【Babel Ⅰ 少女は言葉の旅に出る】 巻き込まれた、ではなく自分の意志が籠められたタイトルが大好きです
Babel Ⅰ 少女は言葉の旅に出る
KADOKAWA 2020年6月17日 初版発行
古宮九時(ふるみや くじ)
2020年の新作、それも「電撃の新文芸」として発刊された今作ですが、知っている方はwebでの連載、さらには旧版という位置づけになってしまった感のある電撃文庫、この二種類が底本として存在しているようです。
ですので、完全新作というわけではないのですが、旧版の文庫しか読んだことがないのであれば、新作のような感覚で読めると思いますよ。私も文庫は読み終えていたのですが、エピソードの追加がされており、より深く楽しむことができました。
内容としては「異世界転生」もの、まぁ主人公の一人である水瀬雫は死んだわけではないので正確には転生ではないのでしょうが、現実世界での生死がどうなったのか描かれていない状態ではあるので、便宜上「異世界転生」として読み進めてみました。
現代の日本で大学生として過ごしていた雫は、何気ない日常から不思議な穴のようなものによって、剣と魔法は実在する世界に降り立ってしまう。言葉は不思議と理解できるが、文字を読むこともできず、どこに行き、何をすればよいのかわからない。そんなときに知り合った魔法士の青年「エリク」に助けられ、日本へ帰る方法を求めて一緒に旅をすることになる。
その見返りは「雫の世界で使われている言葉を教えてほしい」というものだった。
あらすじとしてはこんな感じになるかと思います。
まだまだ話の序盤だと思うし、この1巻だけで何かを語るってのもちょっとどうかと思うのですが、ちょっと好きなポイントを書かせてください。
異世界転生ものによくわる話、転生すると主人公や主人公に関わる人が超常の力を持つってのがあると思います。いや、これが私の思い込みであれば大変申し訳ないのですが、どうもそのように感じるのです。
主人公なんだから、それなりに何かしらを動かせるような力がなければストーリーが進まないってのは理解できるのですが、それにしたって力がインフレしているような気がするのですよ。
それが悪いと言ってるわけじゃないです。
それが嫌いと言ってるわけでもないです。
ほら、料理だってあるじゃないですか。例えばラーメンが大好きだとします。ラーメン全般、どんな味でも好きだとしても、いつもこってり味を食べていれば、たまにはあっさり味が恋しくなるじゃないですか。そんな感じ、わかりません?いや、わからなくてもいいんですけど。。。
Babelの世界は剣と魔法の世界です。雫が異世界に来た時にドラゴン(のようなもの?)を見たりもしています。そのような世界であっても、雫は特に何か力を持っているわけではありません。相方となるエリクですが、魔法士という肩書が物語るように魔法を使うことはできます。できはするのですが、今のところは手から炎が出たりとか、雷を操れるとか、建物を吹き飛ばすとか、そのようなことは何もできません。
二人は「普通の人」と「普通よりもちょっとすごい人」なのです。
この設定が何を意味するのか?
そうです。私やあなたが、仮になんらかの力で異世界転生(死にたくないっすけど。。。)したとします。そのときの状況を雫が先に体験して教えてくれているのです、
私やあなたが異世界転生しても、元々はただの人間です。かなり高い確率で、異世界転生しても、運が良くて人間、悪ければ犬や猫の可能性もあります。あ、でも猫になるのは悪くないかな。
そんな状態で生きていける自信、あります?
私はありません。
生きるだけならギリギリできるかもしれませんが、自我は崩壊してそうです。
この作品は、普通の人間が何の前触れもなく異世界に飛ばされて、それでも希望を捨てずに、自分ができる範囲で全力を尽くして行動していく物語なのです。
まだまだ1巻。
物語としては本当に序盤で、ようやくストーリーが大きく動き出したところで1巻は終わります。
それでも様々な伏線のようなもの、異世界に関する疑問点をあちこちに残してあるので、読んでいて飽きることはないのではないかな。
素晴らしく丁寧に描かれた物語です。
作者の頭の中には、私たちが生きる地球とは別のこの世界が存在しているのでしょう。
強く前に進む姿というのは、こうも胸の奥に突き刺さるのですね。
それでは、ここからは触れていなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。
本当に読みますか?ネタバレありですよ?
では、書いていきます。
本当に普通の人が異世界転生をするとこうなるんだね、っていう見本みたいな作品。
同時に、異世界転生ものを読んだときに、読者が思う「疑問」に応えてくれるのではないかと感じる作品。
異世界じゃなくても、例えば一般的な日本人がアマゾンの奥地に取り残されれば、ほぼ100%の人は現地の方と言葉によるコミュニケーションはとれないと思うんだ。
それはしょうがない。だってわからないんだもん。
言葉がわからないのはもちろん、もしかすればそこに人が住んでたことすらわからなかったかもしれない。
じゃぁ、なぜ異世界転生を体験しても、現地の人とすんなりコミュニケーションをとれるんだろう?
