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相思相愛。男と女と、五分と五分〜中上健次『軽蔑』〜

暑い最中だが、本の話をしよう。
中上健次『軽蔑』(角川文庫)。写真では古本のように見えるが、そうではない。2011年の再版を新品で買い、つい最近までしまわれていたものを、思い出して取り出し、読んだのである。保存状態がよくなかったので、13年で表紙や帯がボロボロになってしまった。
 
そもそもこの本を買ったのは、廣木隆一監督で映画化されたものを見て、その原作を読んでみたくなったからだ。結論からいうと、原作と映画は全くの別物だった。今だったら大問題になるくらい、映画は原作とかけ離れていた。
歌舞伎町のトップレス・バー「ニューワールド」のナンバーワンの踊り子として働く主人公・真知子と若い男性従業員のカズさんの、かなりハードな恋愛物語だ。2人は密かにお互い惹かれ合っていたのだが、ある時、カズさんは警察の手入れを装った混乱の中、真知子を連れ出して、そのまま自分の故郷へ帰る(2人は「高飛び」と表現している)。2人は強く惹かれ合い、愛し合っていた。結婚しようとしたが、カズさんは地元の資産家の御曹司で、彼の両親は真知子の存在を疎ましく思っており、カズさんの周りに若い頃の遊び仲間が集まってくることを、真知子はよく思っていない。
カズさんの過去を知る女達に取り囲まれたこともあり、あまりの息苦しさに、真知子は東京へ帰るが、やはり考え直してカズさんの故郷へ戻る。しかし、カズさんは博奕で多額の借金を背負い、その「胴元」である山畑という男は、真知子を狙っている…
 
強く愛し合うが故に、お互いに傷付け合ったり、真っ直ぐ前に進めなかったりする。非常に濃い人間関係が描かれている。前田塁の解説にも書かれているが、この小説は日本の「羽衣伝説」と、デュマの『椿姫』を2大モチーフにしている。映画では、後者の方に焦点を当てているので、印象が違っていると解説には書かれているが、そんな問題ではなく、映画には、原作にはないエピソードが多すぎる。また、映画では鈴木杏演じる真知子と、高良健吾演じるカズさんの「濡れ場」が何回も出てくるが、小説ではそういう描写は殆どなく、「寸止め」状態の文章・構成が殆どだ。
そして、結末も大きく違う。最終的にカズさんは死ぬのだが、その死に方や理由が、小説と映画ではまったく違うため、読後(鑑賞後)の感覚がまるで違う。もうここまでくると、タイトルは同じでも、監督と脚本家による「創作」だと言っても過言ではない。中上健次が生きていたら、この改変を許しただろうか。
 
映画を見たのがそれこそ10年以上前なので、あまり正確なことは言えないが、原作の小説の方が僕は好きである。特に、普通だったら汚れた存在、それこそ蔑まれる存在である真知子が、カズさんとの関係を「相思相愛。男と女と、五分と五分」と捉え、作中で何度となく反芻するのが印象的だ。男に(心の底から)寄りかかったり媚びたりすることなく、世間からの冷たい目にも負けず、気丈にこの関係性に忠実に生きようとする真知子は、ある意味本当の「天女」なのかも知れない。(そういえば、映画の中で何回も出てくる2人の絡みのシーンは、官能的で猥雑で、それでいて清らかな聖性を醸し出している、完璧なラブシーンだと感じたことを思い出した。)そして、その想いが、真知子を奮い立たせもし、同時に苦しめもする。世間的には「軽蔑」されるような2人でありながら、世間のどんな恋愛よりも潔癖で強い繋がりを持つ。またそうであるが故に、2人は崩れていき、悲劇的な結末を迎える。
恋愛ものというと、どこか浮ついた感じがあるものだが、この小説にはそれがない。あるのは、まさに「任侠」の世界のような、自分の人生や恋愛に「落とし前をつける」態度である。
タイトルの「軽蔑」は、普通には、トップレス・バーの踊り子や、黒服(従業員)であり、遊び人の資産家の御曹司に向けられる世間からの視線だが、この作品の中では、それとは違った関係性でも用いられる。幾重にも張り巡らされた「軽蔑」の中で、真知子達は生きている。生きにくさと、その軽蔑さえエネルギーに変えるしたたかさ。相思相愛の男と女は、「五分と五分」であろうとすれば、自分自身を含めて様々なものと戦うことを強いられる。こんな恋愛ドラマはそうそうないだろうと思った。
 
中上健次は前から気になっていた作家だったが、なかなか手を出す機会がなかった。急に思い立って読んだのだが、力強い筆致と、繊細な描写が同居する、読みごたえのある文体だった。真知子の心象風景を、喫茶店やレストランの窓から見える草花の、季節による変化と重ね合わせて表現するところなどは、説得力がある。カズさんの祖父の愛人であり、古びたバー「アルマン」のマダム等、クセがあって魅力的な登場人物もいる。
代表作(『枯木灘』等)は結構重たそうなので敬遠してしまうが、この作品は比較的読みやすく、主人公の2人が魅力的で人間臭く描かれていて、とてもよかった。
恋愛には覚悟がいる。ことに、「相思相愛。男と女と、五分と五分」を目指すのであればなおのことだ。この境地に達することができる2人はいるのだろうか。そんなことを考えた本作だった。

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