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うえすぎくんの そういうところ  Season.1 『第二話 かわいいじゃん』

第二話 かわいいじゃん



「二年生からは各々クラブ活動に参加するように」

先生から言われてサッカーが得意な子はサッカークラブ、野球が得意な子は野球クラブとみんなが決まっていく中で、やせっぽちで運動音痴の僕は何も決められずにいた。

 先日行われた運動能力テストでも、反復横跳びや立位体前屈などは良かったものの、ハンドボール投げや短距離走などはまるでダメ。体育の授業でもサッカーや水泳、ドッヂボールなんかは全くできなかったんだけれど、初めてやった割に唯一楽しいと思えたのが、雨の日に体育館で行われたバドミントンだった。力任せにラケットを振って空振りしたりすぐにヘトヘトになる人が多い中、なぜかクラスで一番うまいと先生に褒められた。

これに気を良くしてバドミントンクラブに入会したところ、体が柔らかいのが功を奏し、普通の男子が触れない距離のハネに触る事が出来たり、ラケットも羽根も軽いからそんなに力を入れなくても飛んでくれるのでだんだんと面白くなってきた。何といっても顧問の先生や先輩がもの凄く褒めてくれるので、まだ体操服に体育館シューズ、ラケットも授業で使っているものを借りている状態ながら、授業の度に

「上杉、ちょっと前に出てやってみろ」

なんて言ってもらえるので気分はいい。それに加えてクラスの男子から『キモセイ』なんて呼ばれると男の子を投げ飛ばした柚子葉ちゃんが毎回怖い目で睨んでくれるので、周囲からもちゃんと名前で呼ばれるようになり、イジメはどんどん減っていった。クラブ活動は持久力をつけるために長距離を走ったり手首を強く柔らかくするために筋トレをしたりと大変な部分もあるけれど、初めて他人から認めてもらえたキッカケだったのでどんなに疲れて大変でも頑張って毎日やりきった。

プレイレベルが同級生の中で頭一つ飛び出たくらいのタイミングで顧問から、

「リューセーが今使っているのは授業で使う用のラケットと、体育館シューズに体操服。ウチの子どもが中年生の時にバドミントン始めたんだけど、ちょっとしたら『サッカーやりたい』ってそっちに行っちゃって。専用のラケットとシューズ、ユニフォームやジャージもあるから使ってみない?」

と譲ってもらえた。ユニフォームやジャージはちょっと大きかったけど、シューズはピッタリ!体育館シューズに比べると底が生ゴムになっており、今までよりも踏ん張りが利く。何より驚いたのはラケットの軽さだ。今まで使っていたのは全体的に鉄っぽいものだったのに、カーボンで出来ているとの事でむちゃくちゃ軽いし、ガットも授業のそれに比べるとパツンパツンに張られているのでよく飛ぶ。そして三年生や高校生と同じく、これまで使ってきたゴムとプラスチックでできたハネから、水鳥の羽根が使用されているシャトルを使わせてもらえるようになった。これが軽くて早くてもの凄くよく飛ぶので、枠の中に入れなければいけない競技のバドミントンをやるとなると正確な力加減やコントロールがこれからは必要になる。クリアの飛距離やドロップの加減、ネット付近でもギリギリを狙わないと叩かれてしまうし、何といっても一番の課題はサーブだ。ここがしっかり決まらないとその後の展開に繋がらない!決められた時間を有効に使うためにスケジュールを組み立ててあれやこれやと試行錯誤していると、ある日顧問から

「はーい、みんなちょっと注目!今日から皆さんの仲間になります、神谷美鈴さんです。仲良くしてあげてね、それと初心者だからラケットの握り方から道具の名前までキッチリ教えてあげて。じゃあ神谷さん、挨拶よろしく」

「皆さんはじめまして、神谷美鈴です!ずっと子役モデルをやっていましたが卒業しましたのでこれからクラブ活動頑張ります!よろしくお願いします」

体育館内に拍手が沸き起こった。

(ん?神谷美鈴って、あのリコーダー事件の時の?)

ラケットを小脇に挟んでバチバチ拍手をしていると、当時の忌まわしい記憶が頭に浮かんだのと同時に、彼女が真っ直ぐこちらに歩いてきた。

「上杉君。私がリコーダー落としちゃって拾ってくれたのに、お礼も言ってないどころか周りの勢いに流されちゃって、あの時はごめんなさい!あんなことがあったのに誰にも文句一つ言わずみんなに優しいし、お掃除だって男子一人残ってちゃんとやってるし……実は一週間くらい体育館の外から君を見てたの。すっごく一生懸命頑張ってて恰好いいっていうか、私も一緒にできたらなって思って来ました!よろしくお願いします」

(そうだ。彼女が僕を犯人に仕立て上げた訳じゃなく、周りの女子達が勝手に決めつけて気持ち悪がっただけ。彼女は自分が学校に忘れていったと思い込んでいただけのことだから、こうやってちゃんと話をしてくれたし、済んだことはもういいじゃないか)

