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なんでも屋は燃え尽きない 三日目前半2

ドライブの誘いを受けてから早十分。車内には一度に三人分の葬式をすませたような、重苦しく危険な空気が充満していた。わずかな火花が散っただけでもボンと大爆発を起こしてしまいそうだった。

そんな車内の配置はこう。
運転席──焦げ茶アフロ/黒スーツ
助手席──黒長髪。俺の前なので確認できないがおそらく黒スーツ。
後部座席左──銀縁眼鏡/前述の通り黒スーツ。拳銃所持。
後部座席右──俺/茶色のヨレヨレスーツに黒いパンツ。半分正解。
後部座席中央──ヤエ/何故か黒スーツにサングラス。中折れ帽。

実際に葬式を行ってきたのかもしれない。これから四人目──哀れななんでも屋の葬式をやるつもりなのだろうかと考えて少し胃が締め付けられる。
せめて、これからどこへ行くのかだけでも分かれば気が楽になるだろうか。

「ところでどこに──」
「黙ってな」
横っ腹に拳銃を突きつけられたので黙ることにした。

やれることがないのでスモークガラス越しに外の景色を眺める。商業ビルと平和を謳歌している人々が後方に流れて行く。
今は高層ビルが立ち並ぶ地区を通過中で、西に向かっているらしいということだけは分かった。つまり、なにもわからなかったということだ。

車内の観察に戻る。
アフロ──恐ろしく丁寧な運転を心がけている。時折バックミラー越しに見られている気がするが、後方を確認をしているのだろう。
長髪──頬杖をついて外を眺めている。しかし、時折なにかを呟きながら手元に視線を落としている。
銀縁眼鏡──アームレストに肘をつき窓に軽く持たれながら左手に持った緑色のスマホをいじっている。右手で拳銃を俺に突きつけながら。

ヤエ=置物の様にただ前方に向いてる。
俺の中でなにかが引っかかった。理由はすぐに思いついた。
奴らが現れてから一言も発していないのだ。

興味津々な様子で俺と銀縁眼鏡の顔を見比べたり、俺に向かって奇妙な笑みを浮かべたり「どうすんの?」や「大丈夫?」もない。
まだ数日しか共に過ごしていないが、それでもこのような状況で無言を貫くようなタイプではないことだけは分かっているつもりだ。つまり、なにかあるのかもしれない
この謎を解決するためには煙草の香りが必要だ。

「煙草──」
「黙ってろって」

にべもない。よほど俺との会話が嫌なのだろう。
まあいい。お望み通り黙っておこう。ただし、脱出のチャンスを見逃さないように注意はしておく。
ここ数日のツキを鑑みるに、いつ宇宙人がこの車をハイジャックしようとしてもおかしくないはずだ。不幸自慢をするつもりはないがツキの無さには自身がある。

A few ten minutes later...

「降りな」

楽しいドライブは無事に終了。残念ながら俺が望むようなイベントも望まないようなトラブルも起きなかった。

終着点は港。落書きだらけの駐車スペースの向こう側にはいくつもの青いレンガ造りの倉庫が並んでいる。
車から降りた瞬間、潮の香りが鼻を突いた。途端に肌がベタつき始めたような錯覚に囚われた。

俺たちは四人揃って、白いペンキで『3』と書かれた倉庫の前へ歩いていった。
アフロがシャッター脇にある両開きの扉へ向かい、備え付けられていたシリンダー式の南京錠と鎖を外した。それらを横にのかしている間に、長髪が扉を押さえているレバーを複雑な手順で動かすと、扉が人ひとりが通れる程度に開いた。知恵の輪のようだとのんきにも思った。

「ここだ。長いこと使ってねーから中がどうなってるか覚えてねえな」
銀縁眼鏡はそう言うと倉庫の中に入っていった。アフロ&長髪に逃げ道を塞がれながら後に続こうとした。俺が倉庫に入る前に明りがついた。

