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なんでも屋は燃え尽きない 二日目後半

三本目の煙草を吸い終わった後も、状況はたいして変化していなかった。

俺は相変わらずカウンターの影にしゃがみ込み、銀行強盗達は各々の仕事に精を出し、客の半分は不安そうに辺りを伺い──スマホを禁止されているから禁断症状が出ているのだ──残りの半分は雑誌を読むか寝るか、俺みたいにボケっとしている。

そして、仮称ヤエ爺さんは待合所の椅子におとなしくして座っている。

「おじいさんって何してる人?」
隣でおとなしくしているヤエに聞いた。
「毎日家にいて、盆栽の世話したりお茶飲んだりしてる。いわゆるご隠居様ってやつなのかな」
「なるほどね」

高級住宅地の一角で平和な老後というものを過ごしているのだろう。まったくもって羨ましい限りだ。

「好きなものは?」
話の取っ掛かりとして相手の好みを知っておくのは大事。なんでも屋としての経験則だ。

「え? 今はタピオカがマイブーム来てるかな。ホーリーワードに美味しいお店があるんだけど、知ってる?」とヤエ。人差し指を唇に当てて宙を見ている。何のポーズだ。
「いや、おじいさんの好み」
「えっ、あっ……あぁ。おじいちゃんのね」

ヤエの頬がほんのりと赤くなる。相変わらず亡霊のくせに人間臭い。亡霊らしい亡霊とは別の方向で面倒くさい。

「うーん、そうねぇ……おじいちゃんは……うーん」腕を組んで悩むヤエ。
「分からないわ。こっちに来てまだ一年だからおじいちゃんのことよく知らないのよね。あまり話さないし。お茶と一緒に和菓子をよく食べてるから多分甘いものが好きなんじゃない?」
「甘いものね」

ズボンと手にしたコートのポケットを探るが甘いものは見つからない。それはそうだ、俺は甘いものが好きではない。

「なんで?」とヤエが訊いてきた。
「せっかくだし、ご挨拶でもしてこようと思って。ところで英語は通じる?」
「日常最低限には」
「なるほどね」
俺にしか見えていないだろうヤエを間に挟んでの異文化交流は回避できた。

最低限の情報は手に入れたので、やれることはやっておくことにした。
銀行強盗達を刺激しないように静かに立ち上がる。近くを通り過ぎようとしていたホッケーマスクが気づく。小銃の銃口は床を向いている。

俺は大げさに肩をすくめて言った「床だと尻が痛いからさ」
ホッケーマスクは無言で俺を観察する。しばらくして「妙な真似はするなよ」と冷たく言って去っていった。
ふと、なぜ警察は来ないのだろうかと思った。

俺はそのまま、空気の読めない間抜けを演じながら──演じると言ってもほぼほぼ自然体──待合所へ向かった。

ヤエ爺さんは、俺が右隣に座っても微動だにせず、目の前の虚空を睨んでいた。ただ、両手を載せた木製の杖がかすかに揺れた。俺に気づいているのだろう。ヤエは俺の前に立ち見物の姿勢。

「こんにちは」
周囲の銀行強盗達にギリギリ気づかれない程度の大きさでした挨拶は、確かにヤエ爺さんに届いたようだ。返事はジロリと睨めつける視線。ギロリと表現するほうが正しいか。

「ああ、えっと……こんにちは」俺は言いなおした。

「なんじゃ小僧。あいつらの仲間か?」とヤエ爺さんが低い声で言った。
「まさか。そう見えますか?」両手のひらを上に無害アピール。

ヤエ爺さんは厳しい顔をこちらに向ける。頭のてっぺんからつま先まで鋭い視線が突き刺さる。先程のホッケーマスクの非じゃない鋭さ。俺の心の内まで見透かそうとしているようだ。

「ふん。たしかにおかしな仮面はかぶっていないな。それで、なんのようだ?」先程よりかは幾分優しい声色。目つきは鋭い。

さて、どう切り出したものか。
「?」俺にだけ届くヤエの声。
俺の答えは『あれこれ考えるのが面倒なのでストレートに行く』だ。
どうせ上手くいかないのだ。あれこれ考えるだけ無駄だというものだろう。

