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Gaddaar / Bloodywood 歌詞全和訳(解説・韻分析付き)

BloodywoodのGaddaarを日本語訳しました。サビ以外は主に公式の英語訳から訳しています。ラップ部分は少し解釈が分かれそうな部分もありますが、とりあえず自分の解釈で訳しました。
一部、より正確な歌詞の理解のため、同じ歌詞に対してより作り込んだ歌詞訳と、ほぼ直訳の口語訳を付けています。原文の下、上段が歌詞訳、下段文字色灰色が口語訳です。
ラップの部分はできるだけ英語のリズムに合うように、韻を踏んでいる部分はできるだけ韻を踏むように訳したので、本家を聴きながら読んでいただくのがおすすめです。
I included an English explanation of the Japanese translation of rap lyrics in the section “Notes on Japanese Translation”.

サビは簡潔でキャッチーですが、意味が意外と難しいです。私自身も英語以外に原語(パンジャーブ語及びヒンディー語?)の単語を調べて訳すまでよく分かっていなかったと思います。"Take a bow"「お辞儀をしろ」ですが、なぜお辞儀をさせようとしているのか。
公式の英語訳だけからは想像のつかない訳になったと思いますが、歌詞全訳の後に訳の過程を解説しているので併せて読んでいただけたら幸いです。

[2023/09/08追記:CDのライナーノーツに載っている訳がMVとは異なっており、サビの訳にそちらからの根拠も取り込みました。]
[2024/05/17追記:曲の冒頭、歌の前に入るヒンディー語のセリフの意味と元ネタについて追記しました。]


歌詞全訳

ラップパート韻分析

韻と音の分析のためにブロックごとに韻を踏んでいる部分を同じ(近い)音ごとに色分け・アンダーラインしています。※注釈は共通

注釈

※1 ウルドゥー語は多くのイスラム教徒に話されている言語のようです。訳注に書くことではないですが、MVでJayantがこの部分を歌うときにしている手のひらを自分側にして顔の前に出す仕草は、ムスリムの挨拶の仕草ですね。インドのウルドゥー語を話す人々に固有のもののようです。RRRでもムスリムに扮したアクタル(ビーム)がしていました。
 参考:https://en.m.wikipedia.org/wiki/Adab_(gesture)
※2 battle-cryと言われていますが、シク教徒が集会などで使う伝統的な文言のようです。
 参考:https://en.wikipedia.org/wiki/Bole_So_Nihal
※3 [Best kind of bloody yeah we're bringin' the hope] 
前文の[antidote]解毒剤は血から作る、血の色は赤(⇔「黒」い金)、赤はインドでは結婚式で着たりする縁起の良い色で幸運などを表す=[hope]希望なので[Best kind of]である…ということ…でしょうか??
前文で「黒い金を解毒剤で解毒すること」を[ou]で踏むために(資金)洗浄と訳してしまったので、裏金を国民の血で洗うこととし、[hope]はそのまま「希望」で踏みました。「黒」「赤」は入れたかったのですが音数的に無理でした。。
※4 このバース内でI, Weは国民・自分たち側、Youは政治家・支配者側で分けられていると思います。前後の文脈を踏まえ、[You]は政治家たち、[block]は居住区を分けるブロック、[provoked]はその地区の住民が(政治家たちによって)挑発され怒っている様子として解釈しました。つまり、「お前は自分が怒らせた民衆の上で綱渡りしているぞ」といったところかと思います。「綱渡り」はどうしてもリズムが良くなかったので避けました。関係あるかは分かりませんが、インドには政治的な地区の単位としてのブロックがあるようです。意味的に日本語の「特区」に近いと思ったので、blockと踏める「特区」で訳しました。
 参考:https://en.wikipedia.org/wiki/Block_(district_subdivision)
※5 「俺」=自分たちは「お前」=政治家たちとは違う、しかし、もしくはだからこそ持っているものがあるので、政治家たちが築いたに見える平穏を乱してみせる、ということですね。韻を踏むのに苦労しました。。
※6 ここで「第三世界」が出てくるとは...!前後で韻を踏んでいないので、それでも敢えてこの単語を出す必要があったのが分かりますね。彼らは世界の中での自国の立場にかなり自覚的というか、グローバルで客観的な視点を持っているように思います。第三世界についてはwikiが英語版の翻訳になっているのでそちらを参照してください。(雑)
 参考:第三世界 - Wikipedia
※7 日本語の「ふ」はfですが「ほ」はhなんですよね~。同じ「は行」でも実は別の子音です。日本語においては同じ音素なのでセーフということで……。
※8 [Slow clap] バカにしてゆっくり手を叩く感じですね。
 [crap they callin' governance]「あいつらが統治とか呼んでいるクソ」
※9 ラップで歌うだけでなく実行するということで、「言行一致」でどうでしょう。

