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失敗とは恐れるべきものなのか。

こんにちは、りゅうとです。

今回のテーマは「失敗とは恐れるべきなのか。」です。

是非みなさんもこのテーマについて考えてみてください。

最近起きたこととしては電話で親に塾を辞めると先生に伝えてもらったら、すぐに僕が呼び出されて、先生と一対一で話し、一番上のクラスの授業を体験してみることになったということです。

一番上のクラスは他のクラスと授業内容が違い、すでに中学校のすべての範囲の勉強が終わっているので、中三からは一番上のクラスに行けません。

ですが、僕が塾の授業が簡単だから辞めると言ったら、一度一番上のクラスで授業を受けてみたら、と言われたので体験授業として一番上のクラスの授業を受けることになりました。

偏差値的には一番上のクラスの人たちと同じぐらいなので、体験授業を受ける許可については問題ないのですが、高校の内容も入っていて、一番上のクラスがやっている英語の教材の長文が難しすぎました。

文法と単語が全くわからず、一番上のクラスとそれ以外のクラスには大きな差があると感じました(今のクラスだと英語は結構できる方)。

数学と英語の教材だけもらったのですが、数学は全然大丈夫でした。

では、本題に入りましょう!

失敗とは恐れるべきものなのか。

僕は「失敗とは恐るべきではない」と思います。

ですが一般的にはみんな失敗を恐れます。

そして、失敗を恐れ、失敗をしない道に進んでしまいます。

僕の周りでもこのようなことが起きています。

塾の授業中、問題が出され、先生が「これわかる人〜」と言っても誰も手をあげません。

僕が友達に「その答え合っていると思うから、言ってみたら?」と言っても「間違えるのが怖いからやだ」と返されます。

また、このような事例もあります↓

※まとめると、実験の結果、いい結果を出したことを評価され続けた人にとっては、いい結果が出せなくなるかもしれない選択(新たな課題に取り組むこと)は避けたいという心理が働くということです。

スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックは、クローディア・ミューラー氏とともに、ニューヨーク市内の12の学校である実験を行いました。研究では、5年生400人あまりに、言語を用いない比較的やさしいパズルを課題として与えました。テスト終了後、研究者たちは生徒たちに点数を伝え、簡潔な言葉で褒めました。半分の生徒には「あなたは頭がいいんだね」と彼らの知性を褒め、残りの半分には「一生懸命やったね」と彼らの努力を褒めました。
そして次に、先ほどの生徒たちにまた別のテストを2種類与え、生徒たち自身にどちらか好きな方を選ばせました。ひとつは最初のものより難しいパズルですが、やればとても勉強になると説明されたものです。もうひとつは、最初のものと同様の簡単なテストです。
すると、努力を褒められた子どもたちは、90%近くが難しい方のパズルを選択し、一方知性を褒められた子どもたちは、ほとんどが簡単な方のテストを選んだのです。大変興味深い選択です。ドゥエック氏によると、知性を褒められた子どもは、自分を賢く「見せる」ことに気持ちを向けるようになり、間違いを犯すリスクをとれなくなるのだと説明しています。
つまり、いい結果を出したことを評価され続けた人にとっては、いい結果が出せなくなるかもしれない選択(新たな課題に取り組むこと)は避けたいという心理が働くのです。

このように一般的には人は失敗を恐れ、失敗をしない道へ進みます。

僕はこのことについて「おかしい」と思いました。

自分が失敗するかも知れないことをするということは、成長できるということです。

僕は失敗というのは人を成長させると考えています。

実際に、僕は塾に入って最初のテストですごく失敗し、自分が思ってもいなかった偏差値をとってしまいました。

ですがこの失敗を活かし、必死に勉強して次のテストでは偏差値が3上がり、さらにその次も3上がりました。

失敗して、悔しい思いをしたからこそ、偏差値は上がりました。

このように失敗は人を成長させることができます。

結論

僕は人間というのは失敗を恐れ、失敗から逃げているが、失敗というのは人を成長させることができると思います。

ですからみなさん、失敗とは自分を成長させてくれる良いものと捉えて、失敗を恐れずに様々なことに挑戦してください!

まとめ

今回は「失敗とは恐れるべきものなのか。」について考えてみました。

この記事を読んでいるみなさんには是非この記事に書かれていない情報まで調べて、アウトプットの場としてこの記事に自分の考えをコメントしてほしく思います。

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