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なんでも屋は燃え尽きない 二日目前半

翌日はとても爽やかな目覚め。
やかましい着信音も、やかましいお子様/ヤエと言うなの亡霊のわめき声もない、至って平和な一日の始まりだった。

「おはよう。さあ、早く私の依頼を済ませて頂戴」

平和な一日が終了した。
ここは、たちの悪い悪魔が笑う街、ロストエンジェルス。
自分に活を入れ、シーツを身体からのけて、ベッドから立ち上がり、軽いストレッチで身体のコリをほぐす。まあ、爽やかな目覚めであることは変わりがない。

最後に大きな伸びをした時、昨日と同じように宙に浮いているヤエと目があった。その目に浮かぶは、吃驚、嫌悪、驚愕、唾棄、ショック、軽蔑。つまるところ驚と嫌。わなわなと震える唇にほんのりと朱が差す頬。

鳩が豆鉄砲を食らったような表情とはこんな感じなのだ……ん?
ヤエの視線は俺の下腹部辺りに向いている事に気がついた。
……ああ、なるほど。

両手で耳をふさぐ。効果があるのかって? すぐに分かる。

「きゃあああああああああああああああああ!」

亡霊の叫びが脳を直接揺さぶる。脳みそをミキサーにかけたような苦痛。
あまりの衝撃/痛みに、俺は目を閉じ歯を食いしばり、頭を床に押し付けることしかできない。

「ぐうぅぅぅぅ」
「な、なんて格好してるのよ!」

ヤエが叫ぶ、よりいっそう脳が強くシェイクされる。乗り物酔いのような不快感が押し寄せる。上がってくる胃液をこらえる。

「ぐうぅぅぅぅ」
「変態! 変態! 死ね!!!」
「ぐうぅぅぅぅ」

これがヤエと出会って二日目、ごきげんな一日の始まりだった。

「私も少しは悪かったと思うけど、あんたがあんな汚いものを見せるのが悪いんだからね」
「はいはい……」

狭い車内、ヤエの本日何十回目の小言に生返事で対応。
小娘にとって、野郎のパンイチ姿は衝撃的だったららしく、太陽が空高くのぼり、罰金を払いにわざわざイーストダウンタウン銀行へ向かっている今になってもまだ蒸し返してくる。

心底うんざりしてきたので、ヤエに見えるように煙草──合法/両切り/安物──を取り出して火を付けると、ヤエが心底嫌そうな表情で俺を睨んだ。
俺は何も言わずため息とともに煙を出した。左手を窓の外に出して煙草の灰を落とし、そしてまた一服。その繰り返し。意味も生産性もないルーチンワーク。

イーストダウンタウンの道路はお世辞にも安全とは言えず、いつ何が起こるかわからない。自分の車にキルマークを書くのは最小限にとどめたいというもんだ。修理費は馬鹿にならない。
しかし、今日は大きな事故が起きていないようで、片道二車線の道路は空いてはいないが混んでもいない。平和そのもの。珍しいこともある。

左折、直進、割り込み、右折、直進、信号停止、直進、右折……。

何度目かの停止時に「そういえばその服は?」と俺は言った。
今日のヤエは先日とは違い、そこらの学生が着るような制服──制服に種類があるコト自体は知っているが、区別がつかないので制服は一律『制服』──だった。

「え? 私が学校行くときに着る制服だけど」とヤエは言った。
「そういうことじゃなくて……いや、なんでもない。忘れてくれ」
「なにそれ」
「なんでもないって」

俺はなにを悠長に亡霊なんかと世間話をしようとしているのか。疲れているのだろう。
煙草の先が手元まで近づいてきたので車外に捨てた。ラジオの電源を入れ、適当にチャンネルに合わせようとした。

次の瞬間、左手──対向車線前方──で何かが爆発。高く打ち上げられる黒いトラック。クラクションの大合奏。悲鳴と怒声。そして銃声。手を引っ込めて窓を上げる。
喧騒とはなるべく離れて生きたいのだが、なかなかどうして、人生設計は上手くはいかないものである。

そうこうする間もなく喧騒はすぐに後ろに流れて視界から消えた。ラジオから流れるノイズ混じりで気怠げな曲が車内を満たしていく。

「なんかすごい事になってたわよ! 大きな銃をもった大きな人が車を撃ったらそこから男の人と女の子が出てきた後に車が爆発して銃の撃ち合いになってみんな逃げたりよってきたりして──」

