「G7」が「広島」で開く矛盾だらけのサミットに何かを期待するという発想はあり得ない

「G7」が「広島」で開くという矛盾だらけのサミットに何かを期待するという発想はあり得ない

統一地方選挙では県議選候補だったわたくし・さとうしゅういちにも市民団体やマスコミからアンケートをいただいた。
G7サミットについては「期待しない」「評価しない」(団体や社によって質問の文言は違うが)の選択肢を選ばせていただいた。
県議選においては自民から共産まで、既成政党の候補の方は全員、「期待する」「評価する」というご回答だったのでびっくりした。
そもそも、戦後の広島という都市は建前は、日本政府とも違うスタンスでやってきた。日本政府は核兵器禁止条約そのものに反対だし、核兵器先制使用禁止をアメリカが打ちだそうとした際にはこれを阻止したのはむしろ日本政府だった。
西側の一員として、日本政府は存在したが、広島という都市は、陣営を超えて、核というものは二度と使われてはいけん、なくさんといけん、というスタンスで建前はやってきたのだ。
だから、そもそも、G7という、西側=旧白人帝国主義国家に偏った会議と広島というのは「食い合わせ」が悪いのだ。
期待したところで、所詮は旧白人帝国主義国家+脱亜入欧だった日本という構成のものであって、視点には限界がある。
正直、G7についていえば、日本政府自体が、名誉白人扱いされて舞い上がっているだけの感もある。核兵器先制使用禁止さえむしろ邪魔するくらいなのだから、そんな日本政府がホストの会議に期待できるものは残念ながらない。

だから「広島ビジョン」が核兵器の非人道性に触れない、核兵器禁止条約はおろか核兵器廃絶の明確な約束にすら言及しないのも、正直、分かりきったことだ。

日本政府の姿勢は正直、明治から戦前の脱亜入欧のころと変わっていない。
ところが世界は大きく変わっており、日米欧の世界経済などに占める割合は格段に落ちてきている。
今回、グローバルサウスを呼んだのもそのことを日米欧も認めているということだ。G7そのものが前世紀の遺物でありこの点からも期待できない。

一方で、広島、日本がG7のテーマである「法の支配」や「人権」についてきちっとやっていない、という問題がある。
広島県内でも外国人労働者使い捨ての実態は酷い。
また、原発でも産廃でも労働問題でも、広島地裁(特に吉岡茂之裁判長)は行政側の主張をうのみにする判決ばかりだ。裁判所が行政の暴走に歯止めがかけられずに何が法の支配だ。こんな広島で法の支配、人権について議論されても正直、恥ずかしい。

さらに、夜中の2時近くになってもヘリコプターがうるさい。警備のためとはいえ、限度というものがあろう。法的根拠のない宮島への「入島しないように求めるお願い」をいかにも入島禁止であるかのように報道するマスコミも堕落している。G7首脳を連れてきた日本政府側も、広島県・広島市の政治・行政も、こんなありさまで、サミットについて何を期待するというのであろうか。

また、原爆資料館見学というのも、午前中ゆっくり展示を見て、午後被爆者の話を聞く、それくらいして実効性があがってくるものだろう。今回の見学時間が40分。10分とか20分よりマシとは言え、大差はない。また、首脳に見てもらうのはいいけれども、広島が西側に偏った会議の場所になってしまうということの弊害を補うものではない。
正直、首脳よりもむしろ、各国の若手議員に見てもらう方が将来にもつながると感じる(すでに首脳になった大物政治家はしがらみも強く、行動変容が限定的だと思われる。)。

上記の理由から、正直なわたくしの気持ちとして各社・各団体のアンケートに対して広島サミットを「評価しない」「期待しない」に〇をつけさせていただいたものである。

評価したり、期待してしまった政治家の皆様にはぜひ、ご感想を伺いたいものである。

追記 ゼレンスキー来広は今のG7のタイミングではまずいだろう。復興支援を求めるならわかるが、軍事支援を求める場に「広島」をされてはまずいだろう。また、しかるべきタイミング(今はそのタイミングではないという判断ももちろんあるにせよ)で広島に和平に絞った会議をゼレンスキーとプーチン(そもそもG8のメンバー。クリミア問題で出場停止中)双方を呼んで開く、というならこれもありとは思うが。

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