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【 Tinymemory 11 】

君を天に見送ったあと
友人達は次々家庭を持って行った
独身は結局
あいつと僕だけになった
中高生のこどもがいても
おかしくない年齢に
いつの間にかなっていたよ

結婚式には
あいつはいつもハーレーで駆けつけて
ドカドカ会場に入り
ベラベラ一人で喋り捲り
嵐のように去って行った

時々ひょっとハーレーで来ては
君のゆり椅子に
そっと夕暮れ時の写真を置いていった
愛する天使を抱っこして
ゆり椅子に座っている君の写真を
優しげに見守って...

ー 一生付き合うぞ... ー

あいつがポツリと言う
僕はビールを飲み干し
あいつは僕にタバコを差し出す
セピアに染まる部屋の中
一瞬 時が止まって
白い煙の源が
かすかに揺れた
君とのあの静寂の数年間を
あいつは僕に聞いた事はない
僕も言葉にしなかった
声なき君がそうしたように
すべてをこの心にとどめて...
あいつの言葉の意味を
僕は噛み締めて
ゆり椅子に目をやったら
なぜだかぼんやりゆり椅子がにじんでいった

あいつはいつもそうなんだ
言葉に出さなくても
僕達はいつもどこかで
同じ痛みを担っていた

ある日
あいつから電話がかかってきた
いつもは突然やってくるのに
その日に限って電話をくれた

ー 今からちょっと寄るからな 渡したいものがあるんだ ー

弾んだ声であいつが早口でしゃべり
ガチャンと電話が切れた

それが
あいつの声を聴いた最後だった...

僕が病院に駆けつけたとき
あいつの顔には
白い布がかけられていた

あの電話のあと
あいつはハーレーを飛ばして
僕の部屋に向かっていた
目撃者の話によると
子猫が飛び出して
あいつは避けようとして
ハンドルを切って
対向車線のトラックに激突した
あいつは宙に舞って
ハーレーは砕け散った
子猫は立ちすくんで動かなかった

あいつは
あいつは...
地に叩きつけられた体で
ゆっくり這いつくばって
恐怖で動かない子猫の頭を
そっとなでて...

母猫が寄ってきて
砕けたメットの間から
あいつの顔をなめていた
救急車がかけつけて
人だかりができても
母子の猫はそこから動かなかった...

身元確認が終わったあと
帰りがけに医者から渡されたものがある
あいつの血に染まった1冊の本
僕は震える手でその表紙をなでた
それは
夕暮れ時の小さな写真集だった

あいつがいつも
君に持ってきてくれた
夕暮れ時の写真が本になったんだ
あの電話は 
これを僕に届けるためのものだった

タイトル 「Tiny memory」

1枚だけ
人物が写っている写真が
本の最後に載っていた
ああ それは
一度だけ あいつと君と僕の3人で
夕暮れ時のポプラ並木を
歩いたときのものだった

ふたりの後姿
君が僕の左隣で
僕の袖のすそにそっとその手を触れて
水面の彩りの変化を見つめている
水面に夕日がやわらかに反射して
左横顔の君の頬をかすかに照らす
夕日がポプラの木々の間から
差し込んで...



あれから何年経っただろう
あいつの血がにじんだ写真集は
君のゆり椅子と
愛する子の写真とともに
これからも僕と一緒にいる

僕は君とあいつを失っても
こうしてひとり時を重ね
日常の忙しさに心せかされることなく
君とあいつとともに過ごした
セピア色の優しい光に囲まれて
これからも生き続けるのだろう

悲しみを穏やかに抱きしめながら...


#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門 #詩物語

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