交差点で赤信号。野次馬に行っていたヤエが興奮した様子でルーフを突き抜けて助手席に帰還。亡霊がしゃべるとラジオのノイズがひどくなる。やかましい。

「落ち着けって、俺にもお前にも関係はない」
「それはそうかもしれないけど……でも、あんな映画みたいなのは初めてみたから驚いたわ」
「まぁ、たしかにあれは派手だった。火薬の量でも間違えたんだろう」
「あの女の子、大丈夫かな」

ヤエの心配そうな顔。俺は前方の空になにか気の利いた言葉が落ちていないかを探し、何も見つけられなかった。
ただ、黙っているのも具合が悪く感じたので「ま、なにか犯罪が起きてるんなら、ヒーローか警察がなんとかするだろ。多分な」とだけは言った。
「私のときは誰も何もしてくれなかったんだけどね」ヤエの口から淡々とした口調でそんなセリフが返ってきた。

よくある話だ。俺はそれ以上のことを思わないようにした。
背後からけたたましくクラクションが鳴らされた。信号は青。何も言わずにアクセルを踏みこむ。
沈黙。ラジオの中で女がガキ向けの安っぽいバラードを歌う。
俺の手が乱暴にラジオを切った。

左折、直進、信号停止……。

お世辞にも楽しい雰囲気とは言えないドライブは三十分ほどでようやく終りを迎えた。
イーストダウンタウンバンクのそこそこ小綺麗な駐車場に入り、チケットを切られることのない場所に愛車を止めた。

俺たちは無言で降車。駐車場から一旦歩道にでて右折しバンクの正面入口へ。

「ねぇ」背後でヤエが声を上げた。
「ん?」
「……なんでもない」
「そうかい」

思春期の娘を持つ親父ってのはこんな気分なのだろうか。俺は死ぬまで子供は作りたくない。

駐車場を出る前に、辺りに聞き耳を立てる誰かさんがいないことを確認。最後になにか気の利いたことの一つでも言っておこうと柄にもなく考えた。
「用事が済んだらもう一回マイクに会いに行くから」
俺は気の利かせ方をどこかに置いていってしまったようだ。おそらくはるか昔に。
「うん……」
芳しくない反応が返ってきただけ。それで終わり。

道を行き交う推定一般人にまぎれて歩く。誰一人ヤエに反応しない。見えていないのか見慣れているのか。

弾痕一つ付いていな自動ドアを通りバンクに入ると、まだ春に入ったばかりだと言うのに、夏の日のようなモワッとした熱気が肌をなでた。
公共施設名物、極端な冷暖房だ。
客たちの大半は脱いだ上着をうっとおしそうに脇に抱えている。それどころか銀行員もネクタイを緩めたり袖をまくったりしている始末。
誰が得をしているのだろうか。電力会社……環境団体……癒着……よくある話。
俺の例に習いコートを脱いでうっとおしそうに脇に抱えることにした

「何してんの? さっさとやること済ませなさいよ」とヤエ。
急かされたからというわけではないが、さっさと整理券を取りに行くことにした。

整理券番号は13。ノーコメント。

俺はまだしばらくは先であろう自分の順番まで、何をして時間をつぶすかを思案していた。
広い待合室には老若男女問わず大勢の誰かさんが各々の番を待っていた。腕を組んで瞑想している者、バンク備え付けのパンフレットや雑誌を眺めている者、ドーナツを頬張る者、辺りの様子をチラチラ伺っているもの。
そして大半が自分のスマートフォンとにらめっこしていた。政治家は隠そうとしているが残念ながらこの世はスマートフォンに支配されている。

腕を組み天井で意味もなく回っているファンを眺めていると、
「あんたはスマホいじらないの?」
と、ヤエが言った。

他の客に気付かれないようにさり気なくヤエ──左隣の席に座っているふりをしている──に視線を向けた。

「……ああ、あんたスマホ持ってないのね。お金持ってなさそうだし」
余計なお世話だ。視線を戻す。新たな参入者が2つ前の席に座り、ポケットからスマートフォンを取り出してにらめっこを始めた。

