【EYES 廃物件捜査班】視えるからこそ戸惑い、視えないからこそ暴く
EYES 廃物件捜査班
角川春樹事務所 2020年7月18日第一刷発行
柿本みづほ(かきもと みづほ)
この作品は、#読者による文学賞2020の推薦作品です。
私は二次選考を担当いたしましたので、読者による文学賞のHPに、読書感想文とはちょっと異なる「選評」なるものを書いております。
偉そうに書けるほど文学に精通しているわけではありませんが、そちらもリンクを貼っておきますので、読んでいただけるとありがたいです。
読者による文学賞のHPはこちらです。
超常の能力を持つ女性警察官が主人公のこの作品。
人間の持つ力を越えた能力というものは、その能力の種類を問わず、使い方によっては作品が本来持ちうる魅力を損なう可能性があります。
チートと呼ばれるような、その能力だけで本来のバランスを壊しかねない力のことですね。状況捜査も遺留品もアリバイも関係なく、その能力で犯人を追いつめてしまう。
書き方によっては爽快さを伴うこともありますが、読者を置いてけぼりにする可能性もあり、非常に難しい設定だと思います。
それでは、本作は?
主人公である吉灘麻耶が持つ能力は「過去の情報を視ることができる」という、警察という職業には非常にアドバンテージを持つ能力。この能力は、警察という設定を意味のないものにしてしまう可能性があります。そこで、作者はこの能力に枷をはめることで物語のバランスをとることに成功しています。
その枷とは「過去を視る能力は、その場所が【廃墟】であること」と「同じ過去を何度も視ると正気を失う」というもの。
廃墟でなければ能力は発揮できないので、かなり限定的な能力になります。
さらに、同じ場所を視ることができないとなれば、曖昧な表現でもその曖昧さを明確にすることはできず、読者をもやもやとした想いのままに物語を進めることが可能です。これであれば、警察小説の醍醐味でもある地道な捜査や署内の管轄争い等が生きてくるかもしれない。
そんなわけで、本作は読み応えのある作品となっています。
舞台は北海道。この北海道ってのも珍しいような気がする、警察小説って都市部で繰り広げられるイメージが強かったかな。私の思いこみかもしれないけど。
温泉の廃旅館が現場となるため、麻耶の能力は使える場所となります。その廃旅館で火災が発生し、現場に駆けつけた麻耶は「異様な人影」を視てしまい、何者かの感情が濁流のように流れ込んできて、自分の意志で動けなくなってしまう。
そんなストーリー。
麻耶が人を越える能力を持っていたとはいえ、簡単な解決には至らせない「同じ場所は再び視てはいけない」という制限が重くのしかかり、麻耶はもちろんですが、読み手の私たちまでも「もう一回視れれば」とか「視たことを信じてくれれば」というジレンマを抱えながら物語が進みます。
この、ジレンマが物語を読むに当たって適度なストレスとなるのです。ただし、ストレスというものは、それが解消されたときの爽快感もセットです。
この爽快感、ミステリーを読むうえでの楽しみの一つでしょう。
味わえます。
それはもう、ギリギリとガマンさせられた分、ビッグウェーブが襲ってきますよ。
ミステリー好きは味わうべきじゃないかな。
それでは、ここからは触れてこなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。
本当に読みますか?ネタバレありですよ?
では、書いていきます。
さて、警察という組織と超能力?という組み合わせは、非常に危険な香りがします。
警察と言えば、地道に捜査を積み重ね、確かな証言を数多く集め、外堀を埋めた後に本丸まで全ての罠を解除しながら進むような、地味できつい作業の繰り返しです。
その努力が、圧倒的な説得力を生み出すのです。
しかし、超能力。
地道な捜査や確かな証言など必要としません。
理屈ではないのです。能力をもった者には、その解決が「視えている」のですから。
この2つが同じ組織内に存在すれば、衝突するのは避けられません。
もちろん、本作でもそのあたりは丁寧に書かれています。
能力を持つ麻耶がちやほやされることは決してなく、むしろその存在を消し去るかのように、麻耶はひたすら窓際へと追い込まれているのですから。
登場人物に関しては、ちょっとだけ「ありがち」な部分もあるかな、って感じもしますが、どうしても「窓際の部署」という設定のため仕方がないのでしょうね。
厳しくも愛情ある上司、ちょっととぼけた、でも頼りになる部下、昼行灯という言葉がしっくりくる同僚。ありがちかもしれませんが、全員が生き生きと書かれているので、そこで気になることはないと思います。
特に麻耶の上司である白石は麻耶の父親と知り合いであり、麻耶が不幸な事故で目に何らかの力を宿していることを理解し、それでも警察という組織のあり方で麻耶に接してくれる。
本質的には優しい人であろう。
どれだけ厳しい、凛とした雰囲気を纏ってはいても、切迫した場面では素の部分が出てきてしまう。麻耶が超能力だけでに頼ることのないよう、周囲から浮いた存在にならないよう、「普通の」警察官として成長してほしいという気持ちが感じられる。
おそらく目を使った捜査にいい顔をしないのは、麻耶の警察官としての成長によくない影響があると考える親心からだろう。
ただし、麻耶はその目を有効に使うことで解決できない事件の手がかりを得られることもあると考えている節があるため、現時点ではお互いに理解しあえていない。まぁそれも実の親子のやりとりを視ているようで、なかなか楽しめる。
肝心の事件については、ちょっと中盤から事件のおおまかな外郭が見えてしまうため、ミステリーという楽しみは減ってしまうかもしれないが、事件の展開、人の関わり、そして何よりも超能力を持つ麻耶は、視ることができるだけで、警察官としてはまだまだ成長途中であると思わせる拘束をされた場面で、もしかすれば作者は、この作品と今後発表されるかもしれない続編において、麻耶の警察官としての成長を描こうとしているのではないかと感じました。
事件を解決するきっかけになる超能力も、本人の警察官としての技量や備えが足りなければ、自分を危機に陥れるものにもなりうるという、そんなストーリーを描こうとしていたのかもしれません。
そう思えば、ラスト近くで麻耶が絶体絶命まで追い込まれたときに、麻耶を救ったのは白石のヒールで放った回し蹴りというのは、まだまだヒヨコですよってことを、白石自ら見せつけたシーンだったのかもしれません。
ラストシーンで麻耶も触れていたように、この作品は麻耶という女性が何かに一歩を踏み出した、そんな事件だったのでしょう。
麻耶がこの先警察官として成長していくのか、師匠のように悔退師として道を模索するのか、それは作者にもわからないかもしれません。
ですが、間違いないのは、これだけ恵まれた環境で警察官として日々を過ごしていく麻耶が、目の使いすぎで彼岸に進むことだけはない、と断言できます。
麻耶の成長を見届ける、そんな次作を待つことにしましょうか。
サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…