これは誰しもが一度は考えることじゃないかな。
この作品の副題に「少女は言葉の旅に出る」とついているように、言葉が重要なキーワードなのでしょう。
本作では、言葉は通じていました。雫は「日本語が通じてよかった」と作中で語ってましたが、厳密に言えば通じていたわけではなかったのでしょうね。このあたりの理屈がいまいちスッキリしていません。
エリクは、エリクの住む世界には音声言語は1つの共通言語しかないと語っていました。誰もが同じ言葉を話すということは、言葉による混乱が無い世界ともいえるかもしれません。
そんな世界で雫が「日本語」という言葉を話したときに、なぜ意味が通じるのか?
ここがわからんのよなぁ。
普通に考えれば、日本人が海外に遊びに行った状況と同じだと思うのです。そうであれば、相手が何を言っているかわからないし、相手に何を言っても伝わらないはず。ところが、雫の場合は言葉が通じているのです。これ、なんでなんだろう?
しかも、日本語は通じているのに、英語やドイツ語となると意味すら通じていないように読める。
エリクが雫が話すドイツ語を聞いて、「聞いて理解できない言語が存在するのか?」と疑問を発しています。
ということは、日本語は聞いて理解できる言語ということになります。なぜ日本語だけが?
いやー、これが本当にわからない。
何でもありだと仮定するなら、言葉というものはその意味を伝達する手段として存在している。その意味を伝えるために言葉を発しているが、その言葉には所謂「言霊」のような力が宿っており、相手にもその言葉の意味が理解できる場合にのみ、その意味を伝えることができる。
作中で何度がエリクは雫の言葉に首を傾げている。「シガラキヤキ」や「シャシン」がそういった言葉で、こればエリクの世界には存在しないために、音声としては伝わるけれども意味までは伝わらない。これは、日本人がカタカナで表現する「オーマイガッ」みたいなものでしょう。「オーマイガッ」という音声は伝わっても、正しい発音や意味までは伝わらない。
この過程が成立するなら、日本語は通じるのに英語やドイツ語が伝わらないのもありえることになります。雫だって、母国語ではない言葉を話すときには、その言葉が持っている本質までは理解できていないでしょうから。
Babelではどこまでもこの言葉というモノが話の中心に置かれていそうです。
今回の1巻を読んで、私は上記のように考えてみましたが、古宮先生がこの先明かしてくれる言葉の謎がとても楽しみです。
言葉に関してはこんなもんにしておきましょう。延々と書きそうですし。
それにしても、古宮先生は人物を表現するのが本当に上手だと思います。
雫の悩みながらも、前を向いて、変わろうと決意し前進する感じ。
エリクの、淡々と冷静に行動しているようにみせて、同行する雫を気にかけてくれる。
物語というのは、どうしたって自分が話の中心になります。主人公だけではなく、脇を固める者、敵対する者、世界を構成するピースとして登場する者。
それらが生き生きと行動し、話し、喜怒哀楽を表に出しているからこそ物語に深みが出てくるし、読者はそれぞれの登場人物に感情移入していきます。
メアのエピソードもクレアのエピソードも、二人はもちろんエピソードに絡む人物たちはいい動きをしていました。クレアのエピソードでターキスが絡んでくるのも、いかにもターキスらしい行動だなぁって思いましたしね。
物語後半の場内突入のエピソードは、よくある異世界転生ならここで雫の隠された能力が発揮しそうなものですが、何も起こらず、雫は雫のまま。好感が持てる。。。
とはいえ、雫の土地勘の良さってのはかなり高い能力にも思えますし、羨ましくもありますが。
この場内突入編で、今後2巻以降で出てくるであろう主要人物は出そろったことになるのかな?
顔見せのエピソードとしては、雫にはちょっと過酷すぎる感もありますが、多くの方の力を借りて突破するところなんて、本当にドキドキしながら読んでいましたね。どう考えてもピンチの連続でしたし。
最後にはストーリーが破綻することなく、場内からの脱出に成功し、さらに物語の中心である2人を新しい場所へ飛ばすことで、それまでのわちゃわちゃしていた状況をリセットさせて2巻がスタートすることになる。
すごいなぁ。。。
まぁBabelはまだまだストーリーの序盤のようです。
ファルサスなんていう国名が出てきたり、オスカーなんて人名が出てきたり。
言葉の謎もそうですけど、まだまだ楽しめそうな要素はたくさんです。
2巻以降を楽しみに待つとしますか。