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僕がnoteでドラムを語る理由。Part 4

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Part1~3までの記事は上記から!!

AquaTimezというバンドに救われて前に進みたいと思い始めた。

自分の居場所をAquaTimezのおかげで見出すことができ、その時に自分もAquaTimezのように人の気持ちに寄り添えるような、そして自分と似たような環境で息苦しく感情を押し殺して過ごしている人達を救える人間になりたい。と強く思うようになった。

AquaTimezの音楽を聞き漁っては毎日勇気をもらい毎日泣いていた。
それが無ければ僕の心は精神的におかしくなっていただろうし、ドラムを叩いている自分では無かったかもしれない。

 そういう毎日を過ごしているうちに事件が起こる。

ある夏の日に、両親の別れ話の夫婦喧嘩のおかげで地元の関西を離れ母と兄妹、揃って親戚の家に居候をする事になる。

親戚の家は中部地方の田舎で地元とは程遠く、生活環境も違う世界に行くことになってしまった。

元々日常生活の中に居場所を感じていなかった僕にとってはこの状態から逃れられるという安心感はあった。
だけど、いくら親とはいえ大人の事情で子供の感情を振り回しても良いものなんだろうか?
と、子供ながらに考えていた。

いじめは続いていたし、日常生活も嫌なくらい束縛も続いていた。
いじめに耐えた後は毎日見張られながらの3時間の勉強、、
苦痛で仕方が無かった。
終わった後に聴くAquaTimezの音楽だけが頼りだったけど
自然とその場所から逃げる事になれば何に怯える事も無くなる。

 違う場所に行く事に対する不安やストレスはものすごくあった。
「またいじめられたらどうしよう。」
と、悩みに悩んだ。

「何で大人は自分の都合で子供達の感情を放ったらかしにして物事を決めていくんだろう?」

今思うとすごく矛盾している考えだけど当初はそればかりを考えていた。
大人はずるいやつだ。
自分がいい方向に進めるなら子供の感情なんて簡単に捨てるんだ。

そういう子供ながらの勝手で傲慢な想いと今の状況から逃げる事が出来る安心感が同時に心を抉り突き刺してきていていた。

辛くて居場所が無かったその場所にようやく灯った音楽という灯り。。

その灯りにさえ火を付ける場所も無くなった。

青春はほんとに残酷で冷徹だなと感じながら第2の青春をこの場所で過ごす事になる。

Part 5へ続く。

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