しかし、俺の歩みは銃声によって止められた。
さらにパンパンパンとリズミカルに三発。

「兄貴!?」
アフロ&長髪が慌てて倉庫内に駆けていく。「クソが!」と誰かの叫び声と追加で数発の銃声。
思いがけないタイミングでチャンスが降ってきた。もうしばらくして、奴らが出てこなければ、帰ってしまおうかなどと考えた。

「逃げようなんて思わないほうがいいぜ」

背後からの予想だにしていなかった第三者の脅し文句に驚いて振り返った。スーツを着てサングラスを掛けた亡霊女が拳銃の形を真似た手を俺に向けていた。タイミングよく──いや、よくはない──倉庫内で銃声が鳴ってビビった。

倉庫から誰もでてこないことを確認してからヤエにしかめっ面を向けた。
「……ああ、お前がいたか」
「どういうことよ」
「そのまんまの意味だが」
「なんかむかつくわね」
「そりゃよかった」
「なんかうざい」
「そりゃ悪かった」
「うっざ!」

ヤエとの心休まる会話を打ち切り、帰るかどうかを判断するためにそろりと顔だけだして倉庫内の様子を確認することにした。
中を覗いた途端に、むせ返るような熱気が顔に降りかかり、次になんともいえない生臭さが混ざった臭いが鼻を突いた。

倉庫内は外から見た感じより狭かった。壁に沿って木製のチェストが天井近くまで積まれていてるからそう感じるのかもしれない。
黒服三人は中央付近で、クマぐらいの大きさの”なにか”を取り囲んでいた。

銀縁眼鏡が唐突に振り返った。
「そんなところで見てないで入ってこいよ。臭いが酷いから扉は開けっ放しにしとけな」
頭の後ろに第三の目が隠されているような鋭さだ。

「わっ、何アレ。キモッ!」
倉庫に足を踏み入れてすぐヤエが俺の心情を代弁するかのように言った。
銀縁眼鏡は俺の視線に気がついたのか、横に一歩ずれ、肩をすくめて「見てみろよ」とつまらなそうに言った。

俺は鼻をコートの袖で覆いながら、その”なにか”に少しだけ近寄った。
そいつは完全に沈黙していた。ヌルヌルとした膜が覆っている表面は海の底をまるごと取り出したように暗く、蛍光灯の光によってテカテカと鈍く輝いている。同じようにヌルヌルしているタコやイカのようだが吸盤のない触手が至るところから生えていた。一本一本が人の腕ぐらいの太さで、人の足程度に長い。そのすべてが使い物にならなくなった男のブツのようにだらりとたれ下がっている。ところどころにある銃弾によって開けられたであろう穴からドロリとした白濁液が流れ出している。
匂いもそうだがとにかく見た目がひどく、気を抜くと昼に食べたジャンクを吐いてしまいそうなので早々に”なにか”から離れた。

「……これは?」
と俺は答えが帰ってくるとはコレッぽっちも期待せずに訊ねた。
「知らねー。大方海の方からでてきたのが隠れてたんだろ。全く迷惑な話だ」
ヤツは肩をすくめ、さも不愉快といった表情で”なにか”をチラ見した。
「おい、早いところこいつを始末しろ」
「はい!」

アフロ&長髪が返事をして外へダッシュ。どう始末するというのだろうか。もう一度”なにか”に視線を向けると、ヤエがキモいキモいといいながら興味津々といった様子であちこちから”なにか”を観察していた。

「さて、どこから始めるか」
銀縁眼鏡は拳銃をベルトに差し、ヒゲ一本生えていない顎をかいた。ポケットから小さな銀の包み紙を取り出して開き、中に入ってたなにかを口に入れて、ボリボリと噛み砕いた。
「ん? ああ、これか? いま、禁煙してんだけどよ、どうも口寂しくてな。一つやるよ」と言って銀の包み紙を下手投げでふわっと投げてきた。