冒頭のセリフの意味と元ネタ

歌詞を検索すると、冒頭のセリフの書きおこしが見つかります。

 ये ले, ये मुसलमान का खून, ये हिंदू का खून
 बता, मुसलमान का कौन सा, हिंदू का कौन सा, बता
 साले, बनाने वाले ने फ़र्क़ नहीं किया
 तू कौन होता है फ़र्क़ करने वाला?

英訳が存在しないので自動翻訳にかけると、以下のような意味のようです。

 Take this Muslim's blood, this Hindu's blood
  見ろ、これはムスリムの血、これはヒンドゥー教徒の血だ。
 Tell me, which of Muslim, which of Hindu,
  言ってみろ、どっちがムスリムの血でどっちがヒンドゥー教徒の血だ?
 tell Brother-in-law, the creator didn't make a difference
 Who are you to make a difference?
  兄弟よ、神は違いを作らなかった!
  お前に人々を区別する権利などあろうか?

さらに、このヒンディー語の文章を検索すると、元ネタらしき映像が見つかります。6:35からに注目です。※流血注意

めちゃくちゃ怒ってますね。。調べると、元ネタはKrantiveerという1994年のヒンディー語映画のようです。テルグ語やカンナダ語でもリメイクされた名作のようですが、日本語の字幕や吹き替え、配給はありません。「宗教によって人を分断すべきではない」90年代のインドにもこのような主張を映画のセリフという形で表現した人がいたのですね。

余談ですが、ヒンディー語の文章を英語に自動翻訳する際は、グーグル翻訳よりCambridge DictionaryのTranslatorがよさそうですね。
https://dictionary.cambridge.org/translate/

★小ネタ★ Gaddaarの冒頭のセリフはサンプリングではなく、実際に言っているのはJayantだそうです。元ネタを真似たそうですが、声質まで変えてますよね。すごい!

サビの意味

■वाह वाह (Wah, wah)
こちらはヒンディー語のデーヴァナーガリー文字で検索すると、”marvelous”、“applause”といった訳が出てきます。*1*2 वाह 1つで検索すると”wow”とも出てくるので、もしかしたら感嘆の声「わー」そのままが由来かもしれません。MVを見ると、Jayantが手を上に向かって動かす動作をしていますが、明らかに称えている顔じゃないですよねw。公約を守らない裏切者である政治家に、皮肉で喝采を送っていると思われます。
[2023/09/08追記]CDのライナーノーツ内に"Applaud applaud the traitor"との訳が確認できたので、この解釈であっているようです。

■公式の英語訳:”take a bow”
こちらは公演などの最後に舞台などに出てお辞儀をする、そのことによって観客の拍手に応えるといった意味です。命令形なので、原語の意味と合わせると「我々の称賛を受け取れ そしてお辞儀をして舞台を去れ」ということでしょう。原文並みの短文でこの皮肉の意味合いを伝えるのは難しいので、意味を重視して数行にわたって訳しました。

