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留年短編vol.2 無音珈琲

何一つ音のない空間にたった二人で。

静かに君と珈琲を飲む。

時々 君が招待状を書いてくれる。

"コーヒーを飲もう" と。

君が煎ってくれて、
君が挽いてくれて、
君が淹れてくれた珈琲。

君は焙煎が苦手だと。

何が良くて何が悪いか分からないが
君の作った珈琲は無条件に美味しいと思う。

"おいしいよ"

ただそれだけを伝える。

"思ったより焼きすぎた"

"コーヒーを焼く?"

"煎る 焼く ばい煎すること"

"これは焼きすぎ?"

"ハゼがいつか分からなくて"

"ハゼがなにか分からない"

"コーヒー豆を焼いていくと聞こえる音らしい パチパチ って"

"不思議だ"

"そのパチパチを目安に焼きたいけど上手くいかない"

"でもおいしい"

"ありがと ちょっと苦い、ほんのりあまい"

"分からないけどおいしい"

"ナッツ感 中南米っぽい"

"中南米ってナッツぽい? 中南米といえばアマゾン マチュピチュ ナスカの"

"コーヒーの話"

"中南米のコーヒーがナッツぽい?"

"そういう特徴もあるってだけ"

別に珈琲に興味があるわけではない。
違いなんて分からないし、だいたい美味しい。

でも今この瞬間は珈琲があるから生まれた。

少しでも長くいたいから、少しでも多く質問する。

"これはどこのコーヒー?"

"ブラジル、グァテマラ、コロンビア"

"ナッツブレンド"

“言い得てみょう"

"妙"

"それ"

まもなく空になる二つのカップ。

名残惜しいけれど、美味しいからすぐ飲み干してしまう。

飲み終えればこの時間も終わる。

最後の一口を含んだまま、感謝を伝えよう。

"ハゼってコーヒーが拍手してるんじゃない?"

"ハゼも拍手も パチパチ"

"そう 焼いてくれてありがとう  って"

"いいね"

"豆をひいてる時の音は?"

"ガリガリらしい"

"変な音"

"いれてる時は?"

"ポタポタらしい"

"コーヒーは パチパチ ガリガリ ポタポタ"

"どれが好き?"

どれも聞いたことがないから分からない。
でも美味しい。だから全力で美味しさを伝えようと大きな動きの拍手をする。

"あ、パチパチだ"

"美味しかった ごちそうさま"

"御馳走様"

"それ"

無音珈琲

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