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HELL地獄BAN(G)ディッツ‼ SideMenu:ジョブ・デビュー 2/4

前回

【3】

 車を盗まれないように通りの角に隠すように止めて、徒歩でカレー屋へ向かう。
 飯時を避けたこともあり、通りはひとけも少なく仕事におあつらえ向きな状況だった。

「スタチャー、段取りを言ってみろ」
「えっと、まずは客として入る。次に周りをさりげなく観察する。ヒーローになりたがるやつがいたらマークしておく。で、普通に飯を食べる。最後に責任者を脅して素早くレジから金を奪って一目散に車に乗ってずらかる。だよな?」
「ああ。それと、俺の指示には絶対従うんだ。余計なことはせず、無駄に銃もぶっ放さない。それと──」
「分かってるって。ユ兄は心配症すぎるんだよ!」

 スタチャーは俺に意見をしたいと思ったときに俺のことをユ兄と呼ぶ。
 仕事前にへそを曲げられるのは面倒なので、それ以上指摘する代わりに溜息を吐いて会話を打ち切った。

 カレー屋には問題なくたどり着いた。
 店前の看板を眺めるふりをして窓から中の様子を確認しようとした。
 だが、やはり蔦が邪魔で覗けなかった。

 俺を先頭に、スタチャー、フィリの順番で店に入った。
 扉を開けた途端、濃厚なカレーの香りとゆったりとしたひと昔前のソウルミュージックに出迎えられた。
 
 いらっしゃいませーと首から上がアナログレコードのウェイトレスが言って俺たちを出迎えた。
 俺が人数を告げると、好きな席に座るよう言われた。

 店は縦長でボックス席は右側に4つ、すべて空いている。
 左側にはカウンターが6席で客が2人。
 突き当りにトイレ。
 そして、最奥のボックス席に面する壁に武装タレット。
 
 俺は店内と武装タレットが見やすいように最奥のボックス席を選択した。

「何食べる?」
 向かい側に座ったスタチャーがメニュー表をめくりながら言った。
「好きなものを選んでいいぞ」

 俺はそう言ってメニュー表の陰からさりげなくレトロ調で落ち着いた店内に視線を走らせた。

 カウンターの向こう側にはウェイトレスの待機スペースからさらに奥の部屋へ続いている。
 おそらくキッチンでコックなり店主なりがいるのだろう。
 ここからでは武器の有無はわからない。
 壁に銃や刃物といった武器は見当たず、精々壁にかかったレコードを投げつけられるぐらいか。

 レジは入口脇のテーブルの上にあるを確認した。
 テーブルに固定されていてレジ事盗むのは困難だろう。
 懸念材料だった武装タレットについては、一目見てヘルデパートでも販売されているフェイク品だとわかったので安心した。
 稀に変人がフェイク品にわざわざ手を加えて本物以上に使えるようにしているが、金のない店でそれはないだろう。

 続いて客の方を見る。
 経験上、イレギュラーが発生する原因はたいていその場に偶然居合わせた第三者によるものだ。
 
 出口に近い席。
 見るからに安モノのスーツがはちきれるのではと思うほど大柄な男が一心不乱にカレーを貪っている。
 脇には空になった皿がいくつも積まれている。
 隣の椅子にはこれまた既製品の黒いカバンが置かれている。
 武器を持っているとしたらあの中だろう。

 それともう一人、カウンター中央の席。
 ザ・デビルズ(今若者の間で流行しているブランドでやや高価)のレザージャケットを着て、赤と白の髪を乱雑に混ぜたツインテールの小柄な女。
 右手に持ったスプーンで冗談のようなでかさのパフェをつつき、左手でガラパゴス携帯電話をいじっている。

「ヘルバイスはカレー屋にもパフェがあるんだね」とスタチャーが言った。
「食べたかったら頼んでいいぞ」
「やったぜ!」
 
 一通りの観察を終え、たいして驚異になりそうなものはないと判断。
 あとは、キッチンの向こうに相当ヤバいなにかが無く、面倒なイレギュラーが起きなければこの仕事は鼻歌交じりでもこなせる。
 フィリが俺の目を見て静かに頷いた。俺と同じ意見なのだろう。

 柔らかい背もたれに体重を預け、こわばっている身体をほぐしていく。
 どれだけ経験を積もうが仕事直前になると緊張で身体がこわばってしまうのは弱さの表れだろう。

 頃合いを見てウェイトレスを呼び、スタチャーが元気に『本日のカレーライス』三人前と『ウルトラデラックスパフェ』一人前を注文した。

 ウェイトレスがカウンター奥の部屋に顔を突っ込み注文を繰りかえした。
 やはりキッチンなのだろう。しかし返事は帰ってこなかった。

 料理を待つ間、念のために拳銃の確認をしておくことにした。
 フィリにアイコンタクトを送り男女兼用トイレに入る。
 中はきれいに掃除された何の変哲もない洋式トイレだった。
 ズボンを履いたまま便座に座り、拳銃をとりだす。

 明かりを浴びて銀色に鈍く光るこいつは、威力減衰率が高い代わりに近距離で無類の威力を発揮する。
 また、射撃音が大きいのでパニくった客を鎮めるときにも使える。
 一発撃つための疲労量は拳銃の中でも多いほうだから、今回のような短期の仕事向けの拳銃だ。

続く


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