結局、俺は天井で意味もなく回っているファンを眺めることで時間をつぶすことにした。

百二十七プラスα回ファンが回転した時、左隣に誰かが座る気配がした。周りにはいくつもの空席があるのにわざわざ誰かの隣に座るような奴は十中八九疫病神の類。

「なあ旦那。ちょっといいかい?」左から声。もちろんヤエのものではないので無視をすることにした。

天井のファンの回転はゆったりとしていてまるでやる気を感じれられず、どこか親近感を感じる。

「何こいつ、私が座ってるんだけど」とヤエが言った。
「天井を見ている旦那。あんたに言ってるんですぜ。ちょっとだけでも相手してくだせえや」と疫病神が言った。

「俺はお前に興味がない」とひと目で分かるような表情に貼り付けて疫病神に目を向ける。そこには猫背で禿げ頭の小男がいた。ボロボロの歯をむき出しに卑しい笑顔。疫病神。片手には野良犬の皮で作ったようなボロボロのコート。独特の匂いを発している。

「なにか?」と俺は言った。
「いえ、大した用事はないんですがね、旦那が熱心に天井を仰いでいたもんで気になってしまいやして。なにか面白いものでもありましたか?」と疫病神はニヤニヤ笑みをこちらに向ける。息から死んだ生魚の匂い。

「そこ、先客がいるんだけど」と俺は言った。
「え?」疫病神の間の抜けた返事。
「そうよ、早くどいて頂戴」とヤエ
「その席」
俺は再び指を指して、疫病神とヤエが座っている席を指す。
疫病神は足元を見て再び俺を見て、
「この席になんですって?」
と言って眉をひそめた。

「先客がいるんだけど」と俺。
「先客? どこにいるんですかい?」と疫病神。
「ここにいるでしょ」とヤエ。
「亡霊がさ、座ってるんだよね……見えてないと思うけど」
「はぁ……?」
疫病神は立ち上がり、座っていた席をジロジロと眺める。ヤエが疫病神を睨む。が、疫病神は視線に気付かず何事もなかったかのように座り直す。
「亡霊ですって?」と疫病神が言った。
「そ、亡霊」
「どけって」とヤエ。

眉をひそめる疫病神に同じ表情を返してやる。疫病神にかぶさられているヤエの表情が俺たち以上にだんだん険しくなる。疫病神の周りにゆらゆらと浮き上がるヤエの黒髪。合体事故だ。

『──番号札9番の方、3番受付へどうぞ』
整理券を確認してみたが13から変化していない。
「へへ、まだまだ時間がかかりそうですね旦那」
疫病神が俺の手元を覗き込んで言った。モワッと異臭が舞う。勘弁してほしい。俺は整理券をポケットに仕舞い、
「で?」と短く言った。
「で? とは?」
「要件」
「ああ、ああ。そうですそうです。あのですね、実は、旦那にお願いしたいことがありましてね……」

疫病神が顔を寄せてくる。脇柄にチクリ。俺の脇腹にボロボロのコートを持った手を当てている。その下に隠れているのはナイフだろうか。
「お金をね、少々化していただきたいのですよ」と疫病神が声を押し殺していった。
「どけ」とヤエ。
「相手を間違ってるよ」物を知らない疫病神に、顎で金がある場所/受付を指してやる「それに、人に貸すほど余裕はないんだ」

真実を話したのだが、信じてもらえなかったようで、返答は脇腹にチクリ。
この街では誰もが疑り深い。

「いやいやいやいや、世間一般では給料日ではないですか。そして、あなたはそんな日にわざわざ銀行においでなさっている。普通、お金がないのに銀行なんかを訪れたりはしませんよねえ? なに、全部よこせなどとは申しません。屋根のある寝床に止まり、栄養のある物を食べ、女とよろしくできるだけのお金を頂きたいのですよ」
「よこせ?」
「おっと、失礼。お貸ししてもらいたいのですよ」
脇腹へチクリ。切れ味の悪そうな感触なのでずぶっと刺さったら痛いだろうなと考えた。