「ハザクラ・ヤエさんの件にについて少々お話したいことが……」

殺気。

考えるよりも先に、俺の右手がヤエ爺さんの手の上──杖を強く握りしめていた──に覆いかぶさっていた。
杖はわずかに上下に別れていて、その間には鈍く光る刃が姿を現している。噂に聞く仕込み刀ってやつだろうか。

「わっ!」ヤエが俺の代わりに驚きの声を上げる。
「……何者だ?」とヤエ爺さん。
俺は、ゴクリと空唾を飲み込んでから「……なんでも屋です」と何とか言った。
「なんでも屋?」御老体の気のぬけた声で聞き返してきた。

毎回思うのだが『なんでも屋』はそんなに変なのだろうか? 俺がこれまで自己紹介をした奴らは、三割がうさんくさそうに視線を向け、別の三割が哀れなものを見る目で俺を見て、最後の三割が興味なさそうな反応を示した。そして、余った一割は反応を返す前に何らかのトラブルでシーンから退場。
ま、どうでもいいか。

くだらないことを考えているうちに、ヤエ爺さんからの殺気は収まった。とはいえ、風向きは良くないだろうが。
少なくとも、真っ二つにされることは無くなったようなので、杖から手を引いて首元の汗を拭った。真夏日にクーラーボックスから出したビール瓶のようにびっしょり。

「はい、そうです。といっても、何でもはしませんけどね。誰かがちょっとした面倒ごとを抱えたら私の事務所に訪れ、私が代わりにそのちょっとした面倒ごとを片付ける。そんな仕事です」と俺は一気にまくしたてた。
「……つまり、その誰かが、小僧に、儂を、どうにかしてくれとお前に依頼したんだな?」
「いえ……あなたにどうこうしようするわけではないのですが……とにかく、まずは話を聞いていただきたいのですけど」
「ふん、わざわざこんなところまでご苦労だな──先程、ヤエがどうとか言ってたな。言うだけ言ってみろ」
予想に反して、ヤエ爺さんは俺の話を聞く気があるようだ。退屈していたのかもしれない。

「ありがとうございます。まず、私の依頼人なんですけど──」
「おい、そこ何喋ってんだ!」

新たな第三者の割り込み。例の演説好きの黒覆面銀行強盗だった。先程から、こいつだけは大した仕事をせずにそこらをブラブラしていた。MC以外の仕事がないのだろう。

「いえ、ちょっとした世間話を」
御老体は知らんぷりをしているので仕方なく俺が答えた。
「世間話? 話題はなんだ?」なぜか食いついてくる黒覆面。暇なのだろう。
「えーっと……」

「映画とか」とヤエのキラーパス。
「映画の話を……」と俺は言った。

「映画だと!? 面白そうな話をしているな。混ぜろ」
意気揚々と俺の隣に座る覆面。ロストエンジェル出身なのは間違いない。

「で? 何が好きなんだ?」
顔を近づけてくる覆面。マウストゥマウスまで後わずか。顔を引いて拒絶。
「あー……ファーミーネーター……とか」

未来からきたロボットと農家がファーミング対決をするだけのクソ映画。数日前のテレビで流れていたのを半分寝た状態で見ていたから覚えていた。

「いいね。俺は一作目が一番好きだ。で、爺さんは?」覆面がヤエ爺さんに問う。
「……用心棒」前を向いたままボソッと言う御老体。好きなのね。
「私はララララランド」とヤエ。聞いてない。
「おー! シロサワ。俺も好きだぜ! 椿慘十郎とかな。他にも──」
べらべら語る黒覆面。俺は適当に相槌を打つ。ヤエ爺さんは無言。ヤエは宙に浮いてミュージカルみたいに歌いだしてうるせえ。

