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忘れられない映画

20歳の頃、僕は映画が作りたくて映像の養成所のようなところに通っていた。課題でいくつかの映画を撮って、それを上映してみんなで見ては先生に講評をもらったりする授業があった。映像を志しているとは言え素人の撮る短い映画だ。なかなか面白いものは少ない。それでも忘れられない作品はいくつかある。中でも強烈で、20年以上経った今でもはっきり覚えている作品があった。

おそらく5分程度の短編作品だった。それはグループ制作の課題で撮られたもので、僕の通っていた土曜の夜クラスではなく他のクラスの知らない人たちの撮った映画だった。映画が始まると、バスタブに背中を預けて座った全裸の女性が映し出される。女性は物憂げな表情で、全く動かない。ややあってカットが変わると、風呂場の排水口から小さな魚が出てくる。アニメーションの技法を使って一コマ一コマ動かして撮影したのだろう。魚は身をよじりながら女性の方に進み、その動きに合わせてズリズリと変な音が入る。そしてまたカットが変わると、映像は女性の下半身のアップになる。ズリズリと近づいてゆく魚。やがて魚は女性の性器に近づく。すると、ズズッとまるで蕎麦をすするような音とともに、魚は女性器に飲み込まれていくのだ。

排水口から次々と魚が現れる。そして次々と女性器に飲み込まれてゆく。気だるそうな女性の表情は何も変わらない。テンポよくカットが変わり、画面は引きの画と下半身と、女性器のアップがくるくる変わる。魚は一匹ずつではなくいつしか群れとなり、まっすぐ女性の下半身を目指しては次々と女性器に飲み込まれてゆく……そんな映画だった。

発想の大胆さ、映像のテンポの良さ、テーマ性の高さ、分かりやすさ、シニカルなユーモア、作品のためなら裸も、性器をあらわにすることもいとわない女性の覚悟…。どれを取っても一級品だった。こういうところで提出される課題は、どうしても『課題』のレベルにとどまってしまいがちだが、これは見事なまでに『作品』だった。同じ時間学んできた仲間の中にこんなとんでもない作品を撮ってのける人がいることが衝撃だった。

グループ制作であったことなども相まって、おそらくこの作品は世に出ないまま日の目を見ていない。何かの映画祭に出せば賞を取ってもおかしくないレベルの作品だった。実に惜しいと思う。こんな風に世に出ていない名作傑作もまだまだ沢山あるのだろう。世に出ていないことを嘆くよりも、この作品に出会えたことを喜びたいものだ。

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