俺は右手をポケットに入れ、駐車違反チケットを取り出そうとしながら、
「いや、本当にそんな余裕はないんだ。これを見れば分か……」
「動くんじゃねえ!」
疫病神の低く鋭い警告。濁った眼がギロリと光る。大人しく右手の動きを止めた。
「てめぇ、こっちが大人しく”お願い”してやってんのに、何舐めたことしてんだ?」
「勘違いしてるよ。俺はただ……」
「あ? 俺を馬鹿にしてんのか? ……もういいわ。さっさと財布ごと全部出せよ。そしたら見逃してやるから。それとも、ここでおっ死にたいか?」
『──番号札11番の方、1番受付へどうぞ』
「ゆっくりとだぜ。もしおかしな動きをしやがったら……分かるだろ?」
チクリ。コートに隠れたナイフと疫病神の顔を交互に見やる。

昨日といい今日といい、どうも運の廻りが悪い気がする。
なにか悪いことをしたかと、ここ数日の行いを思い返してみた。【ブラッドのグリル&バー】でだらけるか、家でだらけているか……違う、厄介な依頼を──半ば強制的に──引き受けさせられたことを思い出す。そうだ、ヤエのせいだ。ついで言うなら、最終的に引き受けることにした昨日の俺のせいでもある。

さて、どうしようかと思案していると、疫病神の向こうで動く影に気づいた。というよりも思い出したといったほうが正しいか。俺は目で影を追う。影は徐々に天井へ向かい……

「何ボケーッとしてんだ。時間稼ぎをしようって腹なら、後悔することになるぜ。俺はな、失うものなんて何もねえんだ。だからもし誰かに知らせようとしやがったらお前をぶっ殺した後にできるだけ大勢を殺してから死んでやるつもり……」
「あー、あのさ」と俺は口を挟んだ。
「あ?」
「そろそろ、その席からどいたほうがいいと思うぞ」
 宙に浮かぶ影は、地獄の鬼と表現するのが適切な形相をしていた。
「あ? 何訳わかんねえ……」

「どけ言うとるやろがい! このアホンダラァ!」

ヤエは叫び、両手を疫病神に向けた。直後、疫病神が苦しそうにうめき胸を押さえた。顔面蒼白。コートと共になにか硬いものがコトリと床に落ちた。
一方、俺は慌てて耳をふさいで歯を食いしばり衝撃に備えたが、不思議と何も感じなかった。呪いは指向性なのだろうか。

「大丈夫かい?」と俺は疫病神に言った。
「ううう……胸が……苦しい……」
「ふーん、風邪じゃないか? ここはやけに暖房が効いているし外に出て空気を吸ったほうがいいんじゃない」
「ううう……」
疫病神はよろよろゾンビのように入口/出口に向かっていった。

「もうほんっとうに最悪。何なのよあいつ」
ヤエが苛つき気味に降りてきた。気持ちはわかる。
「春は変なやつが湧くからな」

疫病神が落としていったもはやボロ布にしか見えないコートを足でめくる。その下から出てきたのはナイフではなくて先端をいびつに尖らせたマイナスドライバー。ボロ布/コートをかぶせて見なかったことにする。

『──番号札13番の方、2番受付へどうぞ』
やっと自分の番。疲労感を感じつつ受付へ向かった。
途中、周りの様子をちらりと見たが、気づいていないのか興味がなかったのか、誰一人気にしている素振りは見せず、相変わらず各々の時間つぶしに没頭していた。

「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「これなんだけど……」

仕事のせいか暑さのせいか疲れを隠しきれない様子の受付嬢。
俺はしわくちゃになった駐車違反チケットをカウンターの上に置く。
彼女はチケットを確認し、続いて顔を上げて俺の顔を見る。

「パソコンもスマートフォンも持ってないもんで」

俺がそう言うと、受付嬢は「ああ」か「はあ」と独りごちて、再度チケットをじっくりと確認した後に、
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
と言い、席を立って奥へ消えた。
そうして、俺はまたしても待たされることになる……はずだった。

BANG!

銃声。それも背後そう遠くないところで。やれやれ、俺は振り返った。

待合室の中央付近、パンフレットが置かれている大理石テーブルの上に覆面男がポップ。上げた右手には拳銃。銃口から煙。客達は静かに固まっている。まるで何かを待っているように。

すぐに大きな音をたてて入り口扉の内側にシャッターが降りた。扉の脇で、なんかのマスコットキャラクターの仮面をかぶり自動小銃を携えている二人が基盤をいじっていた。素人目にも手際が良いことが分かる。
そいつらの他にもアチラコチラに各々何かで顔を隠した推定銀行強盗達が出てきた。数人は客に紛れてたのだろう。

