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【怪談喫茶ニライカナイ】 怪異は受けるのか、引き寄せるのか

怪談喫茶ニライカナイ
PHP研究所 2020年7月21日 第1版第1刷
蒼月海里(あおつき かいり)

この作品は、#読者による文学賞2020の推薦作品です。
私は二次選考を担当いたしましたので、読者による文学賞のHPに、読書感想文とはちょっと異なる「選評」なるものを書いております。
偉そうに書けるほど文学に精通しているわけではありませんが、そちらもリンクを貼っておきますので読んでいただけるとありがたいです。
読者による文学賞のHPはこちらです。

怪談喫茶という響きと、表紙に使われている印象的なイラスト。
この作品を読んでみたいと思った理由ですね。ジャケ買いですね。
前回の読者による文学賞でも、「オカルトちゃんねる」という怖い作品を読ませていただきましたが、今回の読者による文学賞でも選択しちゃいました。

喫茶店、よく行ったりしますか?
最近は某コーヒーショップのような形のお店が主流かもしれませんが、昔ながらの喫茶店というのも、なかなか良いものですよ。
店内に入ると、やや古めかしいオーディオ機器から控えめな音量でジャズなんかが流れている。マスターこだわりのコーヒーを注文し、極上の時間を過ごしながら読書を楽しむ。
自分の部屋でもできそうなことですが、喫茶店での体験というのは、何か特別なものに感じていたんですよね。コーヒー一杯しか注文していないのに、マスターは何も言わずに最高の場所を提供してくれて、私はその好意を遠慮なく受け取り、読書に耽る。

さて、私の思い出はおいといて、怪談喫茶です。
ニライカナイという名前のその喫茶店は、行きたくてもたどり着けない喫茶店です。店を訪れる条件は「怪談を持っている」こと。
普通の、何気ない日常に潜む、その人にまつわる怪異を体験したときこそ、喫茶ニライカナイに入店できるタイミング。
その店内はニライカナイという店名が表すように、海の底、遙か彼方に存在するという異界そのもの。
そして、迷い込んだ客人をもてなすのは、絵画と見紛う程に中性的な容姿を持つ浅葱という男。
来訪者をお茶でもてなし、心を落ち着かせ、そして告げる。

「お茶のお代に怪談を聞かせてほしい」

うん、いいぞいいぞ。
表紙やタイトルに負けないくらい、魅力的なストーリーが展開されている。

おおまかな設定は上に書いたような感じですが、実際のストーリーは作中で最初にニライカナイを訪れる雨宮志朗を中心に、雨宮の住む東京都江東区にある「綿津岬」という町に起こる怪異を描いていきます。
読み始めた頃は短編連作のような形なのかな?とも思いましたが、しっかりと全てのストーリーがつながっておりました。短編連作と勘違いするってことは、ある程度の文量でストーリーが進んでいくので、読みやすいってことあもしれません。
まぁ、読みやすいとはいえ、そこはホラー。
しっかり怖がらせにきますよ。
ホラーというと、どうしてもさ映像による恐怖が最初に思いつきますよね。
白い服を着た、長い黒髪の女性や、白塗りの顔で気が付くと部屋の暗がりに立ってたりする子供なんかは有名というか、誰もが思いつくホラーのインボルかなと思います。
ところが、この作品の怖さというのは、そういった視覚に訴える怖さではないのです。もちろん、ストーリーの中で語られる怪異は、視覚に訴える怖さもあります。ですが、読み手である私たちは、それを読んだ後に、その怪異が自分に降りかかったら、ということを考えるはずです。怪異を想像して背筋が冷たくなり、背後や暗がりといった場所に潜む「何か」に怯えてしまう。そんなホラーじゃないかな。

世界観はしっかり練られているし、表紙に書かれたニライカナイの店主である浅葱さんに代表されるように登場人物も魅力的。もちろん、ホラー要素はたっぷりと盛られていながら、読了感は不思議と爽やかな感じさえあります。
読みやすい作品なので、ちょっとホラーを試してみたい方にはおすすめですよ。


それでは、ここからは触れてこなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。









本当に読みますか?ネタバレありですよ?