「やっぱり映画は最高だよな。映画は人生を豊かにしてくれる。間違いないね。映画と酒と友。大事だよな。なあブラザー」
豊かな人生を語る銀行強盗とはこれいかに。そしていつの間にか俺はブラザーになっていた。従犯だと思われなければいいが。

なおもダラダラ映画について語ろうとする黒覆面だったが、銀行強盗仲間に呼ばれて渋々席を後にした。やれやれ。

「ふぅ……それで、話の続きなんですが、起きてます?」
俺はまぶたを閉じてじっとしているヤエ爺さんに訊いた。
「ああ」ヤエ爺さんは短く答えた。疲れているのかもしれない。

「まず、私の依頼人が誰か、ということなんですけど──信じてもらえないかもしれないんですけど、今から言うことは本当の事です」
「ふむ?」
「ヤエさんです。お孫さんのハザクラ・ヤエさん……なんです」
「…………」
「それで、依頼内容は、ヤエさんが大事にしていたペンダントを家から取ってきてほしいとのことでして」
「……取ってきてどうする?」ヤエ爺さんが言った。

そう言われて、俺はどうするのか知らないことに気がついた。
宙に浮いているヤエを見ると「私が埋まってるところに一緒に埋めてほしいの」と自分の長い黒髪をいじりながら言った。

「ヤエさんが寝ているお墓に一緒に埋めてほしいと」と俺は言った。
「…………」
「あの?」
「すこし整理させい」

顔をしかめ、片手で頭をもむヤエ爺さんが言った。。こんな状況だ、ストレスの負荷が高いのだろう。
俺は休憩もかねて椅子に持たれかかり、天井を見る。ファンは相変わらず回っていた。

それにしてもふざけた話だ。亡霊の依頼、元ボクサーのパンチ、駐禁切符、爆発事故、銀行強盗、映画……。そして、孫を亡くした老人に近づく胡散臭いなんでも屋。しかも依頼元は死んだ孫からだという。もう満腹だ……。

突然の背後で爆発音。

俺は全身で振動を感じながらさっと椅子の陰に隠れた。
客たちはアホ面で音の原因を確かめようとしている。御老体は堂々とした態度を崩さない。

シャッターの降りた入り口扉の前の天井に大きな穴。パラパラと破片が舞っている。そして空から、特殊部隊が降りてくるためのロープが……垂れていなかった。
井を破壊した何者かが降りてくる気配は一向にない。静まり返るバンク。男の小さいうめき声がどこからか聞こえた。
俺はゆっくり視線を下げた。

運の悪い銀行強盗の一人が瓦礫の下敷きになっていて、その上に、両腕を腰にあてて周囲を見回している小柄な少女がいた。異様な風景だった。

「そこまでよ、この悪党ども!」


少女が叫んだ。
大きなリボンで左右にゆわれた長い金髪が、物理法則を無視して上下に激しく動いていた。背丈はヤエよりも低いだろうか。肌はクラックの粉のよう白く、穴の空いた天井からさしこむ光によって眩しいぐらいだ。
体の前を縦一列のボタン五つで留めている七色の制服は、人混みの中でもすぐに見分けられそうだ。サブカルというやつなのだろうか? 

誰もが少女の様子をうかがっていた。俺は、街で好き勝手やっているスーパーバカ共とはまたちょっと違うと思った。
小柄な少女は瓦礫の上でポーズらしきものをキメたまま動かない。俺や客は勿論、銀行強盗達も戸惑っているようで誰もアクションを起こそうとしない。
俺は誰かが動くのを待つ。初志貫徹。俺は脇役でいい。

初めに静寂を破ったのはヤエ。「魔法少女ジャスティスリリー!」
と言っても、俺にしか聞こえないのだが。

いきなり近くで叫ぶので、バンクに来てから一番の驚き。全身でビクッとしてしまったのが悔しい。

「知ってるのか?」俺は冷静を装いながら小声で尋ねた。
「えっ? あ、ええと……まあ、その……笑わない?」
「約束はできないけど、まあ多分笑わんよ」
「……小さい頃に観てたアニメに、あの子にそっくりなキャラクターがいたのよ。小さい頃の話よ。今はもう見てないわよ?」
「へー、アニメね。へー」

