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#9 落ち込んだ時の処方箋/泖

なんでもいいから転んでみやがれ


こんばんは!
9月23日。水曜日の往復書簡はりゅうが担当します。


わたしの落ち込み具合には、大きく分けて3つくらいの段階があります。

まずレベル1の落ち込みは、世の中の理不尽に耐えきれず、むしゃくしゃしているときです。このくらいだったら、友だちとおいしいお酒を飲んで、おいしいおつまみを食べれば大体なんとかなります。あとは、新しい服やお化粧品、雑貨などを買ってしまえばオールオッケー!

レベル2の落ち込みになると、レベル1のむしゃくしゃが社会への疑問に変わり、世の中に物申したくなります。さらに良い作品たちに出合うとジェラシーで悶々としてしまい、とにかく独りになりたくなります。そんなときは静かに本や雑誌を読んだり、スクラップブックを作るのです。それと、日記をつけるみたいに思ったことを箇条書きに書き殴ったりもします。あとは、夜にグッドミュージックをガンガンかけて、ひたすらドライブすればオールオッケー!

厄介なのが、レベル3。ここまで落ち込んでしまうと、何もしたくなくなります。ベッドから起き上がるのも嫌。食べるのも嫌。人に会うのも嫌。今だから言えますが、この落ち込みのおかげで朝目覚めることに体が拒否反応を示し、仮病を使って会社を休んでしまったこともあるくらい。

こうなってしまうと、生きるのが本当に辛くて、辛くて、辛くて。世の中にうまくハマらず、ついていけない自分も嫌になって。好きなことをちゃんと仕事にできない自分、最悪。自分が選んだ道なのに、同世代よりもお金がないことにも苦しくなる。こんなはずじゃない、と這いつくばりながら人を羨む自分がみっともない。それでも前進するしかないのを分かっているからこそ、生きるのが辛くなってしまいます。

こうなると、ただ気持ちが回復するまで待つしかありません。泥のように寝るか、こそこそ泣くか、無理やり人に会うか。

ところが、去年の冬。わたしは、レベル3の落ち込みに打ち勝つ道具を手に入れました。

タッタカタッタ タッタカタッタ タ〜
スケボ〜〜〜〜

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ということで、わたしはスケボーと奇跡的な出合いを果たし(長くなるので割愛。この話はまた今度)スケボーを購入しました。次の展開は勘のいい方はお気づきかもしれませんが、そう。わたしの落ち込みはレベル3のまま、深夜の公園でスケボーを教わることになったのです。

正直、教わりに行くときは楽しみ度数よりも落ち込み度数のほうが高くて、公園に向かう足取りは若干重かったことを覚えています。そして、いざ初めてスケボーに乗ってオロオロと進んでみると、恥ずかしいくらい派手に転びました。それはもう”スッテンコロリーン!”という言葉がとてもよく似合う。

でも、同時に「久しぶりに転んだな……」と思いました。それから何かが吹っ切れたみたいに気持ちも晴れやかになって、真冬の深夜、汗だくになりながらスケボーを練習していたんです。少し乗れるようになったときには、もう落ち込んでいたことなんて忘れていました。

スケボーを始めてからは、たしかにレベル3まで落ち込むことはあるのに「まぁなんとかなるっしょ」みたいなマインドで生きていられるのです。『魔女の宅急便』では「落ち込んだりもしたけれど、私は元気です」という有名な台詞がありますが、まさにそういう感じ。魔法のホウキで飛び回らなくてもスケボーに乗るだけで、さながらキキのように振る舞えるのです。

スケボーに関してはそれほど上達していないのですが、ガ〜〜〜っと進むスピード感と転倒がセットになると、とても清々しい気持ちになります。特に、わたしにとっては、進むことよりも転ぶことが重要なポイントなのではないかと思っています。どうしてか、転ぶとスカッとします。本当は痛いし、青痣ができるから転びたくないんですけど。なんでなんだろう。わたしの所感ですが、スケボーで遊びながら転ぶことで、知らないうちに自分に課していたハードルや世間の常識、さまざまな取るに足らない制約をチャラにすることができる気がします。

いま、もし落ち込んでいる人がいたとしたら、なんでもいいから転んでみてほしい。まじでスカッとします。まじで。

ただし、大怪我はしないようにしてください。お互い気をつけましょうね。

追伸。
台風が近づいていますね。ちょっとワクワクしています。
でも大災害にはならないでほしい。野良犬や野良猫、野外で暮らす動物たちは大丈夫かしら。

以上、りゅうでした。


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