アンサー#28

メインボーカル不在のバンド。
定石通りなら活動休止すべきなのかもしれない。ただメンバーの誰一人それを考えもしなかった。一緒に鳴らしてきたくらいだ。
そんなことしてたらシンラに誰一人として
合わせる顔がない。
いつかのとおり、僕がメインで曲作りを
担当した。どんどん知らないメロディが
溢れてくる。オンもオフも関係なく一日中、曲を描き続けたりしていた。
海外の良質なレコーディングスタジオは
一流の物が揃っていて、持て余すほど
だった。日本で生まれ、日本で鳴らしてた
己の小ささを知った。
僕は圧倒的に見聞が浅すぎた。
聞いたことはあるけど見たことがない
レベルのものが並んでおり、圧巻された。
心なしか、作る曲にも鋭意的に心血が
注がれていくような気がした。
ライブでパフォーマンスするや否や大喝采。
僕たちは世界でも少し名の知れたバンドへと
成長していった。
そんな中、ルイにまだあのメールの返事を
していないことが頭にあった。
ルイは催促してくることはなかった。
だから余計に何か話さなくちゃという
気持ちが駆り立てた。
これじゃ読まずに食べるあの山羊の話と
同じになってしまう。

いつ切り出そう。
何を話そう。
ルイの過去。子供が抱えるにしては
重たい過去と子供が就くにしては
世界の裏まで見えてしまうような重い職業。
私情と仕事が綯い交ぜになって僕に
辿り着いた。
溺れて以来は僕がどう生きてきたか
知らないはず。
いま、ルイはその職はどうしているのだろうか。僕たちと出逢ってから何かをしている
気配はない。いや鈍感な僕だから
気付けていないだけかもしれない。

気がついたら、メンバー全員で
ルームシェアをしていた。
父の提案でもあった。

割と広めのリビングダイニングキッチンで
朝食と夜食だけは全員で摂ることは
いつからか当たり前になっていた。
誰が号令をかけるでもなく
誰かが作り始めたら皆その日は
それを待ち食卓を囲む。

なんだかその日は空気が張り詰めていた。
鈍感な僕でも少しわかるほどに。

「あの。」
「あのさ。」
僕の声とルイの声が重なった。
沈黙を挟んで
「ソウマくんからどうぞ。」
「いやルイからでいいよ。」
こういう時、似た者同士は困る。
「食事中だし、惚気るなら、二人きりの時にしてくれないか?」
トキオにしてみたら冗談のつもりなんだろうけど、真顔で言うもんだから、あれ?どっちかな?と迷うことも付き合いの長い僕でも
多々ある。今のそれはどこか皮肉めいている。
「ほら、レディーファーストなんて言葉もあるしさ!」
「使い方、間違えてる気しかしません。」
「そうかな?あれ、何話そうとしたっけ?」
「白々しさしかないですよ。話してください。」
やっぱ勝てない。
女性から生まれた僕ら男が女性に
勝負を挑むだけ無駄である。
勝てるわけがない。
というのも僕の信条のひとつだ。
「遅くなったけどさ。長いメールありがとう。どこから返事をすべきかわからないけど。
要約すると、答えはこれに尽きる。
ありがとう。僕を見つけてくれて。
本当にありがとう。」
「やっとお返事くれましたね。それを覚えていてくれた。それだけで何よりです。こちらこそありがとうです。」

食器を片付けて、
あれから数時間、
然れど、数時間。
ずっーと、君のことを考えていた。
あてもなく、ピアノを弾きながらずっーと。
バカみたいだ。
これが答えだ。本当の答え。
ありがとうなんかじゃない。
多分、出逢ったあの時から
きっとそうだ。僕はそう思ってた。
言わなくちゃいけないなんてことはない。
言わなくても死にはしない。
でもそれじゃ死んだように生きてるのと
同じだろ。
頼む。ちゃんと伝えてくれ。
決めた。

そこからはしばらく
何も聴こえてこないはずのヘッドホンから
ルイの声が聴こえた気がして
その音を探していた。

ノックの後のなんでもないように
聴こえた話には
きっと大きな意味があった。
考えても考えても坩堝に嵌っていく
自分が悔しくて

自分の声を

ルイの心の声を探していた。

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