つまり、あれはコスプレいうやつなのだろう。それとも、テレビから飛び出してきたのか。勿論ありえないことではない、ここはどこでもないロストエンジェルスなのだ。

などと思っていると「何その返事」とヤエの不機嫌そうな声。若干怒り顔。
「え?」
「子供みたいって思ってるんでしょ」
「え?」
「オタクだって思ってるんでしょ」
「思ってないけど」
面倒くさいとは思ってるといいかけたが、なんとか飲み込む。
「ふーん……」

ヤエはあまり納得してないようだが、それでもぶつくさ言うのをやめた。そしてヤエの向こう側で、例の黒覆面が大理石テーブルの影から、周りにハンドサイン。すると、他の銀行強盗達が素早く動く。こちらの方が特殊部隊のようだ。
「何者だ!」と黒覆面が言った。アニメを見ないらしい。

魔法少女は、瓦礫から降りるとスカートを手で払い、辺りを見渡し、ビシッと片手を空に掲げた。人差し指がピンとまっすぐ伸びている。

「天知る、地知る、我知る、子知る! 悪あるところ、我来たる! 私の名は」

そこでセリフを切り深呼吸。上げていた手を前方に突きつける。人差し指は伸びたまま。

「魔法少女ジャスティスリリー!」

魔法少女がセリフを言い終わると、天井からひときわ大きな破片が落ちて、一種の演出かと思うぐらい砂埃が舞った。
真剣な眼差しで魔法少女を見ていたヤエが「決まった」とつぶやいた。
他方、周りの奴らは各々「魔法少女ジャスティスリリー……?」と困惑気味につぶやいて顔を見合わせている。知名度はあまり高くないのかもしれない。
ヤエと目が合うと、俺の考えを察したのか「ジャパンのアニメだから」と謎のフォロー。
そして「せっかくだし、近くで見てくる」と言いフラフラと飛んでいった。

「ジャスティスリリーだがなんだか知らねえが、痛い目にあいたくなかったらさっさと帰ったほうがいいぞ!」と黒覆面が叫んだ。
「今ならまだ降伏を認めてます。武器を捨てて両手を頭の後ろで組んで出てきなさい」と魔法少女が返した。
「降伏だ? 馬鹿言ってんじゃねえぞ! さっさと帰りな、子供だからって容赦はしねえぞ!」
「今ならまだ降伏を認めてます。武器を捨てて両手を頭の後ろで組んで出てきなさい」
「降伏はしねえって言ってんだろ! ヒーローかなにか知らねえが、こっちには秘密兵器があるんだよ!」
「今ならまだ降伏を認めてます。武器を捨てて両手を頭の後ろで組んで出てきなさい」
「なんだこいつ……」黒覆面がつぶやいた。

会話を打ち切った黒覆面が、再び複雑なハンドサインを出した。銀行強盗達がまたしても素早く移動。一方、魔法少女は微動だにしない。
金髪サングラスがカウンターの方から走ってきて、俺と同じようにイスの影に隠れた。手には小銃。

「兄さん、また会ったな」と金髪サングラスが言った。
「ああ」
「それにしても変なやつだよな」金髪サングラスが魔法少女の方を顎で指す。「知ってるか?」
「ジャパンのアニメキャラらしい」と俺は答えた。
「まじかよ。ジャパンまじパねえな」

どこか楽しそうな金髪サングラス。周りのまだ隠れていない客を見て軽く舌打ちをすると、
「へい、ガイズ。危ないからさっさと隠れたほうがいいぜ!」
と小銃を向けて威嚇した。

そうしてやっとスマホゾンビー達がカタツムリのようにノロノロと隠れ始めた。未だに自分たち置かれた状況を理解していないのだろうか。御老体は不満そうに鼻を鳴らし、緩慢な動きで俺の隣に座った。ぎこちない動きなのは足が悪いからだろう。