銀色の包みを開くと、中には白い文字で『P』と掘られた赤い錠剤が一錠。数年前にはよく見かけたドラッグだった。
「プレジャー? まだこんなものを使ってる奴がいるなんて驚きなんだけど。本当に」

俺は錠剤を口に入れた。ガキが好むような過剰な甘み。しばらく舌の上で転がしてから飲み込むと、効果が発揮される前に体内が熱くなった。身体が毒に反応し、かってに浄化し始めたのだ。期待はしていなかったさ。

「煙草の代わりにドラッグってのは……どうなんだ?」と俺は言った。
「こんなもんラムネと一緒さ。──ああ、そういえば車ん中で煙草がどうの言ってたな、吸いたいなら好きに吸っていいぞ」
「それはありがたい」

コートから虎の子の一本を取り出して慎重に口の端で咥え、指の先に押し付けて着火。”なにか”の生臭さと煙草の甘い香りが混ざってなんともいえない匂いが生み出される。

銀縁眼鏡が眠そうな目で俺を──というより俺の煙草を凝視していた。なにを考えているのかわからない視線だった。

「美味いか?」
「美味い」と嫌味にならないように極めて慎重に言った。
「そうか……最後の一本になるかもしれないからよおく味わえよな」

口から煙草が落ちそうになった。
銀縁眼鏡は真顔。俺にはやはりその表情が何を意味しているのわからなかった。
世の中わからないことだらけだ。それが人生というものなのだろうかと考えた。いや、そんなことを考えている場合ではないのだ。拉致られるのと銀行強盗に巻き込まれるのはわけが違う。危機感を持たなければならない。
しかし……。
俺は煙草を咥え直して、深く深くケムリを吸い込んだ。ふぅ……。

煙草が半分ほど短くなった時、扉からアフロが顔を出した。
「兄貴! そいつ運ぶ準備できたんでシャッター開けていいですか?」
「おう」

アフロが外からシャッターが開けた。
倉庫の前にどこから持ってきたのかフォークリフトが鎮座していた。運転席にはヘルメットをかぶっている長髪。アフロが長髪になにかの合図を出すと、ピーピーとアラームを鳴らしながらフォークリフトがバック。

俺たちが脇に避けると、フォークリフト大きな爪を少しだけ上げてピーピーと鳴らしながら倉庫内へ突っ込んできた。行く手には”なにか”と気づいていないヤエ。

不愉快な音=ぶちぶち/ぐちゃぁ/ぶしゅぅ/「キャァ!」

”なにか”に爪が突き刺さり、黒にも青にも紫にも見える液体が飛び散る。濃いアンモニアと血と腐敗臭が。惨劇を目の当たりにしてヤエがジェット機のようにすっ飛んでいく。地獄かここは。

「オラーイ! オラーイ」
アフロが合図を出し、フォークリフトがピーピーとバックして倉庫から出ていき「それじゃ捨ててきますんで!」再びシャッターが下ろされる。

不愉快な映像を忘れようと煙草に集中していると、銀縁眼鏡が倉庫の隅に転がっていたパイプイスを拾い、倉庫の奥に展開した。
そして片方にドカッと座り込み、「まあ、座れよ」と言った。俺は短くなった煙草を床に落として踏みつぶしてからそちらに歩いていき、座面の汚れを払いもせずイスに腰を下ろした。

「ま、肩の力抜けよ。いくつか聞きたいことがあるだけだから。正直に答えてくれたら開放するからよ……何だよその顔は。言いたいことがあるなら言えよ。あ?」
「なんで俺をこんなところに?」
「静かな場所の方がゆっくり話せるだろ? それに……」そこで言葉を区切りニヤッと笑った。サメのように鋭い歯がチラリと見えた「海が近いと後処理が楽だからな」
「…………」

