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【八月の銀の雪】 降り積もるモノは層を成し、厚く強く成長する

八月の銀の雪
新潮社 2020年12月18日(kindle)
伊与原新(いよはら しん)

この作品は、#読者による文学賞2020の推薦作品です。
私は二次選考を担当いたしましたので、読者による文学賞のHPに、読書感想文とはちょっと異なる「選評」なるものを書いております。
偉そうに書けるほど文学に精通しているわけではありませんが、そちらもリンクを貼っておきますので、読んでいただけるとありがたいです。
読者による文学賞のHPはこちらです。

本作は表題作を含む5作の短編から構成される連作小説です。
この作品は、非常に読みやすく、また多くの方が共感できそうなテーマを含んでいながら、決してそれが押しつけるような感じはなく、主人公達の成長や決心に自分も背中をそっと押されるような、そんな暖かさを感じました。

5作の中でも、表題作の「八月の銀の雪」と「十万年の西風」は心に強く残りましたね。
八月の雪というだけで不思議な響きなのに、「銀の雪」なのです。とてもタイトルからは物語の内容が想像できません。
この物語の主人公は就活がうまくいかない大学四年生の堀川という男。よく行くコンビニで大学時代の友人と出会うところから物語は始まる。
この物語の特筆すべきところは、日常なんですよ。どこにでもありそうな、誰もが経験しそうなそんな日常。
就活が上手くいかなくて途方にくれる。
近所のコンビニでは、日本語があまり上手ではないバイトがお客さんに怒られたりしている。
大学の時にあまり仲良くなかった友人は、投資の仕事をしないかと誘ってくる。
自分のやりたいことはできないが、やりたくないことは断りきれない。
どこかで聞いたことがありそうでしょう?
ところが。堀川の日常は急速に変化を迎えることになる。
きっかけは、堀川がコンビニで出会った清田という大学時代の友人。この友人から投資話を持ちかけられ、イートインスペースで話を聞くことになる。
後日、投資話の手伝いをするためにコンビニで待ち合わせると、清田とコンビニの外国人バイトが揉めている。先日、イートインスペースで何かを視ていないか?ということだった。この「何か」というものが、その後の堀川に大きなきっかけを与えることになる。
そんな物語。
これね、本当に呼んでほしい。
何気ない日常から、自分と関係のない日常を垣間見たときに、自分の日常だって誰かの特別な何かになりえる可能性があると理解できる。
全員が全員そうではないかもしれないし、垣間見ることによってさらに悪い流れになるかもしれないけど、それまでの日常を吹き飛ばすには十分な力があると思う。

十万年の西風は「凧」がストーリーの中心となります。最近はほとんど見かけなくなりましたが、若い方は凧ってわかりますかね?
凧を上げる際に必要不可欠なのが「風」ですが、風は目に見えません。木々が揺れたり、肌で感じたり、そうした感覚で風は認識するしかないのですが、確かに風という現象はそこにあります。
木々が揺らされるのは一瞬の出来事ですが、あらゆる時代に、あらゆる場所で風は吹き続けています。私たちは遥かな過去や、遥かな未来のことはわかりません。ですが、今この時代を生きていく中で、風のようにいつでも変わりなく、だが時には強く、そして優しく、その時の合わせて行動するしかありません。
この作品を読み終えたときに、そんなことを感じました。

両方とも、もっと言えば本作品に収録されている5作品全てに共通しているのは、ほんの少しの変化やきっかけから、自分では考えもしなかった道や方向性が見えてくるということ。
最後にハッピーエンドが待っているわけではない。
もちろんバッドエンドになるわけでもない。
この作品の素晴らしいところは、悩みながらも、迷いながらも、流される日常から脱却するための「何か」を探しだし、あるいは見つけだし、自分で行動を起こすこと。

本作を読むことで、迷いや不幸が無くなるとは言いませんが、自分に足りないもの、必要なことは見つかるかもしれません。
是非、手にとっていただき、読んでほしい作品です。


それでは、ここからは触れてこなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。









本当に読みますか?ネタバレありですよ?


では、書いていきます。

人間が自分の必要なものを見つけるのは難しいことなのかもしれないが、見つけるために行動を始めるというのは、何気ないきっかけなのかもしれないと、本作を読んで感じました。
自分で掴みにいくことは難しいが、掴むための行動をすることで、意識せず周囲の協力を得られるかもしれない。

表題作の「八月の銀の雪」では、人を見る角度を変えるだけで、世界が大きく変貌した。表面を見て判断するのではなく、その人を知れば知るほどその人の別の層が出てくる。深く知れば当たり前なのだが、それすら気づけない人も多い。
堀川の変化はもちろんですが、堀川からの言葉によって清田にも若干の変化が見られました。堀川以上に清田が変わっていくには時間を要するかもしれませんが、物語では書かれていない清田のその後についても、なんとなくエールを送りたくなります。
実際、どうでもいいと考えていた論文のレポートを清田が探し出し、堀川に渡したというのは、どこかで何かが違うと感じていたのでしょうね。

