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大企業に効くAIデザインパターン 〜AI Value Architectの仕事その4

※当記事は個人的な見解であり所属組織とは無関係です

サマリー

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1.大企業の価値創造に注力する理由

本記事では大企業が新価値を創出するAI実装の設計について深掘りします。大企業にフォーカスしている理由は次の4点です。

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背景には”なるべく多くの人が自由な人生を送れるようにしたい”という個人的なコンセプトがあります。では大企業の価値創造がそのコンセプトにどうつながるのかというと、第一にAI導入によって社会全体の生産性が”構造的に”上がれば理屈上は人生の自由度が上がるはずだという事です。よって影響が大きい組織でやった方がよいという社会全体の観点からの理屈です。

第二に、社会ではなく個人の自由さに着目した観点です。社会全体で自由度が上がるユートピアを目指すにしても、現実的には生きているうちに社会制度が劇的に変化した世界は訪れないと思います。しかし、その過渡期においてもテクノロジーを梃子に大きな価値を出せる個人ならば、昨今の大規模組織を巻き込んだ多様な働き方推進の情勢に乗じ自由の幅が広がると考えているからです。

2.「小さな改善」に時間・カネ・熱意を浪費しない

では大企業での価値創出とは何か?これには色々な定義(というか主義主張)がありそうですが、伊藤レポートで指摘さる「稼ぐ力」というのがひとつの分かりやすい指標になりそうです。

その「稼ぐ力」は「売上を創る力」と「コストを抑える力」に分解されますが、実際には相互に影響を及ぼすために両輪で推進すべきものです。しかしながら現実には「コストを抑える力」のみに注力しているケースが多い印象があります。誰が浸透させたのか知りませんがIT投資と言えば「業務のコスト削減」という固定観念が深刻に浸透しています(図2)。

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加えて「コストを抑える力」の中でも構造的・抜本的な変革ではなく現状業務を前提とした「小さな改善」を積み上げる取組みが多く見受けられます。これも、同じく伊藤レポートにて指摘される「短期主義経営」という課題に通ずる構図です。

しかし、この「小さな改善」は次のふたつの理由で望ましくありません。

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理由①は「現状業務のコスト削減」を目標とすると、その成果の最大値は現状コスト分であるというある意味当たり前の話です。デジタル変革に期待される×nの成長、指数関数的な成長とは乖離があると感じます。

もちろんここで実現・獲得した組織能力が偶発的に更なる成果の素地になることはあり得ます。しかし、それを偶発的にではなく事前設計するべきであり、その設計観点を何とかパターン化しようというのが本記事の主旨です。

次に理由②です。

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これは「小さな改善」が限界効用と投資枠を削り取り、新しいUXの創造といった「大きな変革」に必要な範囲の投資ができなくなるという構造です。

具体例として図4の様な「申し込み業務」のデジタル化を考えてみます。現状業務は紙の申込書を受けて事務センターでシステムに必要情報を入力するという流れであるとします。この現状業務を前提に改善案を考えると、申込書の取り込み部分をAI-OCR化して自動化する方針が考えられます。

一方、より広範に「顧客誘引のUX改革」と捉えると図4の右側にあるようにオンライン化を起点に様々な新しいUX(例:即時申し込み利用開始、オンデマンド容量追加、等)を展開する設計もあり得ます。これら新UXは紙の申込書が残っている限り実現しません。「小さな変革の罪積み上げ」 ≠ 「大きな変革」です。

理由①、理由②のいずれにおいても重要なのは「小さい改善」を選択すると「大きな変革」の実現が遅れるという、時間観点での損失・遅延の影響も有り得ることです。具体的には「小さな改善」を実施している間に、新興企業や先進的企業が「大きな変革」を先行され機会逸失することも考慮すべきです。常に「大きな変革」を考えるのが正解ではないのも事実ですが、少なくとも考慮した上で選択すべきと考えます。

3. 大企業で価値を生むAIデザインパターン

そのような背景を踏まえ、ここでは既に強み・資産を有する大企業が価値創出するための、AIの設計パターン(デザインパターン)を考察します。

デザインパターンと言いながらまだ抽象度は高いので、具体的な実装は詳細設計が必要になりますが、これまで多数のクライアントとAI適用について協議・推進してきた経験から、大きく「既存の強みからの新UX創造」と「業務指令デジタルツイン化」のふたつの設計パターンが指数関数的な効果創出につながりやすいと考えています。

