第22話 那覇への憧れ
島にきて数年が経つとすっかり自分の故郷のような感覚になっていた。
住めば都とはよく言ったもので、最初の頃は島流しされた気分でショックだったが、慣れてくるとまさにそこが都になったのだった。
わずか数十メートルのメインストリートだが、生活に必要な物は全てそこで揃えることができた。
その島は小さい上にましてや自衛隊なので逃げも隠れもすることはできない。
そのため、酒場のみならぬ喫茶店や理容室までツケが効くので、みつおは仲良くなった店でツケでランチを食べ、ツケで酒を飲み、ツケで髪を切る生活になっていた。
その方が現金を持ち歩かなくていいので便利である。
給料日にはその支払いをしながら、また飲み歩く生活が続いていた。
しかし、何年もそこで、毎週、毎月、毎年と同じかパターンがつづくと、マンネリしてきて刺激を求めるようになっていた。
そこで、月に一回は那覇に遊びに行きたいのだが、自衛隊は厳しくて、島を離れるといざというスクランブルの時に、収集できないので理由がないと簡単に那覇に行く事は出来なかった。
しかし、みつおはいいように転換して解釈していたので、
「そうか、理由があれば那覇に行けるんだ!」
と、あの手この手で理由を考えては、那覇に出ていたのだった。
ある時は、あまり興味はないのだが
「無線ハムの資格を取りに行ってきます」
と、那覇に試験に行く名目で那覇の夜を楽しんでいたのである。
「遊びに行くんじゃないぞ、ちゃんと資格を取ってこいよ」
みつおは無線班だったので、関係ない資格ではないので許可は降りるのだが、どうせみつおの事だから酒を飲みに行く口実だろと誰もが思っていた。
しかし、みつおはそう思われているのがシャクで、夜勤の時にしっかりと勉強して、実際に試験に合格して無線ハムの免許を取得したのだった。
「おぉ、遊びだけじゃなかったんだな」
周りは突っ込むネタが無くなってガッカリしているのだった。
そんなある日
「そうだ!那覇マラソンに出よう!」
那覇に行く口実を見つけたのだった。
別の口実で那覇に出てきた時にちゃっかりと那覇マラソンの申し込みも済ませて、意気揚々としていた。
本番まではまだ半年近くあるから、少し走り込んでおけば大丈夫だろう。
いつものごとく、根拠のない自信だけはあった。
その噂を聞いた周りの先輩は
「金城、お前お酒飲みに行くんだろ?ちゃんと走れるのか?少なくとも朝のスタートには参加しろよ」
誰もが、みつおが走れるはずがないと思っていた。
「ちゃんとゴールまで走りますよ」
と言っても
「お前、そんなに甘くないぞ、フルマラソンって42.195キロメートル走るんだぞ、お前今までに最高何キロ走ったことがあるんだ?」
「えっ?自衛隊の測定で10キロです」
「あはははは、無理、無理、無理、そんなんでフルマラソン走れるはずがないだろ、本気で走りたいんだったら、島一周走る訓練しないと無理だよ」
島一周は20キロくらいだが、高低差が激しくてとても練習する気にはなれなかった。
「10キロ測定を4回やると思えばいいんじゃないですか?」
みつおは強きで答えたのだが、先輩は相手にせずに爆笑していた。
さすがに今回は無謀だろうと誰もが思っていた。
「先輩、一緒に走りましょうよ」
みつおは、もちろん飲み歩くのが目的だったので、仲のいい先輩を那覇マラソンに誘っていた。
「あかん、あかん、走るのは絶対無理や、一番嫌いな事や」
全然乗り気じゃなかったが、
「いい店見つけたんすよ、めっちゃかわいい女の子が揃っている店で、そんなに高くないんですよ」
「ほな行こか」
けんきんな先輩だった。
それで、一緒に那覇マラソンの申し込みをしていたのである。
「出口と金城が那覇マラソンて、絶対ないやろ、お前らスタート地点に居なかったら罰が下るぞ」
この2人が揃ってまともなはずがないのは誰もが承知していた。
那覇マラソンには、真面目の参加する隊員も多かったため、かなり厳しい規則がつけられた。
「まぁ、せっかくだから那覇についたらみんなで乾杯しよう。でも、明日が本番だから今日は12時には帰るように、明日の朝、全員いるかチェックするから、決められた場所に早めに集まるように」