「海へ還る日」では、自分の狭い世界に囚われすぎていた野村が、宮下と出会うことにより、徐々に解放されていく。その中には、宮下だけではなく、娘の存在も大きい。自分が考えているよりも、娘は大きな夢を持ち、語り、育っていく。最後の決心は野村の人生に何かの影響を及ぼすことではないかもしれないが、それまでは還る海を探していた野村が水平線に向けて一歩を踏み出したのが印象深い。

「アルノーと檸檬」は、人はそれぞれの歴史を持ち、現在を生きているという物語。一話の鳩が、ここまで話を広げるとは思わなかったし、たまたまアルノーの住処となっていた段ボールにかかれていた檸檬が主人公の園田に強い影響を与えるとはね。人生に挫折したという負い目を持ち、帰る場所も捨てたと思っていた園田を変えてくれたのは、帰る家を失った伝書鳩アルノー。この物語は園田が現状から抜け出す場面で終わるのが印象的でした。

「玻璃を拾う」は、少年少女ではなく、不器用な男女によるボーイ・ミーツ・ガール。正直な話、この作品については二人が恋仲になるのではなく、異なった分野で切磋琢磨するような作品になるのかな、と思って読んでました。
二人が惹かれあう展開というのは、読んでいて誰しもが予想し、期待する展開だと思うので、あえてそこは外してくるのかな、と。

「十万年の西風」は地球の壮大さと穏やかに激しく流れる時間と強く生きる人間の話。凧の話から、ここまで大きく話を広げるとは驚きです。滝口の淡々として口調と、父親への想いは熱く胸にい届いてくる。
特に大きく盛り上がる場面があるわけではないですが、作品全体の最後を静かに、それでも力強く締めてくれた作品です。
滝口が語った父親への思いと、父親に見せるように凧を上げ続ける姿は、この作品をラストを飾るに相応しいストーリーでした。

うん、やはり表題作の「八月の銀の雪」か頭一つ以上に飛び抜けて素晴らしい。「十万年の西風」も好きなんだけどね。
5つの作品全ての完成度が高いけど、「八月の銀の雪」に関しては、話の構成が大好きです。自分に自信を失っている男性、家族のために必死に生きているベトナムの女性。調子のいい大学の同期。
どんなストーリーになるのだろうか、男女の仲に話が進んでしまうのだろうか。
そして「銀の雪」とは何を指しているのか。
全く予想できませんでした。
堀川については、明らかに流されている前半部分と、グエンと知り合ってから徐々に、本当に遅い歩みではあるが、前に向かって進んでいく後半部分。これ、グエンの言葉によって誘導というか、励まされているようにも読めますが、堀川の内側に変化が起きていることは読みとれるような気がします。
作中では、その変化によってどのような結果になったのかまでは書かれていませんが、おそらく就活の二次面接で自分がそれまでに夢中になって取り組んできた段ボールのロボットを誇らしげに話したんだろうな。自分が好きなことについて語る時って、自然と相手に対して真っ直ぐに伝えるようになるし、顔だって俯かずに前をみているはず。
誰しもが自分の「何か」を見つければ、そんな自信のある行動ができるんじゃないかな。その「何か」を見つけるのも大変なことではあるけど、見つかってしまえばこっちのもの。だから、見つかるまで色々な経験をするんだろうし、年齢を重ねてから見つかったとしても遅いということは決してないはず。
私も、まだその「何か」を見つけてはいないのかもしれない。
それでも、こんな文章を書いてnoteで公開していることを楽しんで続けているのだから、あと数十年後に「何か」を見つけていたことに気づくかもしれないね。
それはそれで幸せな人生なのかもしれない。
もっと夢中になれる「何か」が見つかるのであれば、それは間違いなく幸せな人生でしょう。
大事なことは、自分で探しにいくこと。
そして、トライし、続けること。
簡単だけど難しい。
それでも夢に向かって、自分の信じる何かに向かって進んでいくために努力することは、きっと楽しいんだろうな。

それから「銀の雪」について。
気になって調べてみたら、仮説として「鉄の雪が降り積もる」ことを紹介しているHPがありました。残念ながら、その記事の内容については難しくて理解できなかったです。それでも、私たち人間は「想像」することができます。
地球の奥深くの中心部分で、一面銀の内核表層に結晶化した鉄が雪のように降りつもる。液体の外郭に包まれながらも、その銀の雪は互いに接触し、高温の中にあって接触による涼しげな音が僅かに響く。
私が生きている間にその音を聞くことはできないかもしれません。ですが、いつの日か、それが可能になる技術が誕生する可能性はあります。
それは、こつこつと地道に何かを積み重ね、研鑽し、時間をかけた結果でしょう。
その努力は自分の中に蓄積されるので、他人からのぞき見ることはできないかもしれませんが、本人にとってみれば内核の銀の雪のように静かに降り積もるものなのでしょう。

本当に素敵な作品でした。
推薦してくれた方、本当にありがとうございました。

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