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まずパターン1の「既存の強みからの新UX創造」について解説します。事業として成立化し大企業化している以上は何かしらの強みに基づく価値提供ができているはずです。

図5に示すようにこの強みをAIを梃子にして新しいUXを再創造して提供するというパターンです。典型的には、より多くの人に、より早く、より安く価値提供できるように新UXを設計して、市場自体の創出・拡大をねらいます。

具体的な例では、私の執筆時の所属会社であるHEROZが提供している将棋AIなどが分かりやすいでしょう。

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将棋においては、自分よりも強い経験者と対局することが棋力向上のポイントのようです。そのための手段として、プロ棋士等による指導対局などを利用するそうです。

当然ながらプロは生身の人間なので同時に何局も打てませんし、疲労もします。また生活もあるので24/365での対応はできませんし、相応の対価も得なければ成立しません。故に、棋力向上の機会は限定的でした。

しかし、名人に勝つ棋力をAIで実現するとその構造がガラリと変わります。まず、低コスト化して経済的な観点でのハードルを下げられます。加えて、AIなので複製可能でありキャパシティも拡大可能です。更にAIは疲れないので24/365いつでも利用可能です。

この様な価値創出は創業者が有していた将棋そのものやその周辺産業構造に関する深い知見にAI(テクノロジー)を掛け合わせことで実現しています。

このように中核の価値(ここでは棋力)をAIで代替・再構築することによってデジタルの特性を梃子にした新しいUXの提供が可能になり、低コスト化などで受益者の裾野を広げることで市場自体を拡大できます。

一方で、このことによってプロ棋士の価値が下がるかと言えば、そんなことはなく、むしろ本気で将棋に取り組む人口が増えれば相対的に価値を高まる可能性もあります。サッカー人口が増えればプロサッカー選手の価値が上がるのと同じ理屈ですね。

ここまでで事業の強みをAIで拡張するパターンを例示しました。例では個人に属する”強み”を起点にしていますが、これを事業に置き換えてもアナロジーとして成立します。実際にこの種の相談や議論はB2B領域で増えているのですが、さすがに中核すぎて事例を書けないので身近な例を引用しました。

このデザインパターンのポイントはブランド、顧客基盤、調達基盤等の既存の経営リソースの中から新UXの創造に転移可能な本質的な価値を抽出・厳選することです。

これらの経営リソースを上手く使えれば、言い方によっては「0-->1をやらざるを得ない」スタートアップやディスラプターへの優位性になり得ます。

さて、二つ目のデザインパターンが図7に示すような「業務指令デジタルツイン化」です。

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このデザインパターンの特徴は「業務の指令(実行ではない)」のAI化・自動化により業務変更等の影響を「事前」に把握できることです。

もう少し具体的に記述すると、図7左側のシミュレーション環境で検証したAIをそのまま図7右側の業務指令系のAIとして置き換えることで、シミュレーションの通り業務指令が実行される業務システムを構成します。

この構成では逆説的に、何かしらの業務変更やポリシー変更を検討する場合に事前に「シミュレーション環境」で試すことで、かなりの高確度でその影響を把握・推計できることになります。

また、その事前シミュレーションで実施、調整したAIを本番環境に移行するのでAIの更新が即業務指令モデルの更新に繋がります。そしてシミュレーションの精度が高ければ業務実行の結果はほぼ事前の把握通りになります。

更に業務実行の実績および結果のデータを蓄積して、シミュレーション結果と実態の乖離を分析・是正することにより、更にシミュレーションの精度を高めていく動線も構築します。

このような業務システムを構築すると、指令の自動化による効率化のみならず、業務変革の精度向上や変革スピードの向上が期待でき、既存事業のオペレーションエクセレンス構築の非常に強い武器になります。このパターンも昨今検討が増えていますし、実現可能性も発見できたPJTもあります。。

もちろんこのデザインパターンはどの業務にでも適用できるものではありません。例えば図8に示す要件を満たす業務では当該パターンを適用できる可能性は高くなりそうです(この辺りは今後も最前線の現場で磨きながら最終化・ノウハウ化していきたいものです)。

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パターン1にせよパターン2にせよ、適切な適用個所および技術的な実現可能性の見極めが重要になります。