「静粛に、静粛に願う」

覆面の声がオペラ歌手のように響いた。銀行内が静まっているからという事もあるだろう。覆面が周囲をゆっくりと見渡す。

「言わなくても静かなもんだけどな」「言いたいだけだろ。あいつ、目立ちたがり屋だし」
カウンターの向こうから話し声。推定銀行強盗二人がリラックスした様子で周囲を見ていた。先程の受付嬢は最奥の書類棚前で、ほかの銀行員と同じように座り込んでいた。支払い手続きはどうなってしまうのだろうか。

「我々は見ての通りの銀行強盗だが、安心してくれたまえ。おとなしくしていれば諸君には危害を加えることはない。ただ、我々はこの銀行に溜め込まれた汚い金を開放しに来ただけだ。だが、ヒーローになりたいと考えているなら別の場所を選んだほうが良い。我々は甘くはないとだけ言っておこう」

もう一度銃声。甘いかどうかはともかく、実際に引き金は軽そうだ。
あの銃口が俺の方を向く前に、ゆっくりと誰にも気付かれないように静かにしゃがみ、ことの成り行きを見届けることにすると、ヤエが隣に座り込んできた。

「私、銀行強盗に出くわしたの初めて。あんたは?」とヤエが朝食を食べたか聞くような気軽さで言った。
「初めてだよ」
今年になってからはな、と口の中で続けた。
「普通はそうよね。いい経験できてよかったわね」
「ああ、嬉しくて涙が出てくる」
とうの昔に枯れはてた涙を心で流す。ホロリってな具合さ。

「そういえばさ、お前の超能力? みたいな力でどうにかできないか? ほら、さっきやったみたいにさ」
「疲れてるから無理。多分一日一回が限度ね。それよりもあんたの指から火を出すやつでなんとかしなさいよ」
「用途が違う」ライター程度の火力で何ができるというのか。「それより、せっかくだからそこらへんを探索してきたら?」
何がせっかくなのだろうかと自分でも思ったが、
「うーん。そうしよっかな」
ヤエはそう言ってフラフラ飛んでいった。どこまでも気楽なもんだ。

さて、俺もとっととこの場を退散したいところだが……。
入り口脇に銀行強盗、待合室中央に銀行強盗、カウンターの裏に銀行強盗、他にもあっちこっちに銀行強盗。さながらバーゲンセールだ。
どうしようもできないと悟った俺はヒーローかエイリアンが現れて、状況か銀行か俺かその両方をぶち壊してくれるまで大人しく人質になっていることに決めた。

「へい、兄さん。残念ながら今日は店終いだ。そこに隠れててもいいけど、大人しくしていてくれよな」

煙草を取り出して日をつけようとした瞬間、頭上から陽気な声が降ってきた。
声の方を見ると、金髪のサングラスがカウンターに乗り上げて俺をじっと見ていた。煙草を手に戻して、両手を金髪サングラスに見える位置に置く。

「勿論。俺はヒーローなんかじゃない。ただ、これだけはやっておきたいんだけど」
と、受付の上に放置されているチケットを指して言った。
「あ? ──ああ、オーケーオーケー。俺に任せときな」

金髪サングラスはそう言って引っ込んだかと思うと、
「おい、これやっといてくれ。勿論、金庫から出した金でな」
爽やかな笑顔ですぐに戻ってきた。
「駐禁、代わりに払っといてやったから」
「悪いね、助かるよ」
「なあに、困ったときはお互い様だ。俺もポリ公には何回もひでえ目に合わされてるしな」

そう言っていい笑顔でサムズアップをする金髪サングラスに、思わず俺もサムズアップを返してしまった。下手な作り笑い付き。ビバ、ラブアンドピースってな。

「それじゃ、俺は仕事に戻るけどよ、さっきも言ったようにおとなしくしていてくれよ」
金髪サングラスが消えて、代わりにヤエが現れた。
「何やってんのよあんた」
ヤエの冷ややかな目。俺はヤエにもサムズアップをしてやった。ひくつく頬。ビバ以下略。
「いや、意味分かんないから。キモい」
「俺もそう思ってたよ」頬を戻し、煙草を咥えて今度こそ着火。
「そういや、なんか面白いもんあった?」

ヤエが顔の前で煙を払うジェスチャーをしてから言った。
「そうそう。なんでか知らないけど私のおじいちゃんがいたわ」



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