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寝言文庫

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面白おかしい掌編集。テーマは様々ですがSFが多め。全部面白いよ! メインコンテンツ。
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記事一覧

サマーヘルパラダイス

 ① 「アツゥ!」  白い砂浜で女性が目を覚ました。白くて軽そうな素材のひとまわりゆったりとしたアロハシャツとズボンを着ている。背中と素足にこまかい砂が汗で固着している。汗は滝のように流れ、眼はうつろ気味。  女性の視界に飛び込んでくるのは見渡すかぎりの青く澄んだ空。大きな入道雲の手前に、一部が欠けた太陽がうかんでいる。 「え、なに?どこ?」  緩慢な動きで身体を起こした女性は、手で目元に影を作って周囲を見渡した。  穏やかな海、無人のビーチバレーコート、白い海の家、カラフ

魔女のいる暗くて濃い森

【1】  この森は「魔女のいる暗くて濃い森」と呼ばれているらしい。  そう教えてくれたのは、昨晩近くの田舎村のパブで意気投合した、風体も臭いも怪しいだった老人だ。  老人の話では、魔女のいる暗くて濃い森(以下魔女森)は昔から野草やキノコが豊富に取れる場所として重宝されていた。そして或る日──いわゆる魔王災害が始まった日──突然森の深部に見たことのない花が現れた。  それは茎から花びらまで全てが影のように黒く、おとぎ話に出てくる魔女が着るローブのように見えることからそのまま『魔

まどろみの中で僕は

眩いそこは底の天使 光の届かぬ奥底 見えるのは影だけ 聞こえるのは静寂だけ 虚無めいた深い闇の中で 眠そうな天使が 燻り続けている。 普段は空を眺めているだけだが 雷を受けた時 天使はようやくその重い瞼を上げ 純白の翼を大きく広げ 舌打ちを一つうち 光よりも早い速度で 天まで湧き上がる。 太陽よりも眩しく光り輝き 新たな世界が生まれる まどろみの中で僕は ホタルが浮かんでいる。 いくつかのホタルがポツポツと輝きだす星のように。 脳の裏側ににじみ出るシミのようにジワジワと

ナシトクニの名もなき素敵な雑貨屋

芽の月の八 ハレ 「おはよー」  いつもどおりの時間に目を覚ましたわたしはまず家族写真に挨拶をします。  部屋のカーテンを開けますと、草木・岩・水たまり・穴・野生動物以外なにもない野原が陽の光を気持ちよさそうに浴びていました。  ここは第三宇宙の惑星ナシトクニ。他の星に比べて小さめだけど住んでいる人も少ないので土地が余りまくっています。  これといった名産品や資源があるわけではない上に交通の便が悪いので観光に訪れる人はとても少ないです。 【第三宇宙一なにもない惑星】に九

眩いそこは底の天使

暗闇の中で繭が生まれた 行き先もわからずただ歩みをすすめる夜の帳 狂うてにをはが多く 胸の中の水槽はいつも空っぽでボクは海の底で眠る 天国は遠く 空のオリにとらわれて飛び立てない天使が悲しみをうたう 底というものは見方を変えれば天井である 個人的自己満足的至上主義 たまには長文を書こうと思ったが、大方の言葉は空に逃げていきボクはまた途方に暮れる 冷たいアイスクリームが心を溶かす 不躾な光の中で影が砕けた 存在している虚無だけが顔をうずめる 不機嫌そうな

アイデアが浮かばない男の小話

 これは間違いなく面白いぞ! と思えるアイデアが沸かなくなってから数年が経過した。  スランプだと言い切りたいが、最後まで書ききった作品はトランプの枚数より少ないので、この状態が一時的な不調なのかはわからない。才能がないといえばそのだけのことかもしれない。  最近やったことといえば、思いついた文章をタイプしては消しタイプしては消す、それの繰り返し。たまにある程度まとまった文章を無理やりひねり出して生活費に変えるだけ。その内容も驚くほどつまらないもの。ただ、消費者の目に一瞬とど