4. エースが現場で実装する

では、その見極めを含めてどのような体制で推進すればよいかです。

過去に投稿した”動いて使えるAIを作る方法”にてAIの社会実装を推進するためのチームについて考察しました。

詳細は上記記事に譲りますが、これらデザインパターンの実装にはやはりビジネスシーズと技術シーズの間の試行錯誤が発生します。

その試行錯誤において”仮説の発射台の高さ”と”学習の加速度”が成功の肝であるので、”分業しない少数精鋭のチーム”の組成が必要になります。そして具体的な価値創出の設計・動作が具体的に仮説として言語化できていることが検討の起点になります。

これらの重要性は前回記事で記載した通りですが、最近、私が強く感じるのは「エースや意思決定者が現場で実装すべし」です(図9)。

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理由は非常にシンプルで、新しい価値や仕組みを構築するのは難易度が高く創造性も必要なのでオペレーショナルな人材では無理だからです。起業に近しい情熱と根拠のない確信(Self-Confidence)も必要です。

”DXが進まない問題”の原因は様々な分析がありそれぞれ相応に説得力がありますが、私は最初に乗り越えるべき壁は分からないからといって適当なDX構想だけ作って他人に丸投げするのをやめる」ことだと思います。

また、よく「経営層・トップの参画が…」の論調も見ますが、逆に「経営層・トップ層が入ってくれば」進むのか?というと疑問です。

組織観点では意思決定が速くなったり組織を超えた変革が観点で課題設計をする”権限”を有しているのは有利であるのは事実ですが、そもそも多くの新しい価値創造は自社組織の理屈どころか自動運転よろしく国や社会の規制・権限にチャレンジする場合もよくある話なので、自社組織の都合で引っかかるくらいならやらない方がいいです。はい、現実的には難しいのを重々承知の上で放言しました。

一方、トップ層が検討領域の専門家・エースであれば、上記の意思決定権も相まって強力な戦力となります。大企業の経営層・トップ層にはかなり実力がないと中々慣れないので、久々にエースとして前線で腕を振るっていただくというのはアリです。

重要なのは人がトップ層であることではなく、”トップダウン思考”を有しており”実装までやり切れる”エースが現場に出ること、です。

Column:”余人を以て代え難し”を交渉力に

最後に余談です。

最初の章で”なるべく多くの人が自由な人生を送れるようにしたい”と述べました。そしてテクノロジーを梃子に価値を出せるようになることで個人が自由を手にすることを期待している旨を述べました。

一方で、大きな組織でそれを実現しようと思うと以下の様なスタンスをとる必要があるので、組織内では少し異質な存在にならざるを得ません。

組織観点では意思決定が速くなったり組織を超えた変革が観点で課題設計をする”権限”を有しているのは有利であるのは事実ですが、そもそも多くの新しい価値創造は自社組織の理屈どころか自動運転よろしく国や社会の規制・権限にチャレンジする場合もよくある話なので、自社組織の都合で引っかかるくらいならやらない方がいいです。はい、現実的には難しいのを重々承知の上で放言しました。

図10に示すように、それら人材が異質化するのは構造起因です。4章で述べたような人材は「設計・創造」を強みとした人材です。しかし、少なくとも既存の大企業は多くはPMF(Product Market Fit)に達した製品・サービスを大規模展開することで組織拡大しています。その過程では「設計・創造」よりも「計画・管理」が重視されるので、そこに強みを持つ人材が組織の大多数を占めるのは自明です。

もちろん、「設計・創造」と「計画・管理」は必ずしも相反する軸ではないですが、前回の記事にもありますとおり私の感覚的には根本的な価値観や性格の部分で大きく違いがあるように感じています。

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故に、ここで勝負する人たちには、ひとつの組織に頼らない生存戦略が必要になります。もっとも取りやすいのは、異質であること≒希少性があることを梃子にした”余人を以て代え難し”ポジションを構築することです。

”ジョブ型”への注目などでより”個”の力に着目した働き方が受け入れられやすい風潮は追い風になるので、先達に比すれば自己実現しやすい環境が整いつつありチャンスです。

まぁ、とはいえ、現代社会は高度に組織化されているので、たとえ大統領が突如いなくなったとしても1か月くらいの混乱の後に大枠では平常運転には戻るので”余人をもって代え難し”というのは大げさではあります。

また、そもそも”余人をもって代え難し”を”より多くの人が…”という時点で大きな矛盾を内包していますが、このバランスの調和点への着地と再破壊を繰り返しながら段々とより自由な生き方を実現できる社会に進化していくのでしょう。

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