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ぴーすふるワールド第六話【タンテイおじさんのおしごと】

「ワントゥーーー! ワントゥーーどこー!?」

 カワイイ住民が多く住むハート王国城下町の大通りを、ちいさなイヌ族の男の子が半泣きで走っていた。

 男の子の名はワンワン。この町の住人で、普段は楽しそうに走り回っているのだが、この日は様子が違った。すれ違う住民は何が起きたのかと不思議がるが、声をかける前に男の子は走り去ってしまう。

 大通り中心、噴水の脇で会議をしていたクッキーおばちゃんたちが、
「今の子、ゼロさんちの子じゃない。一体どうしたのかしら」
「妹ちゃんの名前を呼んでいたようだけど」
「何かあったのかしら」
「心配ねえ」
「まったくねぇ。あ、それより奥さん──」
わき目も振らず走り去っていったワンワンの後姿を見送った。

 ワンワンは走り続け、街のはずれにある一軒の家の前で止まった。ハートタウンの他の家に比べて、その家だけ扉が大きい。

 扉の横に『ハート王国立タンテイ』と書かれた看板が立てかけられている。

「助けておじさん!ワントゥがいないの!タンテイのおじさん!」

 あまり丈夫そうには見えない木の扉を激しく叩くと、ミシミシと扉が悲鳴を上げた。

 ドンドン!ドンドン!ドンドン!ドンドン!

 激しいノックにノックアウトされる寸前に扉が開いた。

 中から、ひょろりと背が高く細い、髪と無精ひげを散らばらせたタンクトップ姿のヒトの男が顔を出した。太陽のまぶしさのせいか顔をしかめている。

「誰だか知らないが、扉が壊れるからもう少し抑えてくれないかな……ん?」
「タンテイのおじさん!助けて!」

 タンテイと呼ばれた男は顔を下げ、膝にしがみつくカワイイ生き物に目を向けた。

「あー、たしか街の子だね……どうしたのかな?」
「ワントゥがどこかに行っちゃったの!」

 グラグラグラグラ。

 ワンワンがタンテイの足を激しくゆすると、タンテイが呻いた。顔をしかめ片手で頭をもんでいる。

「わかったわかった。落ち着いて、な。とりあえず中……はあれだから、そこに座って待っててくれるかな?」
「わかった……」

 ワンワンが大人しく丸太でできたベンチに座ったことを確認して、タンテイは家に引っ込んだ。

 中は8畳程度の殺風景な空間で、カワイイキッチンと冷蔵庫、色々な物が転がっている低い木製テーブル、タンテイがギリギリ寝転がれる大きさの薄汚れたマットレスがあるだけだった。

 タンテイはマットレスの脇に転がっているしわくちゃの白シャツと黒ズボンを着て、テーブルから虹色の飴玉と銀色に光る魔法のスキットルを手にとり外に出た。

「落ち着いた?」

 タンテイが飴玉をワンワンに渡して隣に座った。

「それでなんだっけ、初めから説明してもらえるかな?」

 ワンワンは飴玉を口に入れてうなずいた。

「うん」コロコロ「僕の妹、ワントゥって言うんだけど」コロコロ「いつもは一緒に起きて朝ごはんを食べるんだけど」ガリッ「朝起きたら家のどこにもいなくて……」ガリガリッ。

「ふぅむ。それで?」
「今日はパパがいない日だし、僕はどうしたらいいか分からなくて。気が付いたら走ってたの」
「なるほどね。ところで、なんでおじさんのところに来たんだい?」
「だって、おじさんは街のみんなが困ってたら助けてくれる人だって女王様が言ってたから」
「まぁ、確かに、そうせざるを得ないというか……いや、そのとおりだよ」

 タンテイの表情が、本人も気づかない程度に歪んだ。手の中でスキットルを転がすと中からチャプチャプと液体が動く音が聞こえた。

「それ、何が入ってるの?」
「大人しか飲めない薬だよ」
「おじさん、病気なの?」
「実はそうなんだ。これがないと何もできなくてね」

 タンテイはよっこらせと立ち上がり、おしりを手で軽くはたいた。

「とりあえず君達の家に行って調べてみようか」
「ワンワン!」
「えっ?」
「僕の名前。君じゃなくてワンワンって呼んで」
「そうか……それじゃ行こうかワンワン君」
「うん、こっち!」