「危機感のない奴らばかりだな」と金髪サングラスが言う。
「そうだな」

全員が隠れるには数十秒が必要だった。ついでにヤエが戻ってきて「本物みたいだった」と言った。他にないのかと思ったが、心のなかにとどめた。

金髪サングラスが「いいぞ!」と叫んだ。すると、黒覆面が懐から取り出した何かを上方に投げるのが見えた。
その何かは、天井にぶつかる直前で弾けて、周囲に閃光をまき散らした。
途端に、全身に刺激を感じた。まるで微弱な電気を浴び続けている感覚。少しこそばゆい。左手で右手の平を掻くが刺激は収まらない。

「ハッハッハ、どうだ? こいつは超人共のファッキンパワーを封じる秘密の秘密兵器……『パワーロッ君』だ!」

パワーロッ君。パワーロッ君。パワーロッ君……。

「ダサッ」とヤエ。
ここ数日でわかったことは、こいつは歯に衣を着せるということを知らないということ。

「なぁなぁ、あのパワーなんとか、いくらしたと思う?」金髪サングラスが言った。
「え? 五万イェンぐらい?」と俺は言った。
「残念、桁が違うな。……なんと一つ五十万イェンだ。最近、裏で出回りはじめたんだってよ。ちょっとアレなネーミングだけど、値段分の仕事はするらしいぜ」
「へー」

科学の力ってやつだ。スマートフォンとかと同じだ。もっとも、もっとましまのを発明してほしいものだが。

「ところでさ。あの覆面、キャラ変わってない?」俺は率直な疑問を投げかけてみた。
「変わってるというかあっちが素だな。せっかく銀行強盗するなら決め台詞の一つでもねえと失礼とかなんだとかで、さんざん銀行強盗らしい仕草やら動きってのを練習してたぜ」
「なるほど?」

そんなちょっとした雑談をしていると、黒覆面が『パワーロッ君』の説明をを始めた。長くなりそうと思った。
俺はコートのポケットから煙草を取り出した。

「俺にも一本くれねーか」と金髪サングラスが言った。
俺は先に自分の分を咥えてからヤツにケースを差し出した。ヤツは受け取り二本取り出してケースを返してきた。一本は口に、もう一本は耳の上に置いた。そして手早くライターで着火。浅く吸って吐いた。

「うへぇ。キッツイの吸ってんな。うちの爺さんみてえだ」
「気が合いそうだ」

一応ヤエ爺ちゃんにも差し出したが「いらん」と鋭く言われた。
「おじいちゃん。ちょっと前から禁煙してるんだ」とヤエ。
視線だけでヤエに返事。黒覆面の講義はまだ続いている。魔法少女は黙って聞いている。

俺は自分の煙草に指を近づけた。しかし火はつかなかった。パワーロッ君はたしかによく働くようだ。
「どうした?」金髪サングラスが言った。
「ああいや、ライターを無くした」
「そりゃ災難だ。──使いな」
「助かる」
「お互い様ってね」金髪サングラスが輪にした煙を吐きだす。
俺は返事の代わりに眉を上げた。

周りの客の何人かも同じように一服している。みんな同じように退屈している。一人がこっそりスマホをいじろうとして、ホッケーマスクに諌められていた。

「──というわけで、今のお前は年相応、ただの小娘程度のパワーしか出せない! これは困ったことになったなあ!」

映画好き覆面の声が叫んだ。いつの間にかデスクに登っている。あれが、銀行強盗らしい動きなのだろう。

「あの子、まずいんじゃないの?」
「んー」

確かにヤエの言う通り、魔法少女が魔法を使えなくなってしまったらただの少女になってしまうだろう。と言っても、世の中にはバカみたいに喧嘩が強いただの少女もいるので、決めつけるのは危険だ。

現に、パワーロッ君でスーパーパワーが封じられたというのに、魔法少女は時折関節の調子を確かめるように手を動かすだけで気にした様子がない。

「さあどうする? 仕事の邪魔をせず、大人しく隅っこでガタガタ震えてるというのなら、命だけは助けてやらんこともないぞ。ま、その間、お楽しみの相手はしてもらうがな。ハッハッハ」