KYバンド

起「Nくん! Nくんはいないか!」  工作場で作業をしていたN氏は、突如、研究所内に響き渡った大声におどろいて、手にしたカッターナイフで指先を切ってしまった。「痛っ」切り傷からじわりと血が滲んでいく。 「Nくんは……ああ、ここにいたのか。探したのだぞ!」  傷の具合を確認しているN氏を見つけたS教授は、早足でそばへ駆け寄った。何かを伝えようとするのだが、ゼイゼイと息を切らしているので思うように声が出ない。 「なんですか先生」N氏は恨めしい視線をS教授に向けた。  息

アイデアの詰まった箱

とある古い遺跡の一室に、物書きの男が足を踏み入れた。 男の前には、アフリカゾウが余裕で入れる程大きな箱が鎮座していた。 箱のあちらこちらには、レバーやボタンなどのギミックが装飾のようにちりばめられている。 「なんと面妖な宝箱だ。しかし、美しくもある」 男がそうつぶやくと、「お褒めに与り光栄ですわ」と艶めかしい女の声が返ってきたので男は驚いた。 男はあたりを見渡したが、人の姿はなかった。 「あなたの目の前ですわ」 と再び女の声がしたので、男は文字通り飛び上がるぐらい驚いた

ひと目で興味を引くような上手いタイトルが思いつかない超短編集 その1

ハロー、ワールド ハロー、ワールド。  お天道様が顔を出し鳥たちが歌いだすと同時に俺は布団を出る。そして世界に向かって挨拶をする。  え? 今は朝だって? そんなことぐらい、俺でも知っているさ。  俺が朝でも夜でもハローを使うのは理由があるんだ。そうだな、暇なら聞いてってくれ。  ある日、俺は古のインターネットの海を泳ぎ、データの断片をサルベージしていたんだ。すると、古の先人達によって作られたであろう碑文を見つけたんだ。俺は興奮を抑えつけながらそれを読んだ。  そこにはただ一

ヒヤリ帽子

「Nくん! Nくんはいないか!」  休憩室でくつろいでいたN氏は、研究所内に響き渡る大声にびっくりして今まさに飲もうとしていたコーヒーをこぼしてしまった。リノリウムの床に黒いシミが広がっていく。 「Nくんは……ああ、ここにいたのか。探したのだぞ!」  布巾で床を拭いているN氏を見つけたS教授は、急ぎ足でそばへ駆け寄った。何かを伝えようとするのだが、ゼイゼイと息を切らしているので思うように声が出なかった。 「先生、とりあえず落ち着いてくださいよ」  N氏は立ち上がり、

自然落下は走馬灯の速度で

 あっ! と思ったときにはもう手遅れで、わたしは超高層ビルの屋上から足を踏み外していた。  状況を理解した瞬間、股の間がきゅっと縮み上がり全身の筋肉が硬直した。恐怖が即効性の猛毒のように全身に回っていく。血が出そうになるほど強く食いしばっている歯の間から抑えきれなかった悲鳴が漏れる。  思うように動かない体に反して、思考はやけにクリアになっている。  時間がたつにつれて周囲の風景の変化速度が上がっている事に嫌でも気がついた。重力加速度9.8m/s^2が容赦なくわたしにのし

わたしは猫を飼っていない

 わたしは猫を飼っていない。別に言葉遊びをしているわけではない。つまり、猫に飼われているわけでもない。  猫はどちらかというと好きな方だ。白も黒も三毛もかわいいと思う。その自由な生き方には羨望を覚えないでもない。  ならなぜ飼わないか。生活の基盤、生き物を飼う覚悟、色々問題はある。  しかし、一番の要素。それは、わたしの周りのいたるところにネコはいるので、わざわざ飼おうとは思わないということ。ただ、それだけの話だった。  目覚まし時計のアラームが鳴る前に、寒さで目が冷めた。