 そういって、すぐに速足で駆けていくワンワンに、タンテイは小さくため息をついた。

「ここだよ」

 ワンワンは犬耳の形をした屋根のかわいらしい家の前で急停止した。石畳の上を埃が舞った。

「ここが僕の家……おじさん?」

 ワンワンが振り返ると、おじさんは離れたところで膝に手をついて息を切らしていた。

「ゼェ……ゼェ……」
「先に入ってるからね!」
「ゼェ……ゼェ……」

 タンテイはちょうちょのような速度で歩き続け、なんとか家にたどり着いた。入る前にスキットルから一口煽り、壮大にむせた。呼吸を整えてから、身長に対して小さな扉を苦労して潜り抜けた。

 家の中は、目にやさしい淡い色のハート王国民らしいカワイイ形の家具で作られた空間になっていた。イヌ族用なので全体的に小さく、タンテイは壊さないように注意しないとと考えた。

「こっちが僕たちの部屋だよ」

 部屋の奥、中二階──タンテイの胸当たりの高さ──の上階でワンワンがタンテイを待っていた。

 タンテイは頭を天井にぶつけたり家具を踏みつぶしたりしないように注意して奥に進んだ。

 小さな勉強机二つとベッド二つが中央階段の左右にシンメトリーに並んでいた。

 ワンワン側のベッドの脇には様々なおもちゃの入った箱、ワントゥ側にはピンク色のサンドバック。ベッド上の布団はきれいにたたまれている。

 ベッドの頭側にベッドの所有者を表すイヌっ子の顔写真が飾ってある。

 写真の中のワントゥは、頭に赤いハチマキを巻いており、勝気な笑顔をこちらに向けていた。

 タンテイは部屋のあちこち──ベッドや勉強机、クローゼットや窓などあらゆるもの──に視線を走らせた。

「ふぅむ」
「何かわかったおじさん?」
「荒らされた様子や争い合いになった形跡がない。つまり、何者かが無理やりワントゥちゃんをさらったというわけではなく、自らの意志で出ていったんだろう……と思うよ」
「なんで?いつもは絶対に僕とパパに声をかけるんだよ!」
「さぁて。なんでだろう。こっそり出ていきたかったのかなあ」

 ぼさぼさの髪をかいて困り顔を作るタンテイ。

 タンテイは比較的最近ここに来たばかりであり、ハート王国やその周辺にについての知識をあまり持ち合わせていなかった。

 再び泣きそうになるワンワンをなだめつつ周囲を見渡すと、小さな写真がサンドバッグに貼られているのが目に入った。

「ワンワン君、それは?」
「それって、ワントゥのサンドバッグのこと?」
「そう、それに写真が貼ってあるように見えるんだけど」

 ワンワンはサンドバックから写真をはがして、タンテイに見えるようにした。

 そこには赤青緑様々な色の半透明の一見かわいらしいクマが写っていた。

「これは野生のグミベアーの写真だよ。ワントゥはボクシングが好きなんだけど、いつもグミベアーと戦いたいって言ってるんだ。だけどパパが危険だから絶対に絶対に絶対にダメだって言ってるんだ。グミベアーはね、朝早くにゼリーの森に行くと会えるんだって」
「そうなんだね。そういえばお父さんは今日はいないんだっけ?」
「そうだよ。パパはいろんなものを直すお仕事をしてて、時々遠くに呼ばれて行くんだ。出張?ってやつだって」
「なるほど」

タンテイは無精ひげをひと撫でした。そして、

「よし」
「何かわかったの!?」
「いや、まだわからないことばかりだけど、おじさんは森に探しに行ってみるとするよ」
「ゼリーの森に?」
「そう。確証はないが、ワントゥちゃんはグミベアーに会いに行った可能性がある……と思ったんだ」
「わかった、僕も行く!」
「駄目だ。危険だから」

 タンテイがこれまでとは違いピシャリというと、ワンワンはショックを受けたように口をつぐんだ。

「その代わり、ワンワン君は妹さんとすれ違いにならないように家で待っててほしいんだ。大事な仕事だ」

 ワンワンはしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げた。

「僕待ってるから。いたら絶対に連れてきてね」
「頑張るよ」

3

 ハート王国から少し向かったところにある『このさきゼリーの森』と書かれた看板の前で、タンテイは地図を眺めていた。

 タンテイは森に行く途中に木こりとすれ違い、いくつかの情報を入手した。
森はそこそこ広いが整備されているエリアが多く、よっぽどの道を外れない限りは安全とのこと。そして、グミベアーが出現するエリアはよっぽど外れた位置にあるとも。