■ग़द्दारों! (Gaddaar)
こちらは公式の英訳通り、裏切者、卑怯な者という意味のようです。インドでは歌詞内でよくビックリマークを使いますよね。RRRの歌詞内でも見ました。

■Nikal, Nikl
この単語はどうもパンジャーブ語のようで、しかしパンジャーブ語とヒンディー語さらにその他のインドの言語が語彙を共有している可能性もあるため難しいのですが、Gaddaarの歌詞を検索して出てくるデーヴァナーガリー文字の表記は間違っている可能性がありそうです。公式のMVの字幕ではアルファベットの表音表記しかないため、表記揺れがあるようです。*3の参考サイトで”get out”の意味があることが説明されていますが、辞書などは上手く見つかりませんでした。

■参考サイト
*1
https://dict.hinkhoj.com/%E0%A4%B5%E0%A4%BE%E0%A4%B9%20%E0%A4%B5%E0%A4%BE%E0%A4%B9-meaning-in-english.words
*2
https://en.bab.la/dictionary/hindi-english/%E0%A4%B5%E0%A4%BE%E0%A4%B9-%E0%A4%B5%E0%A4%BE%E0%A4%B9
*3
https://www.reddit.com/r/punjabi/comments/107fvih/whats_the_difference_between_kadh_vs_nikal_in/

ラップパートについて

ラップパートを色付けしてDana-Danと比べてみると、Gaddaarの方がライム(韻を踏むこと)よりフロウ(強弱やリズム感)を重視しているように見えます。同じフレーズや単語の繰り返しを含め、徹底的に同じ音で踏むことで時に伴奏的なリズムを作り出しているように聴こえます。実際Jayantのボーカルと被る部分もあるので、そういった効果を狙ったことにもよるでしょう。Dana-Danは怒涛のライムで魅せる感じはありましたね。Raoulのリズム感はいつでも抜群だとは思いますが。
また、Gaddaarの方が口調が荒いというか、ギャングスタっぽい(?)口調に思えたので、「俺」ではなく「オレ」にしました。

Notes on Japanese Translation

I had so much fun translating rap lyrics that I needed to explain them in English too.(English to Japanese explained in English, wtf) I just want to show you that translation is fun. Some of my favorite parts from the translation will be explained in this section. 

■Most part of Verse 2
This verse is characterized by repetitive rhyming with [ou] (sometimes [ɔ]) sound, which is highlighted in yellow. I tried to rhyme with [ou] and [o] at the same timing as the original lyrics as much as I could.
In Japanese, it is easier and cooler to rhyme when the sentence ends with a noun, which is not a general usage in daily conversation. This technique is called “taigen-dome” (noun-stop) in Japanese and commonly used in haiku, poems and song lyrics.

"I see a state turning to faith, faith turn into hate"
 国家は信仰に傾 ヘイトの台
"Hate turn into votes, votes turn into notes"
 ヘイト 稼ぐ 金の(みなも)

In the translation above, all sentences end with a noun. 
<Pronunciation>
“Kokka ha shinkou ni keitou, Hate no taitou” 
“Hate kasegu hyou, Kane no minamoto” 
<Literal translation>
“A state(Kokka) make a commitment(keitou) to faith(shinkou), the rise(taitou) of hate”
“The votes(hyou) hate earns are the source(minamoto) of the money(Kane)”

Well, I translated a Japanese translation of English into English, which is weird, to show the difference of literal meaning from the original English lyrics. The point is that translation is for conveying not only the meaning but the idea. Since you could have various restrictions when translating, literal translation often does not work. In those cases, using different ways to explain the same thing can give you a better translation.

Another thing is, the rhythms and place of accents are very different between English and Japanese. As you know, Japanese tends to sound plain and less rhythmical. However, it is possible for Japanese lyrics to have similar rhythms to English if you choose words and arrange ways to sing them. I liked Raoul's sense of rhythms so much that I basically tried to reproduce them in translation, but if you don't care and want to focus on the meaning, you can think of very different translations. That's the interesting part of translation. There's no single answer. 

