【どうかこの声が、あなたに届きますように】 読者による文学賞 第一回受賞作品です

どうかこの声が、あなたに届きますように
文藝春秋 2019年9月10日 第1刷
浅葉なつ(あさば なつ)

私は、大学卒業後に書店に就職しました。バイト時代を含めれば、7年間ほど働いていましたので、それなりに出版業界や書店界隈の情報を知ることができました。
今はどうかわかりませんが、その当時でも毎日多くの本が発行されていましたが、私の働いていた書店には全てが入荷するわけではなく、取次さんが決めた配本数が届いておりました。
数十冊入荷する本、新刊なのに数冊しか入らない本、それさえもまだましで、新刊なのに入荷すら無い本。
これだけ多くの本が世にでているのに、作者の想いが詰まった作品が発行されているはずなのに、その想いすら手に取る機会が与えられない本。

作者の気持ちは読者に届いているのでしょうか。

そんなことを思い出してしまったこの作品は、私に出版業界のモヤモヤを自分たちで変えるチャンスを与えてくれた「読者による文学賞」の第一回受賞作品となりました。
今までの経験や気持ちというのは、いつどこで回収されるかわかりませんね。読者による文学賞は、私に色々なものを与えてくれました。それだけに、今回受賞したこの作品はずっと私の記憶に残ると思います。

この作品の主人公は小松奈々子という女性。過去に地下アイドルとして活動していました。
作中での奈々子は常にマスクをしているので、過去に何かあったことは推測できますが、そのあたりの話は作品中で語られていますので、ここでは割愛します。
ストーリーは、ラジオ番組に様々な状況でかかわる方について語られます。そのラジオ番組にアシスタントして参加する奈々子はもちろん、奈々子の放送を聞いたリスナーに注目されたり、場面は切り替わりますが全く読みにくさはなく、むしろ各章(作品中ではTALK#01~07と書かれています)の繋がりもあり、ストーリーは把握しやすいと思います。

ラジオ番組がストーリーの中心にあり、作品タイトルである「どうかこの声が、あなたに届きますように」という言葉。奈々子の「常にマスクをしている」という設定からしても、読む前から奈々子の成長というか、過去の記憶からの脱却が書かれるだろうことは予想できます。
できるのですが、それはストーリーからしたらほんの一部。
「声が聞こえますか?」という問いかけではなく、「声が届きますように」という奈々子からリスナーへの願い。ラジオから流れてくるパーソナリティの声を聴くことは、ラジオをつければ誰でも可能です。ラジオさえつけてくれれば、声が届かないわけがありません。それでも、なぜ「届きますように」と願うのか。
地下アイドルからドロップアウトし、自分を見失い、ラジオのアシスタントとして活動を再開してからも奈々子は順風満帆とは言えないほど、悩み、苦しみ、迷います。
この苦悩と奈々子はどのように向き合うのか。

人が成長する機会というのは、その人によって異なること思います。
過去の記憶から抜け出すことは容易ではなく、目の前にある障壁を超えることもまた容易ではありません。
ラジオの放送を通して、奈々子の声、それも作られたキャラクターではなく小松奈々子としての正直な、素直な言葉は多くのリスナーに影響を与え、その反響の声は奈々子に影響を与えます。

奈々子の想い。声で変えられる何かがあるのなら。
だからこそ、声が届いてほしい。
この奈々子の想いは、作中のリスナーだけではなく、私たち読者の心にも強く響きます。
それだけに、私が読み終わったときの感想は「面白かった」「感動した」という言葉ではなく、「ありがとう」という言葉でした。

読まなければ奈々子の想い、言葉は届きません。
記念すべき読者による文学賞の受賞作品を是非読んでいただき、奈々子の想いを感じてみてください。

それでは、ここからは触れていなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。









本当に読みますか?ネタバレありですよ?


では、書いていきます。


ありがとう、という言葉は独語の感想として有りなのだろうか。
作者としては、面白かった、感動した、と言われたほうが嬉しいのだろうか。
それでも、この作品を読んだ私の感想は「ありがとう」です。
それは作者に対してかもしれませんし、小松奈々子に対してかもしれません。両方かもしれませんね。

奈々子が夏海として活動をしている中で、ずっと外すことがなかったマスク。過去の記憶というものは、そう簡単に拭い去れるものではないと知ってはいますが、それでも前向きに活動する奈々子を見ていると、応援したくなってしまいます。
この作品を読んだ方の多くが、奈々子という人物に「好き」という感情を抱くのではないでしょうか。応援したくなるような、それでいて応援されるような存在。それが奈々子という人物なのでしょう。
それだけに、物語の最後の最後、常に顎に引っ掛けていたマスクを外し、公開収録でリスナーに顔を晒したうえで、目の前のリスナーとラジオの向こう側にいるリスナーへ声が届きますように、と願う。
このラストシーンが本当に最高潮の盛り上がりでしょう。とても綺麗な終わり方だと思います。このラストシーンから書かれていない未来にも、奈々子は変わらず悩んだり、楽しんだりしながら、多くのリスナーに声を届けているのでしょう。

正直、最初は読むのがつらかったです。私は読むジャンルが偏っており、明らかに感動しそうな作品や涙が流れるような悲しい作品は避ける傾向があります。理由は自分でもわかりませんが、おそらく引きずってしまうからでしょう。ですので、この作品のタイトルや作品紹介の文章で、ちょっと苦手かもしれないと感じていました。
ただ、せっかく読者による文学賞に参加したのですから、普段読まないような作品にも手を出したいとも思っていたので、二次選考の作品を選ぶ際に希望したのですが、選ぶ順位でこの作品は私ではない方が担当することになりました。
結果的には良かったかもしれません。読めなかったことで読みたい欲が高まり、一気に読んでしまいました。
感動しました。
泣きそうな場面もありました。
特に、ラジオ番組のコーナーで家族に関しての悩みを中学生の子から相談されたときに、最初こそ差しさわりのない回答で答えようとしていた奈々子が、自分の母親のことを話し始め、そこから何かに立ち向かうかのように奈々子の本音と本気の言葉で死んでほしくないことを伝えきった場面では、鳥肌が立つような感じで、聴こえない奈々子の声が文庫から自分の胸に浸透するように響きました。

浅葉先生がどのような気持ちで奈々子の言葉を考え、文章にしたかわかりませんが、40歳も半ばの男性に突き刺さるように心に響かせ、前向きにさせる力を持たせてくれたことは、感謝の気持ちしかありません。

この作品を読んだ方には、奈々子の声はどのように届いたのでしょう。
同じ作品、同じストーリー、同じ文章だとしても、読んだ方の立場や年齢でその感じ方は大きく変わると思います。私がこのようなnoteでのレビューを書くという活動を始めたのは、そういった様々な方の感想を聞いてみたいと思ったからです。
特にこの作品は、読んだときの状況で大きく変わると思うのです。
是非、聴かせてください。

あなたには、この作品の声が、どのように届きましたか?

サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…