 地図をポケットに入れたタンテイは、ため息を一つついて、今一度スキットルから液体を煽ってから色鮮やか森の中へ続く道に足を踏み入れた。
森の中はどこか甘く粘っこい空気が充満していた。

「うっ、これはきついな」

 タンテイは甘い空気に顔をしかめつつも、歩きやすく舗装された土道をズンズンと進んでいった。

 途中、ハイキングを楽しんでいるもの(大抵ハート王国の住民)とすれ違ったが、ワントゥを見かけたというものはいなかった。

 タンテイの息が少し上がり始めたとき、分かれ道にぶつかった。ご丁寧に『ハイキングコース』と『キノココース』と書かれた看板があり、タンテイはキノココースへ進んだ。

 道を進むにつれて深くなる木々に比例して濃くなる空気。木漏れ日の色も怪しく変化し、まるでクラブのライトのようだ。

 息の上がりかけていたタンテイは手ごろな切株に腰かけた。

 汗が染みだし始めていた白シャツを脱ぎ小汚いタンクトップ姿に戻ったタンテイは、少しさわやかな気分になり大きな深呼吸をした。

「ふぅー、こういうのもたまにはいいかもな……」

 突然、角の生えた虹色の虫が飛んできてタンテイの腕に止まり、口から甘い蜜を吸う触手を伸ばした。タンテイはしばらく虫の様子を眺めやがて優しく払った。しかめっ面に戻ったタンテイは何事もなかったかのようにシャツを着なおし、探索を再開した。

・・・

「ここか」

 道の脇、わずかに雑草が踏み倒された跡がある箇所でタンテイは足を止めた。

 記憶の中の地図と照らし合わせてみるとここから奥へ進めばグミベアーの生息地に最短でたどり着けるはずだ。

「ワントゥちゃんいないかい? お兄ちゃんが心配してるぞ?」

 暗い森の奥に声をかけ、グビリと一杯。返事は来ない。

「やれやれ」

 タンテイは小さな足跡を追って、森の奥へ向かった。

 赤い蔦に叩かれたり、緑の沼に足を取られたり、トラップゼリーを頭から浴びたりしながらも、道のない道をタンテイは進み続けた。

 身体は森同様甘ったるい匂いで包み込まれ、打ち身によるアザや、土や泥の汚れや、謎の液体でカラフルに染め上げられている。

「ワントゥちゃん。いたら出てきてくれないか。おじさんもう限界だよ……」

 泣き言めいた声を上げたその時、ギャー!とそう遠くないところから悲鳴のような声が聞こえた。

 タンテイは反射的にしゃがみこみ、耳を澄ました。

 甘ったるい風が草木を揺らす音に、ギャッギャと小さな悲鳴が混じっているのを聞き取った。

 タンテイは周囲を見渡し、手ごろな長さの木の棒を掴んだ。液体を二口飲み、緊張を喉ごと焼こうとした。

 額の汗を拭き取り、大きく深呼吸を一つ。

「よし」

 大きな音を立てないように気を付けつつも、なるべく早く音のする方角へ急いだ。

 しばらくすると、前方に明るい地点が見えてきた。グミベアーの住処にたどり着いたのだと気づいた。タンテイは気の影に隠れ様子をうかがった。

 すると、悲鳴とは別に複数のカワイイうめき声が聞こえてきた。複数?タンテイは無精ひげを撫でた。

「ふぅむ」

 何かに気づいたような表情になったタンテイは、こっそり広場が見渡せる位置まで近づいた。

「シャァ!」

 大きな掛け声とともに、何かそこそこ大きなものがタンテイのすぐそばの大木に衝突し、周囲に緑色の液体をまき散らした。

 キュウ……。

 それは、緑色の半透明なグミベアーだった。グミベアーは大木もたれかかるように倒れてグルグルと目を回している。

「わお」
「そこで隠れてるあんた、出てきなさい!」

 タンテイは掛け声の方へ顔を向けた。

 広場の中央に、イヌ族の少女が仁王立ちしていた。頭には赤いハチマキをし、両手にはピンク色の小さなボクシンググローブはめている。

 ワンワンの家で見た写真に写っている女の子──ワントゥ本人が、タンテイを睨んでいた。少女の周りで赤青黄色様々な色のグミベアーが倒れている。カワイイうめき声はグミベアー達のものだったのだ。