「神谷さんには嫌われちゃってるって思いこんでいたから、こうしてお話しできて嬉しいです。僕はみっともなくガムシャラに汗まみれでやっているだけなのでちっとも格好よくなんてないけれど、神谷さんがバドミントンを楽しく思えるように頑張るから練習キツイけど一緒にがんばろうね」

「はい、よろしくお願いします!」

 バドミントンクラブには三年生の先輩を含めて男子六名、女子十五名が所属しており、顧問の先生は高校も大学も全国大会に出ている実力者だ。新入部員が入ったとなると真っ先に騒ぎ出すのは男子の先輩たちで、

「上杉、あの子メチャクチャかわいいじゃん!知り合いなの?」

面倒くさいったらありゃしない。ランニングや柔軟体操、基本的な動きは女子の先輩にお願いして、先輩相手にガンガン練習する。顧問の先生がいらっしゃるときは特に厳しく、

「リューセー!もう一歩動けただろ?その一歩で試合終わっちまうんだぞ、全力でやれ」

さすが全国経験者。いくらヒョロヒョロから筋肉が付いてきたとはいっても時々足がもつれてしまうほど、バドミントンというのは激しいスポーツだ。

「リューセー!そんくらいでフラフラしてんじゃねえー!走り込みが足りねえんだ、グラウンド二周ダッシュしてこい」

人間その環境に置かれてやる気になればできるものだというのを、つくづく実感する。運動音痴なんて言っていた自分が猛ダッシュでグラウンド二周走って体育館に戻り、シューズに履き替えてもうコートに立っている。そして練習の厳しさから、いつしかこのバドミントンクラブで僕以外の二年生男子は誰も居なくなっていた。

「男の子ってすごいよね、一気に背が伸びたんじゃない?昨日も学校帰りに見たよ、もの凄い顔してグラウンドダッシュしてる上杉くん。バドミントン始めてから変わったよね、男の子っぽくなった!それで成績落とさないんだもん、すごいよね」

授業の合間に柚子葉ちゃんが嬉しそうに話してくれる。そういえば、ここ何か月で身長も十センチくらい伸びた気がするし、食べる量も以前とは比較にならないほど食べている。ガリヒョロだった体は全体的に筋肉質になり、腹筋もうっすらと割れてきている。

「変われたのは柚子葉ちゃんのお陰だよ、あの時『キモセイ』って名前ごとぶん投げてくれたんだと感謝してるよ。今は毎日打ち込めるものがあって学校が楽しいって感じるんだ!中高一貫校だから高校も一緒だね」

そう言うと、珍しく赤く頬を染めてちょっと下を向いた。男の子をぶん投げたり睨んだりするときは怖いけど、こういう時は本当にかわいい。

「そういえば、雑誌アイドルの神谷さんもバドミントンに入ったんだって?いいなー。私なんて毎日畳の上で投げては投げられ、汗くさいったらありゃしない」

「柚子葉ちゃんは自宅が道場だから、クラブ活動じゃなくて練習はお家なんだね。彼女は女子の先輩が面倒見てくれてるよ。その内一緒に試合したりするようになってくると思うけど、その前に基礎練習はしっかりやってもらわないと怪我が一番怖いからね。柔道も基礎練習の時間って長いの?」

「そうね、二リットルのペットボトル三本入れたリュック背負って神社の階段を走って昇ったり、一輪車っていって両足持ち上げられて腕だけで歩いたり。あの父上だもの、そりゃ毎日が地獄よ」

「それは想像するだけで大変だ!僕は柚子葉ちゃんがオリンピックに日本代表として出場するって信じてる。競技は違うけれど、お互い頑張ろうね」

こんなやり取りをしながら毎日仲良く過ごしていた。

 懸命にクラブ活動に励むようになってから、夕食後の予習が眠くってコックリしてしまうのもしばしば。宿題は学校にいるうちにやってしまうから提出を忘れることは無いけれど、予習に使った教科書を忘れてしまう失態は何度かあった。なにより席替えで隣同士になった神谷さんが以前とは打って変わって親切に教科書を見せてくれたりするので男女問わず生徒からの受けもよくなり、テスト前になるとわからない部分を訊きに来るクラスメイトも増えた。

クラブ活動では中高一貫校の利点を生かして先輩たちと練習しながら、時折高校生の練習試合に混ぜてもらっている。顧問の先生は同じ人なのだけれど、高校生の部活となるとこれが別人のように厳しい。このまま進学すれば『インターハイ常連校』なので、先輩の練習試合などを見学させてもらうとそのレベル差は一目瞭然。動きの速さとスタミナが今の自分では全く追いつかないのに気付き、自主練として眠い目をこすりながら毎朝ランニングを行った。

そしてまもなく三年生になろうとする二月、僕にとっては生まれて初めての事件が起こる。

#創作大賞2024 #漫画原作部門

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