第33話 波瀾万丈


渋谷に行くのは控えていたが、現実的に生活の問題があった。

そこは雪が降る地域で、冬はとにかく寒くて、灯油が切れて暖房が使えなくなり、ヤバい状況で、あまりにも寒いので何回も湯船に浸かって、体を温めて布団に潜り込んで何とか過ごしたのだった。

次の日、灯油を買いにガソリンスタンドまで行ったのだが、何を思ったのか、20リットルの灯油の容器を2つ持って行って、2つとも満タンにしてしまったのだった。

一つだけだとバランス悪いのであえて2つ持って行ったのだが、20リットル2つはかなり重かった。

「しまった、10リットルづつにすれば良かった」

途中で気づいたが後の祭りである。

何度も休憩をしながらようやくアパートに帰り着いた時にはすっかり汗だくになり、暖房いらずで暑くなっていたのだった。

友達のアパートには冷蔵庫が無かったが、冬は窓際に発泡スチロールの箱を置いておくと、中は冷蔵庫のように冷え冷えになっていた。

テレビもなく、当時は携帯もスマホもない時代なので、一人で部屋にいても何もやる事がなく、本を読むくらいしかなかったのだが、家で本を読んでいると気が乗らないので、近くの喫茶店で本を読んでいた。

しかし、生活費を稼がなれば限界が近づいていたので、またバイトを探すことにしたのだった。

今度は単発で何かないか探していると、内容は分からないが1日で12,000円のバイトがあったので応募してみると、次の日からすぐにきてほしいとの事だった。

面接もなく、いきなり次の日からバイトが始まった。

しかも日払いだったのでちょうど良かった。

というのも、みつおの財布には300円しかなかったのである。

みつおはその300円を見つめながら悩んでいた。

「おにぎりを買うか、タバコを買うか」

当時は220円でタバコが買えた時代である。

おにぎりなら2個買えるが、腹は満たせてもその後タバコを我慢するのはキツい

タバコを買えば1日は持たせる事ができる。

しかし、お腹がすいてどうしようもない。

備蓄の食料も無かった。

散々と悩んだ挙句

みつおはタバコを買っていた。

お腹は水と少し残っているお菓子で何とかすることにした。

明日の事は明日考えよう。

そして、タバコを買うついでにアルバイト情報誌を手に入れて、アルバイトを探していたのである。

タバコもスパスパ吸ってしまったら明日まで持たないので、なるべく我慢して、そして長めに火を消して、じばらくしたら消したタバコにまた火をつけるという、1本で2回吸う工夫をして1日粘ったのだった。

起きているとタバコを吸いたくなるので、その日は早く寝ることにした。

日払いでもらえるといっても、明日の夕方にしかお金は入ってこない。

何とか1日持たせるしかなかった。

そして次の日

仕事とは、シロアリ駆除の訪問営業だった。

その社長の車で随分と遠いところまで連れて行かれた。

その時はどこに来ているのかまるで分からなかったが、おそらく千葉県のずっと奥の住宅街で一人で帰るのは不可能な地域だった。

朝早く集合して、車で2時間くらい移動して、降ろされた。

「俺も近くを回っているから、興味がありそうなお客さんがいたら、すぐに知らせてくれる。余計な話はしなくていいから、すぐ近くに担当がいますのでといって、呼びにきてね」

その人いわく、

「この辺は田舎だから少し強引に入っても大丈夫だから心配しないで、誰も出てこなかったら、玄関のドアを開けて大きな声で挨拶したら出てくるから」

との事だった。

勝手に玄関のドアを開けるのはかなり抵抗があったが、何軒回っても誰も出てこないので、勇気を振り絞って、玄関のドアを開けて叫んでみた

「すみませーん、シロアリ駆除の会社ですけどー」

すると中からおじさんがやってきた。
 
勝手にドアを開けたことを怒られるかと思ってビクビクしていたのだが

「シロアリの会社かい?残念やな先週やったばかりだよ、ま、頑張ってや」

とても優しかった。

勝手に玄関を開けても怒らないんだ。

感心しなが次の家からは最初から玄関を開けて挨拶していた。

しかし、なかなか興味のありそうな客はいなかった。   

何軒も回って諦めかけた頃

「んー、やらんといけんのは分かってるんだけど高いでしょ、いくらくらいでやってくれるの?」

やっと興味がありそうな人が現れた。

「家の大きさで変わってくるので、ちょっと担当の人を呼んできますね」

「あ、別にだいたいでいいのよ、今すぐじゃないから」

「はい、すぐ来ますので」

ようやくのお客様だったので、何とか振り切って社長を探しに行った。

仕事が取れるかどうかよりも、ちゃんと仕事をしていることを社長にアピールしたかったのである。

そんなことよりも、みつおは早く終わって給料を貰ってタバコを買いたかったのだ。

昼ごはんは社長が弁当を買ってきてくれたので助かったのだが、タバコは残り少なくなっていた。

「あと5本か」

あと5本で約6時間をすごさなければならなかった。

5本もあると思うのか、5本しかないと思うのか?

みつおはベビースモーカーだったので、かなり少なく5本しかないと焦っていた。

そして3時頃には集合して、渋谷へ向かった。

余った時間で電柱にチラシを貼る作業だった。

「警察に見つからないように貼れよ、見つかったらお前が罪になるからな」

「えっ?」

チラシを電柱に貼るのは違法行為であり、そのチラシの主は罪に問われないが、貼っている所を現行犯で捕まると、貼っている人間が罪に問われるのである。

だから、通常は真夜中にこっそりと貼るらしいのだが、時間が余っているのでその間に10枚くらいでも貼ってほしいとのことだった。

それもようやく終わり、念願の日払い給料を貰うとみつおは一目散にタバコを買いに行ったのだった。

チラシを貼っているときに最後の一本を吸い終わり、無いと思うと無性に吸いたくなり、わずか2時間くらいの禁煙で禁断症状になっていたのである。

一服してようやく落ち着いたときに、渋谷にいることに気がつき、いつもくる渋谷とは違う景色に見えたのだった。

次の日は、何とか理由をつけてその仕事を断っていた。

何だか犯罪ギリギリの仕事だったので、気分がよくなかったのである。

とりあえず、2、3日はしのげるので、また別のバイトを探そうと思っていた。

次の日、久しぶりに渋谷の事務所へ行ってみた。

「金城さん、超久しぶりですね、最近全然顔を見ないから沖縄に帰ったのかと思ってましたよ」

そこにはいつものメンバーが揃っていた。

「いや、実は…」

みつおは、ヤクザに絡まれた件を話すとみんな大爆笑していた。

「みんな、金城さんを囲って、そとから見えないようにしないと見つかるよw」

冗談でみんな笑っていた。

調子に乗って、その後の話やバイトの話をすると、またまた大爆笑だった。

身近でこんなに波瀾万丈を過ごしている人はいないと、変な絶賛をされたのだった。

その日の夕方、みんなで飲みに行くことになった。

それがまた事件へと繋がったのだった。

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