では、書いていきます。

うん、普通に楽しめました。
ちょっとストーリーの進み方に強引な部分があり、気になりましたが、没入感を損なうほどではなかったです。
一ノ瀬と雨宮の最初の会話なんかは、初対面の店員と客という関係で、この土地に怖いモノがでる、なんて会話を突然するかなぁなんて思ったり。
白いワゴン車に轢かれそうになったことも、ちょっと違和感だったかな。

それでも、そういったことを差し引いても、この作品は楽しめました。
怪異の原因が「何かわからないモノ」でまとめることなく、原因をしっかり説明し、原因と向かい合ったからこそ怪異から離れることができる。その中心にあるのが喫茶店ニライカナイと店主の浅葱。
なるほど、と思ってしまいます。
怪異であるから、その原因は「死者の怨念」とか「何か怪しいモノ」とか、それ系でくるのかと思っていたんですけど、怪異の原因を自分の経験や記憶、そういった自分の精神面・考え方等に見出し、そこに向き合うことで怪異を克服していく。起きている現象はホラーなのですが、解決する方法は現実と向き合うという、なかなか読んだことのない展開でした。
考えてみれば、精神的に弱っているときや何かに怯えているときは、普段は何も気にならない事象にも過敏に反応してしまいがちです。
部屋の隅に暗がりがあれば、そこに何かが潜んでいるように考えてしまうし、窓の外で何かが揺れても怪異と感じてしまう。
たしかに、怪異の原因として精神的な部分というのは、ありかもしれません。

物語の展開として、雨宮の話から始まり、そこから自然な流れで一ノ瀬の話と移っていったので、短編連作かなとも思ったのですが、人物紹介を兼ねながら綿津岬という場所の紹介もしていく。
そして、怪異を通じてニライカナイ、浅葱を登場させる。
とても自然で読みやすい作中設定の説明ですよね。押しつけるんじゃなくて、読んでいくうちに自然と頭に入ってくるのはありがたい。

ストーリーの早い段階で、海に関する描写が多いこと、ニライカナイという喫茶店の名前から、マレビトや蛭子、胎児といった何かが関連してることは、なんとなく予想できました。
海神神社の存在も、その予想に裏付けるような感もありました。
それでもね、雨宮が祭りの最中に海に落とされたときに、海中で胎児を見るという描写が出てくるとは思わなかった。
これ、想像するとかなり不気味ですよ?
海中で潜ったりしているときに、岩陰から突然魚が出てきたりすると、海中なのに悲鳴上げたくなるくらいに怖いんですよ。
海中にいうのが当たり前の、普段から見慣れている魚でもそうなのに、海に胎児がいるところを想像したら、気を失うレベルで怖い。

海から生命が生まれた、ということであれば、胎児というのはそれを具現化したということなのでしょうか。では、なぜ綿津岬という場所に胎児が存在しているのか、ということになるんですけど、もしかしたら神々の最初の子供である蛭子が眠っている地であることを暗示しているのでしょうか。
海神神社の中には胎児の絵があったこと、えびす様がまつられていたこと、人形を海に投げ入れる祭り。何かがつながりそうで、絶妙にぴったりとははまらない感じ。
綿津岬という土地の謎とニライカナイという現実には存在しない喫茶店。
それらの謎を解くためのヒントとなるピースは結構存在するのですが、そのピースをどのように組み合わせればいいのかがわからない。
絶妙に、もどかしい。。。
後半に出てくる人物も、直線的でありながらするりと逃げるように謎とからめない。牛尾家、漣家、神隠しにあった少年。重要な人物であることは間違いないんだけどね。

残念なのは、この作品だけでは何も解決に至らなかったこと。
おそらく最初から続編を書くことが決まっていたのでしょうが、この作品だけですっきりする終わり方をしつつ、次作へ引っ張れるような展開をしてほしかったかな。
それでも、早く綿津岬に戻りたいと思ってしまうのだから、この作品は魅力的なのでしょう。
期待して、待ちましょうか。

サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…