山・川の全コースが終わり、その総まとめの発表会が行われました。
テーマは、「自然環境リテラシー学実習を通して1番伝えたいこと」。
受講生ひとりひとりが、"誰か"を見据えて、実習で得た経験や知識、感情などをまとめて発表してくれました。

私は、この設定を作った側でしたが、その裏には
・グループワークでは、人によって作業量に差が出てしまう
・グループワークでは、ひとりひとりの考えが埋もれてしまう
・みんなの話聞いてるの楽しいのよ
の3つの意図がありました。

私の大好きな実習内の振り返りの時間、「1分間スピーチ」の7分拡大スペシャル×37人全員集合!!というわけです。楽しくないわけがありません。実際、楽しかったですし!

受講生は発表を基に記事を書いていて、それも楽しく読んでいます。
ということは、私がみんなの発表を振り返っても意味がないので、私は私で好きにします。
今年の実習だけではなく、これまでとここ3年弱の私の気持ちを振り返ってまとめる方向にもっていきたいと思います。まとまらないかもしれません。

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「人が好きでない人へ 
私が自然環境リテラシーを生きがいにしている理由」

私にとって、自然環境リテラシー学は、自然と人を繋げてくれるものです。

自然は物心ついてから、ずっと好きでしたし、これからも多分一生、好きでいます。
自然は多くの楽しさ、驚き、不思議、恐怖、悲しみを私にくれます。今、ふと気づいたのですが、思い出せる限り、自然に対して怒ったことはありません。

順位なんて無いけど、1番のお気に入りは教えません笑

一方、これまでの短い人生の約半分は人に怒って生きてきました。
人はどうして自然と対立するんだろう、どこまで社会を成長?させたいんだろう、動物として退化しているくせに、とか漠然としたことに怒りながら、
私はなぜ人なんだろう、人から生まれて、育ててもらって、生きているだけで、この世のすべての人に支えてもらっているのに、親不孝ならぬ人間不孝なのかもしれない、野生で生きていく術を持たないくせに、なぜ大口叩けるのだろう、とも悩み、怒っていました。
この思いは前面に出さず、人に紛れて生きていました。
人を嫌いなのと、同等かそれ以上に自分が嫌いでした。

人の役に立てるとも、立とうとも思えず、どうしようもないまま、大学に進学しました。そして、自然環境リテラシー学に出会いました。

自然環境リテラシーとは、自然環境を総合的に理解し、自然環境と人間が相互に与え合う影響について深く考察すること。また、これらを可能にする安全管理能力や、組織的な活動の計画、実行能力に加え、体得した知識・技能を正しくわかりやすく伝達・発信する能力のことで、自然環境を守り、保全しながら、その魅力を人々に伝え、“生きる力”の育成を目指している。
2022年度 自然環境リテラシー学実習実施要項より

出会った当初は、「リテラシー(伝達・発信)」の部分は嫌だと思っていましたが、それでも、「子どもたちの自然離れを止めたい」という思いや、「自分の中に守りたい自然を持つことで、大きな自然(地球)を守りたい気持ちができる」という考えには賛成できるところもありました。(この硬い文章で参加を決めたのではなく、坂本先生のインドア派をも外に出すような楽しい紹介があったのです)

能力さえあれば、『風の谷のナウシカ』の森の人のように、人里離れたところで自然と共生できたらいいな、という気持ちも大昔はあったので外で生きていく力を手に入れられたら…ともかすかに思っていました。

こうして飛び込んだ自然環境リテラシー学で、実習のサポートをしていた先輩方に憧れ、徐々に「リテラシー」の意義や大切さを理解し、ずっとこの活動をしていたいと思うようになりました。
また、なにかしら自然に対して思い入れがある人が、この実習に集まってくること、そんな人たちと1対1でも、みんなででも、色々話すのがとても楽しいことに気づいたのです。

それから、2年生、3年生を過ごす中で、毎年たくさんの色んな人と出会い、その中から仲間が生まれるのも、面白く思っています。私が楽しく生きているのを喜んでくれる、不思議な存在も多くなり、もっとその人たちの役に立てたらいいな、とも自然に思えるようになりました。

もう、今は人間不孝をしているとは、微塵も思わないし、人嫌いも自分嫌いも緩和しつつあります。

2020.12.12

ある夜、焚火を囲んでいた時に、とある先輩が「実習内でしていることを自分の子どもにさせてあげたい」と話していました。自然の中で思いのままに安全に遊ぶ力を授けてあげるんだ、と、こんなことを先輩は言っていたと思います。

私も、子どもを育てることになれば、絶対そうします。
でも、私だって、両親にそうして育ててもらったのです。

この生き方、考え方を、ひとつひとつの家族の中だけでなく、社会に広められたら、きっと怒っていた頃の私のような子が生き生きとのびのびと生きることができ、なおかつ、人の社会も本当に自然に寄り添い始めるのではないかなと仄かに期待しています。

こう思って、私は自然環境リテラシーを謳歌してきました。
また、次も楽しい1年を過ごせる気がします。

背中越しの空




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