ハイセンスとハイライト

僕は2ヶ月くらい前から一人暮らしを始めた。幸い、地方公務員を37年続けた父の貯金と月3万円のバイト代のお陰で学費にも生活費にも今の所困っていない。この状態は、僕としては良くもあり悪くもある。もちろん人間、貧乏をしないことが一番いい。衣食足りて礼節を知るというように、neatな人間でありたいので、カネはあったほうがいい。しかし、貧乏を一回経験してみるのも、人生経験としていいことのような気もする。
それはそれとして、人間生きていくのに家電が必要である。いわゆる白物家電というやつである。新生活の家具代として20万円もらった僕は、いかにその20万円をポケットに残しておくか悩んだ。中古を買ってもいいが、軽トラを借りるレンタカー代や、故障するリスクを考えると新品を買ったほうがいいな、と思った。
そうなるとインターネットだ。僕はハイライトを咥えながらAmazonにアクセスして、検索をかけた。
安い順にソートしてみると、ハイセンスの家電が多数ヒットした。名前は聞いてはいたし見たこともあった。中国の家電メーカーだということしか知らなかったが。
アイリスオーヤマとやり合うレベルの安さだった。僕は迷わずハイセンスの冷蔵庫と洗濯機を買った。僕はあまり中華メーカーの製品に抵抗がない。昔ファーウェイの携帯電話を使っていたからだろうか?
引っ越した。ハイセンス、たまにアイリスオーヤマの家電が大量に届いた。
今、2ヶ月経つ。毎日ハイセンスの冷蔵庫から卵を取り出し、ハイセンスの洗濯機で靴下と下着とTシャツを洗っている。
白物家電大国であった日本人としてはなんだか微妙な気持ちで毎日を送っている。なんだか中国に精神まで負けたような。そういえば昔ファーウェイの携帯電話を使っていた頃も同じような気持ちだった。
しかも悔しいことに、この家電たち、びっくりするほど調子がいいのである。時間が経ったらどうだかわからないが、少なくとも、実家の日立の洗濯機よりは調子がいい。
僕はハイライトの煙を天井に吹きかけながら考える。日本は一体なぜ衰退してしまったんだろう?
たばこはどんどん値上がりして、消費税も上がるのに、給料は上がらない。3年前にスーパーで短期バイトをしたときは、時給が850円だった。どうやらベテランのおばさんたちよりいい給料をもらっていたらしく、冷たく当たられた。
日本はこんな夢のない国になってしまったのか。僕は日本への帰属意識が強いほうだと思う。それでももう、現実から目を背けることはできない。
シャープのスマートフォン分野が台湾のホンハイに買収されてから評判が良くなった時も辛かった。別に台湾が嫌いなわけではない、なんなら結構好きなほうだ。それでも、例えば友人がいい大学に受かったような、嫉妬のような感情をおぼえた。
でも3流大学生の僕が何かできるわけでもない。新しいハイライトを一本パケから引きずり出して、100円ライターで火をつけてから、椅子の背もたれに寄りかかった。
日本人としての誇りを捨てるのに、そう時間は掛からなかった。なぜならこの椅子も中華メーカー製だからである。GTRACING。名前から察した方もいるかもしれないが、AKRACINGの丸パクリである。本物より1万円くらい安い。ダメだ。もう勝てない。
ハイライトを100均の灰皿とディープキスさせて、漫画を読む。heisoku作の「ご飯は私を裏切らない」だ。29歳職歴なしのギリギリ健常者の女性の日雇い生活に軸を置くグルメ漫画である。現実が嫌になった時はこれを読むことにしている。絵柄がいい。なぜ打ち切られたのかわからないくらいに好きな漫画だ。細部も凝っている。この主人公が吐いたセリフの中に、僕が一番好きなものがある。
「私はロボットと労働能力を競っているのではなく労働単価を競っている!かつては便利な機械を使って仕事をするようになり 今は機械を同僚として仕事をしている いずれは機械の下で仕事をするようになるのかな?ちょっと楽しみだな」
中国だ台湾だ言っている暇はないのかもしれない。我々無能人類の最大の敵はロボットだよ、ロボット。エクセルで作業をすると実感するだろう?
小学生の頃読んだ星新一の小説に、完全にロボットに管理された世界の話があった。ロボットは完璧に仕事をこなしてくれるが、一つだけ人間には耐え難いものがあった。
それは、食事がまずいことだった。ロボットには「味覚」がわからなかったのだ。
3度のメシが人生の楽しみである僕からすると、これは耐えられない。我々人類は、食事の楽しみを守るため、ロボットに立ち向かわなければならない。
ハイセンスがなんだってどうでもいい。ロボットだよ、ロボット。そう思いながら僕は本日10本目のハイライトに火をつけた。

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