それは、明らかににみつおと出口さんの2人のための規則だった。
朝まで飲み歩いて、マラソンにも参加しなかったら嘘の申告ということになるからだ。
その責任者として年配の隊員が仕切っていたのだった。
しかし、そんな規則を真面目に守るはずがない2人は、居酒屋で解散したあと、すぐにタクシーに乗り、ちょっと離れた飲み屋街に来ていたのだった。
「さっき、2時までって言ったんやな?」
先輩がとぼけて言うと
「そうそう、2時って聞こえました」
「ほな行こか」
そうやって、飲み歩いたら2時に帰るはずがないのが2人だった。
気がつけば朝の5時
流石に帰って準備しないと間に合わないと思いみつおの実家に一緒の帰ったのだった。
「俺んちに泊まれば、いいですよ、その浮いた分で飲みましょう」
と言って、先輩はホテルを予約しないできたのである。
だから、他の人と違う宿泊地なので誰にもバレることはなかったのだが、家について走る服装に着替えたらすぐに家を出ないと待ち合わせ時間に間に合わなかったので、朝まで飲んだ眠らずにマラソン出場したのだった。
「お前ら、ちゃんとスタートには間に合ったんだな、でも酒臭いぞ何時まで飲んでたんだ?」
「えっ、いや、家に帰って眠れないので2時くらいまで家で飲んでました」
適当の嘘で誤魔化したのだった。
先輩は酒を飲んでも飲まなくても、走るのは嫌いなので、途中でリタイアする気満々だった。
しかし、みつおはみんなに馬鹿にされてムカついていたので、意地でも完走しようと思っていた。
10キロの4回プラスアルファ作戦だった。
10キロの測定では平均40分と普通よりはちょっと早いタイムだったので、50分かけてゆっくり走り、10分休憩すれば体力温存になり、約4時間とプラスアルファの分を30分と計算して、申し込みのときの自己申告の完走時間4時間30分にしていたのである。
そして、その計画通りに実行していった。
最初の10キロは全然余裕だったが、計画通りに10分休憩して、体力を回復させて2回目に挑んだ。
2回目の10キロも、まぁまぁ余裕があった。
これはいけると心で思いながら、10分休憩するために人影に隠れ、靴下も脱いで休憩していると
「あい、にーさん、まだ半分よ、頑張って走って、はいはい、まだ若いのに頑張らんとどうするの」
地元のオバーに見つかって煽られたのだった。
そして3回目の10キロを走り切って、30キロ地点を超えたあらりから異変が起こった。
もう少しで4キロという地点で、急に足が痙攣したのだ。
だいたい35キロ地点が山場だった。
後から聴くと、その地点が分かれ目でギブアップする人間が多いとのことだった。
しかし、みつおは諦めるわけにはいかなかったので、足を引きづりながら走ったのだった。
ちょうど40キロ地点はみつおの地元の地域だった。
「あい、みつおじゃないの?あり、頑張ってよ」
顔見知りの近所のおばさん応援され、無理して余裕の顔をしていたのだが、正直ギブアップしたいと思っていた矢先だったので、ここではギブアップできないと思い必死で走っていると、ここまできたんだから頑張ろうと思い、死にものぐるいでプラスアルファの距離を走り抜いたのだった。
そして、なんと結果は申告通り、4時間31分だった。
ほぼピッタリである。
「いやぁ、金城凄いな、朝まで飲み歩いて4時間30分で走るってビックリだな」
朝まで飲み歩いたのは、とっくに先輩がバラしていたのである。
「いやぁ、金ちゃん凄いで、ほんまは昨日は朝まで昨日やないな、さっきまで飲んでたんよ、俺も20キロまでは頑張ったけどな、金ちゃんやるときはやるんやな」
先輩にとっては最高のネタだったのである。
それもまた、島の自衛隊の伝説になったのだった。
「金城、調子に乗るなよ、何も無かったからいいけど、これで倒れてたら俺の責任になるんだからな、規則はちゃんと守れ」
責任者の上司だけはマジで怒っていたのだった。
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