こういうのがいるから環境問題が無くならないんだろうなと思ったが、もちろん口には出さない。言う必要がない事ってのは胸に秘めておいたほうが良いってことでもある。

「それじゃ、まずは自己紹介といこうか。サクサク行こうぜ。俺はジンって呼んでくれ。お前は?」銀縁眼鏡/ジンが言った。
「……なんでも屋で通ってるよ」と俺は答えた。
「はっ、おもしれーな。で、本名は?」
とジンは小指の先ほども面白がっていない様子で質問を繰り返してきた。
俺は一瞬逡巡した後「名前はない……俺はただのなんでも屋だ」と言った。「あ?」凄むジン。そらそうだ。
「いや、マジなんだって。トップダウンタウンの警察署に問い合わせてくれたら分かるからさ……」
「ッチ……おい!」
ジンが叫ぶとアフロがすぐに姿を表した。忠犬タイプというやつだ。
「呼びましたか?」
「トップダウンタウンのポリに知ってるやつはいるか?」
「ギャング課にひとり知ってます」
「よし。そいつになんでも屋について聞いてこい」
「はい!」

姿を消すアフロ。警察とのコネを持っているコイツラは一体何者なのだろうか。同業者……ではないだろうな。

「それじゃ次。生まれは? ロストエンジェルスか?」
「いや、ニューヨークだ」
と俺は正直に答えるとジンは眉をひそめた。なぜかは分かっている。
「……お前、もしかしてニューニュークピープルか?」

ニューニュークピープル。
俺はこの国のやつなら誰もが知っている蔑称。
「そう見えるか?」
自分でも驚くほど平坦なトーンだった。

ジンは俺の頭のテッペンからつま先までじっくり眺めた後に、
「確かに違えっぽいな。ならいいわ」いつの間にか上げていた銃口を降ろした。
「それで今はダウンタウンの近くに住んでんのか?」
「いや、サウスパークの片隅に事務所を構えてるよ」
「ふーん? なんでも屋なんてヤクザな職業にはお似合いの場所だな。それじゃ──」

その後も、怪しい倉庫の中で他愛のない、言い換えるとくだらない質問が続いた。独身かどうか、この仕事は長いのか、儲けているのか、初体験はいつか、人を殺したことはあるか、好きな映画は──この質問については、いつものように答え、いつものように眉をひそめられた──エトセトラ….。
途中、アフロが戻ってきて、俺の”存在”の裏付けをしてくれたが、ジンは二日前の天気を聞かされた時のような反応をしただけだった。

「じゃあ次──」
「あのさ」
「あ?」

矢継ぎ早に飛んでくるクソくだらない質問をようやく遮った時、倉庫内にこびりつく異臭が気にならなくなっていた。

「その、質問さ、いつまで続くのかなって。俺も予定というか……仕事があるんだけどさ」と俺は訊ねた。
「なんだよ、せっかく緊張を解してやろうと思ってあれこれ考えてやったのによ」

どこまでもマイペースなこの男は、俺をにらみつつため息をついてきた。
その顔は「やれやれ、俺ァ悲しいぜ。あ?」と言っていた。
俺は反応しないことにし、ただただ宙に浮かぶホコリを眺めることにした。

分かっていたことだがこの倉庫は実際にあまり使われていない様子で、つまりホコリがすごい。途端に鼻がむず痒くなり盛大なクシャミを一つぶちかました。俺の態度とクシャミで、合点がいったといった様子で頷くジン。

「たしかにここは空気が悪いからな。それじゃあ、次で最後の質問にしてとっとと出るか」

そう言ってジンは左手でゆっくりと銀縁眼鏡を外した無造作に懐にしまう。空気の淀みが一段と濃くなる。イスに深く腰掛け、前傾姿勢になりながらなめらかな動作で拳銃を取り出し、広げた足の間からイスの縁をコツコツと叩く。そして視線は俺とヤツの間の床──薄く血の跡が残っている部分。