 タンテイは両手のひらをワントゥが見えるようにあげながら、ゆっくりと広場に出た。

「あー、やぁ。君がワン──」

「その大きさにその色、それに言葉をしゃべれるってことは、あんたがグミベアーのボスね!」
「え?」

 タンテイは自分の身体を見渡した。森の探索のおかげであらゆる色のペンキをぶちまけたようになっている衣服。

「あんたの部下たちはみんなノックアウトしたわ。そんな風に威嚇してもちっとも怖くないんだから」とワントゥ。

 少女の言っている意味を数秒かけて理解したタンテイは慌てて両手を下げ、

「あ、いや、これは──」
「勝負よ!」

 やる気に燃えるワントゥは一方的に会話を打ち切り、跳ぶように一気にタンテイとの距離を詰めた。

「ちょま──」

 止めようとしたのか何なのかわからないへなへなと突き出されたタンテイの両手を、少女の小さな身体は軽快なステップで避けた。そして、

「シュッ!シュシュッ!」

 タンテイの太ももに激しい連打!連打!連打!バチンバチンと良い音が鳴る。

「痛っ!痛いって!」
「シュシュシュッ!」

 右ふくらはぎ!右太もも!左ふくらはぎ!左太もも!左太もも!右太もも!左太もも!右太もも!

 激しいラッシュに耐え切れず一歩引こうとしたタンテイだったが、これまでの疲労と殴られたダメージにより足が悲鳴を上げ転倒。

 ワントゥは飛びつくようにタンテイの胸の上にのり、顔を守る両腕の上から連打!連打!連打!

「っ……!このっ……!」

 たまらずタンテイはワントゥを止めようと手を伸ばした。

 が、少女の細い腕から繰り出された拳はタンテイの手を容易にすり抜け……

 バスッッッ!

 無慈悲なパンチがタンテイの鼻を襲う。

「っ~~~~!」タンテイは痛む鼻を押さえて「ギ、ギブッ……」くぐもった声でそれだけ言った。

「やったー!」

 ワントゥは身体から降りて天へガッツポーズ。祝福するかのようにタイミングよく空からカラフルなマシュマロがふわりと降ってきた。

「厄日だ……」

 倒れたままうめき声をあげるタンテイの元へ、よろよろと一体のグミベアーが近寄ってきて、肩をポンとたたいて去っていった。

「ごめんねおじさん。痛かったでしょ?」
「痛かったけど……大丈夫だ。おじさん、身体だけは丈夫だから」

 夕日が差し込み全体的に赤みのかかった森の帰り道を、長身のヒトと小柄なイヌっ子が並んで歩いていた。

「ところでなんであんなことをしてたんだい?」
「わたし、最強になりたいの。だから毎日特訓してるんだけど、ハート王国には小さいのしかいないから練習相手がいないんだもん!」

 お嬢ちゃんも小さいけどね、とタンテイは心の中でつぶやいた。

「夢があるのはいいことだけどね。それでも、みんなに黙って、危険なところに行くのはよくないよね。ワンワン君がすごく心配してたよ」
「お兄ちゃんはわたしよりも弱っちいし泣き虫だから困っちゃうわ」
「それじゃあなおさら心配させちゃあ駄目だよね」
「うん……」
「ま、説教はパパにしっかりとしてもらいなさい」
「やだなあ。内緒にしてくれない?」
「それは約束できないな」
「うー、いじわる!」
「おじさんは大人だからね」

・・・

 森の入口に戻ってきた二人を、ワンワンとベルのおまわりさんが待っていた。

 ワンワンは驚くほどの速さでワントゥを抱きしめて泣き始め、ワントゥもつられて泣き始める。

 おまわりさんは丸い目をタンテイに向けて身体をリンと鳴らし、事情の説明を求めた。

「かくかくシカジカで……」
「なるほど、まるまるウマウマ……」

 おまわりさんは、手に持っていた手帳に何かを書き加えると「本官はこれにて失礼します。お気をつけてお帰りください」と言い帰っていった。

・・・

「さて、もう遅いし、君たちはまっすぐ帰りなさい」

 数分後、二人が落ち着いたところを見計らいタンテイが口を開いた。

「おじさんは?」とワンワン。
「おじさんはもう少し休んでから帰るよ」

 タンテイは入り口脇の看板にもたれかかって言った。

「わかったよ、おじさん!」とワンワン。「ワントゥを見つけてくれてありがとう!」

「ありがとね」とワントゥ。「明日、薬持ってくからー」

「ああ。気をつけて帰るんだよ」とタンテイは小さく手を振った。

 タタタタタタタタ。

 元気よく駆けていく二人の後姿を、タンテイは見えなくなるまで眺め続けた。

 スキットルに口をつけ、切れた口内に液体が染みこみ痛みにうめいた。

【おわり】

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