「あんなこと言ってるけど、女に指一本触れる度胸のないチェリー野郎なんだぜ」と金髪サングラスがニヤニヤしながら言った。
「へー」

勝ち誇っているチェリー……ではなくて黒覆面と、たいした反応を見せない魔法少女。警察もスーパーバカヒーローも現れない。

「どうした? ビビって声も出せないのか? へへ、かわいそうに──」

黒覆面の銀行強盗らしいセリフは、魔法少女によって遮られた。
「分かったわ。あくまで降伏には応じないつもりなのね。それなら、痛いめせちゃうんだから! ──ケースB、次のアクションに移ります。ピー」
コンロにかけたヤカンがなった時のような音が魔法少女の口から流れた。

金髪サングラスとヤエも何が起きているのかわかっていない様子。ヤエ爺さんにいたっては目をつぶって瞑想中。俺は煙草をカーペットにこすりつけて消した。

そして、魔法少女に視線を戻した時、彼女のまとっている空気が変わっていることに気づいた。もし、ここから逃げ出すことができたのなら、俺は全速力でこの場から少しでも離れようとしたことだろう。

「あん? 何言ってやがる……」皆の代弁をするかのように訝しむ黒覆面。

魔法少女が両手前に突き出す。すると、手首がありえない角度に曲がった……というか外れた。パカッと。そして太い筒のようなものが腕の内側から生えてきた。そいつは銀色に鈍く光っていて、俗に言う銃口に似ていた。

「ロックンロールだぜベイビー」

魔法少女はそう言い、口角を上げた。

破裂音のような銃声……そう、銃声が静寂をぶち壊した。

ご機嫌にぶちかましているのは魔法少女。どういう仕組かわからないが、彼女の腕は機関銃になっているらしい。

「グエッ!」

潰されたカエルのような悲鳴を上げて黒覆面が吹っ飛び、カウンターに衝突。テンカウントするまでもない。完全KO。

「なんだよあれ、聞いてねえぞ……」金髪サングラスのつぶやき。

魔法少女はサメのような笑みを浮かべて乱射し続けている。
銃口を右に左に。俺の頭上を質量のある物質が唸りを上げて通り過ぎた。背後──カウンターの方──でバコンバコンと派手に壁を叩く音と悲鳴が上がる。

恐る恐る視線を向けると、カウンターの一部がへこんでいた。その手前に、拳大のゴム弾が落ちていた。いくら悪党といえど魔法少女が撃ち殺しちゃ不味いということだろう。ゴム弾といえどあたりどころが悪ければ十分に死ん威なのだが。

方テロリスト達は実弾を撃ち返す。騒音と振動と閃光がやかましい。「ぎゃあ!」どこからから悲鳴。俺は慌てて頭を下げ直す。のんきに観戦をしている余裕はない。

「大丈夫?」何故か同じように伏せているヤエが言う。
「じゃない」
「だよね」

前門のゴム弾、後門の実弾。今の俺は哀れな子羊。気休め程度の防弾効果を期待してコートを着るぐらいしかやることがない……が、これがまた暑い。脱いだままでいることにした。

「チクショウ! 何なんだあいつは!」
散発的に撃ち返していた金髪サングラスが椅子の陰に隠れマガジン交換。頭上を質量のあるゴムが飛んでいく。それと銃弾。この場所の危険指数が跳ね上がる。

「あのさ、銃撃戦するのは構わないんだけどさ、少し離れたところでやってもらいたいなって思うんだけど」とダメ元で提案してみた。
「安心しろよ、あのガキは人質がいるところは避けて撃ってるっぽいぜ」
「いや……まぁ、それなら」
「ホラッ、大人しく伏せてたほうがいい……ぜ!」