無言の時間が続き

視線を落としたまま語り始めた。

「昨日のことだ。ニュースにもなってたから知ってるかもしれねえが、ロストエンジェルスの銀行という銀行に強盗が押し寄せた。ディープウェブじゃ”PAYDAYキャンペーン”なんて呼ばれてな。誰が何の目的で言い出したかしらねえが、あちこちの銀行に一斉に強盗に入れば警察は手が足らなくなるから成功するってな。ふざけた話だろ? だが多くのヌケ作どもが乗っかった。世の中俺の想像以上に馬鹿が多かった。だが驚くことそこじゃなくてな……なんとPAYDAYファッキンキャンペーンは成功しちまったんだよ。大半のヌケ作はムショか病院、運が悪いやつは墓場行きになったが、成功して大金をせしめた奴らもいるってんだから世の中わからねえ。奴らに取っちゃちょっとしたお遊び、イベントなんだろうが巻き込まれた一般人にとっちゃいい迷惑だ。なぁ?」

ヤツは視線をオレに向けた。俺はなにも言わずに肩をすくめた。

「で、その不運な一般人の中に、俺たちの親父がいたわけだ。なぜそんなところにいたのかは知らねえ。俺にとって重要なことは親父がPAYDAYキャンペーン中になんでも屋と名乗る不審者に声をかけられたってことだ。それで、何と今、親父はそのなんでも屋と話したがってるってことだ。そのなんでも屋はLERSでどこかの病院に運ばれたから、見つけたらその旨を伝えろと指示を受けてな」
「なるほど」ひとつ疑問が解決した。「それで、俺を拉致ってでも連れてこいって言われたわけか」
「いんや? 親父は手荒な真似が好きじゃねーんだ。ただ伝えろとだけな」とジンは顔を上げて言った。
「へえ」と俺。
「なんだ?」眉をひそめるジン。
「なんでもない」

彼らの流儀では仕込み刀で斬るかかろうとするのは手荒な行為には入らないのだろう。別になんてことはない、文化の違いというやつだ。生きている人間を食う奴らに比べたら可愛いもんだ。

「で、親父がわざわざLERSを使うほどの男がどんな野郎か、個人的に興味が湧いてな」
「俺はどんな野郎だった?」と俺は訊いた。
「ケチなチンピラだよ、お前は。ああ、取るに足らないケチなチンピラだ。そうだろ?」
俺はわざとらしく肩をすくめた。「かもな」

俺の答えに満足したかどうかはわからない。ジンは不機嫌/気だるそうな表情を崩さず、再びイスを叩き始めた。コツ、コツ、コツと一定のリズムで、単調なモールス信号のように。ノックは一三回続いた。ヤツは顔を上げ射抜くような視線で俺の目の、いや、その奥にあるなにかを覗き込もうとした。
「……なんの目的で親父に近づいた?」とジンは言った。
「まず第一に、あの場所で会ったのは偶然だっ──」

「もー、ほんと気持ち悪い! なにあれ! まだ匂いが鼻に残ってる感じがする……なにこの空気」

予想もしてなかったあまりにも場違いな大声──ヤエ。言葉をつまらせた俺にジンは眉をひそめる。
ふわふわと宙からヤエが降りてきて、俺とジンの顔が見える位置に立った。何故かちょいとおしゃれなビキニのようなものを着ていた。海が近いからだろうか。

「どうした?」訝しむジン。
「あ、いや……そう、偶然だったんだよ。駐禁切られたから罰金を払おうとしただけで──」
「振り込みったってお前、ネットから──」
「スマホとかパソコンってものは持ってないんだ」
「はあ?」
「嘘じゃない。なんならボディチェックしてもらってもいい」
「今更やるかよ。先続けな」

