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あの夜に忘れ物をしてきたから

彼女とはバイト先の居酒屋で知り合った。
好きな歌手、好きな曲、性格も大体同じ、味付けは辛口が好みで、嫌いな食べ物は二人ともグリンピースだというところまで同じだった。

そんなだったから、気付いた頃には互いに惹かれあっていたんだと思う。
それでも、互いに「好き」とか「愛してる」の言葉を口にすることはないまま時間だけが過ぎていった。

「ねえ」

少し後ろを歩く彼女のほうを振り返る。バイト先のお世話になってた先輩の最後ということもあってその日はお互いに飲みすぎた気がして、火照った顔が光に照らされて妙に色っぽく感じて、羽織ってたカーディガンはバッグに詰め込まれて、苦しそうにしてる。

「もう一軒、いこ?」

これだけ飲んだのにまだ飲み足りないのかと少し笑い返すけれど、彼女との飲み会は楽しいから内心はワクワクしていた。それに、彼女と二人で飲みにいくのなんて3ヶ月ぶりくらいで、うれしくなって即答した。

駅前から少し離れて彼女が好きだというバーに連れていかれる。慣れた様子でハイボールを二つ頼む彼女はやっぱり今日も綺麗で、顔が赤いのは酔いのせいにした。

「ん、かんぱい」

促されるままグラスを受け取り、当てると綺麗な音がした。彼女はぐっとそれを飲み、半分近くまで一気になくした。どんだけ飲むんだろう。お酒に多少の自信があったけれど、彼女には勝てる気がしなかった。

「今夜、一緒にいてほしい」
「......、、え?」

彼女はそう言ってグラスに口をつけて少し喉を鳴らした。彼女はお酒を飲んでいるとよく「ん」と喉を鳴らす癖があった。それが好きだった。
少し間を置いてこっちを見てきた。

「始発まででいいから、一緒にいて」
「ん?いいけど」

何かあったのかと聞こうとしたけど、それは彼女が言ってくれるまで待つことにして、とにかく一緒にいることを決める。彼女がそんな風に言ってくるのは初めてのことだったけど、何度か家に泊まったことはあったから特に心配はなかった。

******

終電で電車に乗って最寄りまで帰ってきた。明日自転車取りにいかなきゃなとか思ったけれど、彼女と二人で過ごすのは初めてだったから内心浮かれてたりした。

近くのコンビニで水とスト缶を二本ずつ買った。二人とも程よく酔ってたけれど、何もないとそのまま寝てしまいそうだったし、うやむやなままこの夜を終わらせてしまうのが嫌になったのだった。

酔いのせいかわからないけれど、彼女は部屋に入るなり僕の隣に座ってきて「今夜はここにします」と言った。部屋に入ってはじめのうちこそ、いつも通りの会話を続けていたけれど、互いに気を遣ってしまってることは共通して分かり合えてた気がする。

「私さ、来月引っ越すんだよね」

「.......え?」

突然の話に反応が一つ遅れて、冗談でしょ?と言いかけたところで、彼女の指が僕の手に触れてきたので言葉は出てこなくなった。何回も飲みに行ったりしてきたくせに彼女に触れたことはこれまで一度もなかった。

理由は家庭の事情らしくて、ぽつぽつと彼女は話してくれたけれど、衝撃と彼女の手の柔らかさに他の情報はシャットアウトされていた。1年前くらいから「もしかしたら」と聞かされていたけれど信じていなかった。

「ごめん、突然こんなこと言って。でもどうしてもちゃんと伝えておきたくてさ。好きだったから」
「....ん..ううん....大丈夫」

何も気の利いた言葉が思い浮かばなくて自分のことが嫌になる。好きだと言ってくれた一言にさえも返事をしてやれない自分はどこまでも惨めだった。
コンビニで何かあったときのエチケットだと言い聞かせながら買ったコンドームの箱をぐしゃっとポケットの中で握りしめた。

「もう、寝よう?」

そういって彼女は僕の手を引いてベッドへと座らせた。なんとなくどうしたらいいのかわかってはいたけれど、いきなりそんな気分にもならなくて、最近バイト先で有名なお客さんの話をした。彼女は楽しそうに横で笑ってくれていて、申し訳程度に少しの沈黙を挟んでから二人の寂しさを埋めるみたいにして抱き合った。

そのまま初めてした彼女とのキスは甘ったるくて、どうしようもなく僕を情けない気持ちにさせた。好き同士だったことなんて元々気付いてた二人のぎこちない夜は一瞬で過ぎていった。

はじめて抱いた彼女の体は想像の何倍か細くて、柔らかくて、それなのに僕のほうが抱きしめられてるような気がして、自分に吐き気がした。

彼女は嘘がうけない人だった。そこは、僕と違ってた。

だから、好きだった。

「ごめんね」

耳元で聞くその言葉を最後に僕たちは眠りに落ちた。
「好き」の言葉もまだ返してやれてないことに気付いたけれど
言わなくていいやとなぜか諦めてしまった自分がいた。

翌朝、彼女はそっと部屋から出ていって、それきり連絡も取れなくなって
バイトにも来なくなった。
店長だけは聞いていたらしかった。

もし、彼女のあとを追いかけていたら。
僕はその気持ちだけで死ぬまで後悔して生きていくのだろうか。

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