■"Never will I stop, never will I say die"
 猪突猛 不屈の精
"I said, never will I stop, never will I say"
 オレは決して止めねえ 諦めねえ
“猪突猛進” (Chototsu moushin) is an idiom meaning keep going like a wild boar runs ≒ not stopping. 不屈の精神 (Fukutsu no seishin) just means indomitable spirit ≒ never giving up. “Fukutsu” means indomitable/persistent. “Seishin” means mind/spirit. Since this part of rap is very rhythmical I need to make similar rhythms with Japanese words here.

The second sentence is a little different in length in both the first half and the second half. Therefore I decided to use a very different way of saying the same thing. The translation of the second sentence can be translated as “I will never stop, (I) won’t give up”; mostly the same as the original lyrics. 
What makes Japanese language interesting is that it has so many ways to say “I”. In Gaddaar, I thought Raoul raps in a more rough way, more like…gangsta?? so I used “オレ” instead of “俺”. Both are pronounced “ore”, but give different impressions when written. Maybe it’s a little different even among Japanese people, but to me, “俺” feels more normal and solid, while “オレ” looks more rough and delinquent. I used “俺” when translating Dana-Dan because that was my impression of his tone.

■"Slow clap the crap they callin' governance"
 パチパチパ いやお上手な「統
This sentence can be translated as “*clap clap clap* Well, that’s great “governance””. “パチパチ” (pachi pachi) is an onomatopoeic word mimicking the sound of handclap. I wanted to rhyme with “chi” of “統治” (touchi), which means governance.

内容について

MVで最初に「私達は政治的に中立です」と表示された時、ほほうと思いましたが、曲が始まれば実際には中立ではなく、言ってしまえば現政権に批判的な内容となっています。そしてブレークダウンの直前に表示される文章「私達は政治的に中立ではいられません」!これが出てブレイクダウンに入ったとき鳥肌立ちました。多民族・多宗教・多言語であるインド、高まるヒンドゥー・ナショナリズムの現状を踏まえ、若者に団結するよう呼びかける内容です。
宗教や言語、立場の違いによって対立し、互いに引きずり下ろしあっていては、より上に立つ権力者の思う壺なのです。直球な歌詞ではありますが、具体名を出すことは避け、インド以外の国の人も共感できる歌詞となっています。このあたりはエンタメとしての絶妙なバランスですね。

「分断より団結を」のメッセージを含んだエンタメといえば、やはりインド映画『RRR』を思い浮かべます。森の部族の出身であるビーム(実際はヒンドゥー教徒)は街に出てムスリムの家族と手を繋ぎ、さらに全く別の目的を持って英国に仕える警察官となったラーマと手を繋ぎます。この映画の宗教面について様々な解釈はできると思いますが、ヒンドゥー教徒であるビームにムスリムの家族が協力し、指名手配されてまで最後まで寄り添っているのは見落とせない点です。

あとがき

普段あまり触れない言い回しが多く、かなり勉強になりました。翻訳に必要なのはリサーチ力ですね。インドの文化と政治についても勉強になりました。『RRR』で知ったことと通じるところもありました。
しかし"Wah, Wah"(称賛を送る様子)を"Take a bow"「(称賛を受け取って)お辞儀をしろ」とは、かなり練られた秀逸な英訳に見えます。それどころかこの英訳があってストーリーが完結するようにも思えます。誰が考えたのか知りたいです。といってもインド人は英語もできるので英語とそれ以外の言語どちらが先に考えられたかは分かりませんが……。
一回他人の訳を見ると影響されてしまうところはありますが、色々と訳しようがある歌詞だと思うので英語を勉強している方、英語ができる方は是非原文を読んで訳してみてください。翻訳は楽しいですよ。

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