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【仕立屋探偵 桐ヶ谷京介】 少女の笑顔と青年の喜怒哀楽

仕立屋探偵 桐ヶ谷京介
講談社 小説現代 2020年10月号掲載
川瀬七緒(かわせ ななお)


こんなミステリーは初めて読みました!

事件を解決する警察はもちろん、世界中に名探偵が登場しておりますが、昨今では警察や探偵とは全く縁のない素人が事件を解決してしまうような展開がよくみられます。
ですが、本作の主人公である桐ヶ谷京介の職業は「服飾ブローカー」という、なんとも聞き覚えのない言葉。
調べてみましょう。
おそらくですが、ブローカーとは「商行為の媒介を業とする者のこと」を指しているようです。
とすると、服飾ブローカーとは「売り手と買い手、あるいは売り手と技術者をつなぐ者」と言い換えることができるでしょう。
そのうえで、この桐ヶ谷は美術解剖学を徹底的に研究したことから、人体の特徴が手に取るようにわかってしまう。歩く時のバランスや特徴的な服の皺、加齢と筋肉のバランス、そんな情報から、対象者の身体を分析できてしまう。実際にそのようなことができるかどうかわかりませんが、世の中には想像を遥かに超えてくる方が多くいらっしゃるので、もしかしたら可能な技術なのかもしれません。

さて、物語の舞台となるのは高円寺南商店街という、古き良き文化を残しながらも若者も楽しんでいる、そんな場所。商店街なのにお店をだしているわけではない桐ヶ谷は、異質な存在とみなされてはいるものの、疎外されるわけでもなく暮らしている。
高円寺という街について詳しくわからないので、モデルになった商店街があるかどうかわかりませんが、今はほぼ無くなってしまった商店街という形態は、ちょっと暮らしてみたいとは思ってしまいますね。
私が大学時代に暮らしていたところは、商店街こそなかったのですが、アパートの近くに個人で経営しているお肉屋さんとお魚屋さんがあり、お買い物をするたびにおまけしてもらったり、料理レシピを教えてもらったり、とてもありがたい存在でした。商店街も、そんな温かさが残ってる雰囲気が好きです。
話がそれた。
そんな穏やかな場所を拠点として服飾ブローカーとして活動している桐ヶ谷が、なぜ事件に巻き込まれてしまうのか。このきっかけがテレビ番組というのも、なかなか見ない設定かも。
その番組というのは公開捜査に関する番組で、過去に起きた未解決事件を特集していたものですが、桐ヶ谷が見た画面に映されていたのは、古めかしいデザインのワンピース。それも、現代ではめったに見ない奇抜な柄。服飾、さらには美術解剖学を極めた桐ヶ谷は、その奇抜な柄もさることながら一目見ただけでわかるレベルのデザインと、ところどころに見られる稚拙さとのちぐはぐさを感じ取る。
淡々と放映される番組の情報から、このワンピースは取り壊しが決められていた団地の一室に遺棄されていた少女だったことを知り、一つ決心をする。
それまでも桐ヶ谷は、街中ですれちがう子供の服装から、虐待されているのではという痕跡を何度も見てきた。確たる証拠ではないため、通報しても取り合ってもらえないが、服飾の、さらには人体のプロである桐ヶ谷は核心できるほどの痕跡だった。
そのような経緯もあり、今回の奇抜ながらのワンピースも桐ヶ谷が見れば警察が知りえぬ情報が読み取れる。
自分だったら、生地の出どころ、どこで縫製されたのか、どこで売られていたのか、そういった情報に辿り着けるかもしれないと感じ、できることから動き出していく。
あらすじとしては、こんな感じですか。

主人公の桐ヶ谷は、この事件を追うことからもわかるように、様々なものを見たり、聴いたり、調べたりするうちに、事件や事件に関することについて感情が大きく揺れていきます。
ときに怒り、悲しみ、怯える。楽しさや喜びというのは表面にはでてこないものの、自分の情報に耳を貸さない警察に対して、先に情報を掴んだという自負はあったかもしれない。
そうした桐ヶ谷の感情が動くたびに、読者である私たちも桐ヶ谷の心に同調するかのように、感情が揺れ動きます。よほどのめり込んで読まなければ、このような読書体験はできません。
服飾というあまり馴染みのない世界を扱った話ですが、あまり詰まらずに読むことができたのは、この感情の同調と、作者の紡ぐ文章のおかげかもしれません。
本当に読みやすかった。

うん、これね、すごく面白い作品でした。
私は今回小説現代に掲載されていたのを読ませていただきました。作品自体は、2021年3月に講談社から単行本として発行される予定とのことです。あまり内容を書いてしまうのもどうかと思い、あらすじだけを書かせてもらいましたが、本当にすごいよ。
洋服が遺留品として残されているとか、洋服に血痕が残っているとか。そういったことであれば、過去にも何度もミステリーで使われてますね。本作がそれらと異なるのは、洋服事態に事件の概要を語らせている、という点です。まぁ正確には洋服が喋るのではなく、桐ヶ谷が洋服に残された痕跡、縫い方、釦(これ、ボタンって読むのを初めて知りました)等の小物、デザインや柄、そういったものから事件外堀を埋めていって真実に近づいていく、ということになるのでしょう。
こんな設定読んだことないです。
初めて読んだ作者さんなので、ちょっとWikiで調べてみたのですが、なるほど、川瀬さんは文化服飾学院を卒業し、服飾の会社にも就職してました。その際、子供服のデザインを手掛けていたそうで、そういった経験がおそらく本作に生かされているのでしょうね。
なんでもそうですけど、経験というのは無駄になることはないのかな、と感じます。
苦労を買ってでもしようとは言いませんけど、何事もチャレンジしてみるのは大事なことなのかもしれません。

まだ単行本も出ていない段階で気が早いってのはわかってますけど、これは書かせてください。
続きが読みたい!
ラストシーンは読者がそう思うことを想定していたのか、作者様も続きが書きたかったのか、続編を匂わせる感じはありました。
名探偵ではないし、カリスマ性があるってわけでもないですけど、また桐ヶ谷に会いたいなーって思います。
それこそ、商店街の片隅にある喫茶店でコーヒーでも飲みながら、「そういえば、この前こんなことがあってさ。。。」みたいな感じのお話を聞かせてほしいなぁ。


この作品は2021年3月に単行本として発行される予定です。
いつものようにネタバレを書くのは、これから発行される作品に失礼だと思いますし、加筆・修正もあるでしょうから、今回はネタバレ無しにしますね。

サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…