ジンが拳銃を振って促す。あの銃口が俺に向く前に気の利いた回答を思いつかなければならない。ヤエに直接説明させることができたらどれだけ楽か。ジンにさとられないように目だけでヤエを見ると、とうの亡霊は俺たちのやり取りにたいしてあまり興味がない様子。

「それであんたの言う"PAYDAYキャンペーン"に巻き込まれてる最中に、あんたらの言う”親父”に偶然会って……話はすこしそれるけど、数日前にとある依頼を受けてて──」
「どんな?」とジンが口を挟んだ。
「悪いけどそれは言えない。言える事は彼に危害を加わるたぐいのものではないってこと」
「言えよ」すごむジン。
「守秘義務がある」
「はっ、チンケななんでも屋ごときがなに言ってやがんだよ」

ヤツはヘタな挑発で相手の反応を引き出そうとしているようだが、そのチンケななんでも屋/俺は、己の胸の奥深くにしまい込んでいるホコリだらけの信念やプライドといったくだらないモノについて説明する気はなかった。なので、何の感情もない視線を返すだけだった。

ヤツが俺の顔に飽きるのにそう時間はかからなかった。小さく舌打ちをしてイスにもたれかかり、銃を持ったまま両手を頭の後ろに組んだ。
「気に入らねえなあ。名前も、態度も、親父に近づいたことも、ヤニの匂いをプンプンさせやがることも、すべてが気に食わねえ。こんなふざけたやつと同じ空気を吸ってることもよお」

どうやら俺は生きて帰れるようだ、と思った途端に身体に──主に背中とケツ──痛みを感じた。
イスに背をあずけ、両手を伸ばしてストレッチをしながら「気持ちはわかる──」

俺が反応できない速度でジンが拳銃を俺に向けて発砲。銃弾は俺の左耳をかすめた。俺は驚いて椅子ごと後ろに倒れた。痛かった。

「兄貴! どうしました!?」
ドタドタと慌ただしい足音。アフロ&長髪が拳銃を手にし倉庫内に入ってきて、倒れたままの俺とイカれ野郎/ジンを交互に見比べる。
「暴発しちまった」とジン。
「いつまで寝てるの?」とヤエ。

そう言われたからというわけではないが、俺はのっそりと立ち上がりホコリを払う。肩を回し、首を曲げ、大きく伸びをすると、ゴキゴキと体のいたる所が鳴った。自分で思っていた以上に身体は緊張していたようだ。
ジンはすでに立ち上がっていて、なにか──おそらくプレジャーを噛み砕きながら、スマホを操作していた。

「俺は帰っていいのか?」と俺は訊ねた。
ジンはスマホを凝視しながら口を開き……

ガン! ガン! ガン!

騒音が全てをかき消した。まるで大規模な解体工事をはじめたように大音量。全員が慌てたようにあたりを見渡す。まるで大規模な解体工事をはじめたように大音量。全員が慌てたようにあたりを見渡す。
騒音は止まないどころか、段々と大きく……いや、近づいているようだった。騒音に合わせて足の裏から感じていた振動が大きくなっている。

「な、なに!?」うろたえるヤエ。
「おい、誰か見てこい」とジンが鋭く言う。
「はい!」
すぐにアフロ&長髪が走り出した。出たり入ったり忙しそうだ。
「嫌な予感がする」俺は手のひらの汗をコートのすそで拭いた。
「奇遇だな──」

倉庫全体が揺れた。俺は反射的にしゃがみこんで床に手をついた。奥に積まれているチェストの一部が崩れた。地震だと思ったがすぐに間違いだと分かった。

ガン! ガン!

頭上から何かを激しく叩く音。視線を上げると天井が内側にへこんでいた。何が起きているのか全く分からなかった。事の成り行きを見守りつつ、いつでも逃げ出せるように神経をとがらせた。

破壊音とともに、天井を暴走列車のような勢いでなにか黒っぽくて太いモノが突き破り、オロオロしていたヤエを突き抜けて床に突き刺さった。

続く

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