再び金髪サングラスが身を乗り出す。騒音。カランカランとリズミカルに薬莢が床にばらまかれる。そのうち一つが皮膚に触れた。これがまた熱い。

このまま、ひたすら嵐が過ぎ去るのを待っていることになるのだろうと考えていたその時、カウンター側から爆発音が飛び込んできた。

「なに!?」ヤエが声を上げる。
こっそり顔を上げて覗くと、カウンターの奥から煙が立ち上っていた。そして、

「ずらかるぞ!」
と誰かの叫んだ。誰かってのは、まあ強盗の一人だろう。

ざわめく人質兼観客達。強盗達が銃弾を魔法少女に向かってばらまきながら銀行の裏手へ向かっていく。

魔法少女は相変わらずゴム弾を撃ち返す。さらに強盗の一人がぶっ飛ばされる。しかし、残りの面々は着々と奥に逃げ込み、残りは金髪サングラスのみとなった。

「ちくしょうめ……こっからどうずらかれってんだよ……」取り残される形となった金髪サングラスがつぶやく。

確かにここから奥へ逃げるのは大変だろう。遮蔽物は待合所にある低いイスしかない。魔法少女のゴム弾はイス程度では防げないだろう。

まあ、俺には関係がない、関係ないが……関係ないはずなのだが……このタイミングで何故か金髪サングラスと目があってしまった。
ニコリと笑う相手。つられて俺も下手な笑みを浮かべる。

「わるいんだけどさ、ちょっくら人質になってくんね?」

拒否するまもなく肩を掴まれて強制的に立たされた。そしてそのまま肉の盾とかす俺。こいつ、案外力が強い。

「おいこらクソガキ! あんま調子のってっと、この無垢な一般市民の頭が吹っ飛ぶことになるぞ!」

ゴツリと頭に押し付けられる銃口。本当に勘弁してくれ。両手を上げる俺。「逃げるまで辛抱してくれよ。本当に撃ちゃしねえからよ」と小声で言う金髪グラサン。それなら事故が怖いので銃口をそらしてもらいたいものだ。

「ちょ、ちょっと、え、大丈夫……?」

目の前で俺の分までうろたえるヤエ。念力だ念力、後一回ぐらい頼む。目で訴えかける俺。ヤエはオロオロするだけ。無理か。そうか。俺は早々に諦めることにした。いつものように。

並んでいる椅子につまずかないように、カニ歩きで横に移動。
横では心配そうな表情のヤエ。
待合所をぬけ、ズルズルと後ろ歩きでカウンターの方へ向かい出したところで、俺は気づいたことがあったので、金髪サングラスに伝えることにした。

「なぁ」
「ん?」と金髪サングラス
「魔法少女の銃口がさ……俺達にまっすぐ向いてる気がするのは俺の気のせいかな?」
「……いや、あんたの言うとおりだ」

金髪サングラスが俺の肩越しに自動小銃を魔法少女に向けた。

「テメェ、こっちには人質がいるんだぞ! 遊びじゃね──」

映画好きの金髪サングラスは己が言うべきセリフを最後まで言えなかった。なぜなら、それよりも先に魔法少女の腕が例のゴム弾が飛んできたからだ。
ゴム弾は俺の顔のすぐ脇を通りすぎる。
悲鳴を上げる金髪サングラス。
引き金が引かれ自動小銃が耳元で暴れる。幸い、銃口は天井に向いていたので頭が吹き飛ばされるようなことはなかった。
倒れる金髪サングラスに引っ張られて倒れそうになるのをこらえ、一緒に倒れたほうが良かったとすぐに後悔した。

なぜなら、飛んできたゴム弾は一発ではなかったからだ。驚くことに、魔法少女は俺を敵とみなしているようだ。
世界がスローモーションになり、俺の身体は迫りくる危険に瞬時に反応しようとしていたが、ノックアウトされた金髪サングラスに掴まれているせいで思うように動けない。
いくつものゴム弾がまっすぐと俺の方に飛んでくる。またこのパターン──。

衝撃。俺は痛みを感じるより先に深い闇の中に沈んでいった。


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